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50代でも若手?落語界とお笑い界の高齢化現象

ラリー遠田作家・お笑い評論家

若返りを図る『笑点』

2016年5月22日放送の『笑点』(日本テレビ系)にて、大喜利コーナーの新司会者が春風亭昇太さんに決まったと発表されました。桂歌丸さんのあとを受けて、レギュラー陣の中では若手の昇太さんが大抜擢を受けて昇格した形となりました。昇太さんの年齢は56歳ですが、見た目が若いこともあって、番組自体のイメージが一気に若返ったような感じがします。昇太さんの代わりに新メンバーに入ったのは、二代目林家三平さん。こちらも45歳ということで、レギュラーの中では最年少。番組側としては、若返りを推進することで、今後も末永く番組を続けるための土台を整えたということでしょう。

それにしても、50代でも若手扱いというのは、一般社会ではなかなか考えられないことです。そもそも落語界には定年がなく、体力と気持ちの続く限り何歳になっても仕事は続けられます。また、芸は一生かけて磨いていくものだという通念もあり、年長者が多いため、40代や50代でもまだまだ若いと考えられる場合があるのです。

一方、コントや漫才といったお笑いの世界でも、最近は高齢化が進んでいます。「お笑い」と一口に言っても、何を目指すのかは人それぞれですが、ここでは仮に、テレビに出て知名度を上げることを当面の目的とするような価値観に基づいて話を進めていくことにします。

一昔前までは、テレビで活躍する芸人も20代の若いうちに頭角を現すことが多かったのです。例えば、20年以上前、ゴールデンタイムに初めて冠番組を持ったとき、とんねるずは27歳、ウッチャンナンチャンは25歳と26歳。一方、ここ数年で同じような実績を残している芸人はほとんど存在しません。また、『R-1ぐらんぷり』で2015年に優勝したじゅんいちダビッドソンさんは40歳(当時)、2016年に優勝したハリウッドザコシショウさんは42歳。これらの例のように、現在では40代でも若手芸人のような扱いで世に出てくる人が大勢います。

『M-1』は芸人を辞めさせるために作られた

なぜお笑い界でここまで高齢化が進んでいるのでしょうか? その背景にあるのは、年齢を重ねてから辞める人が減ってきたから、ということでしょう。かつて、お笑いの世界では、最初の数年でテレビに出る機会をつかめなければ成功の見込みはない、と思われてきました。長年にわたってテレビで活躍しているような芸人は、おおむね若いうちから何らかの結果を残しています。

2001年に始まった漫才の祭典『M-1グランプリ』でも、大会を立ち上げた理由は「芸人を辞めるためのきっかけを作ることだった」と大会委員長の島田紳助さんは話していたことがあります。『M-1』の参加資格は芸歴10年以内。芸歴10年を過ぎても『M-1』の準決勝に残れないようであれば、見込みがないから辞めた方がいい。才能もないのにダラダラ続けていると、本人にとっても不幸な人生になる。そういう人はこれをきっかけに笑いの道をあきらめたほうがいい、というのが紳助さんの持論でした。『M-1』で「芸歴10年以内」という基準が設けられ、10年がんばって芽が出なかったら辞めた方がいい、という認識が広まっていきました。

ところが、2010年に『M-1』がいったん終わると、また状況が変わることになります。2011年に『M-1』を引き継ぐような形で新たに始まった漫才の大会『THE MANZAI』では、芸歴の制限が取り払われ、芸歴10年を超える芸人でも参加できるようになりました。そのルールの中で新たにベテラン芸人が活躍する道がひらかれたのです。それを象徴するのは、2014年に優勝した博多華丸・大吉でしょう。この大会は、『M-1』の芸歴制限の壁に阻まれた芸歴10年超えの漫才師による「敗者復活戦」という意味合いも持っていました。これによって芸歴の長い漫才師も新たなチャンスを与えられることになり、ますます辞められなくなったのです。ちなみに、2015年に復活した『M-1』でも、芸歴制限は「15年以内」に改訂され、以前よりも門戸は開かれています。

バイト生活を送る芸人の悲哀

また、芸人たちがキャリアを重ねれば重ねるほど、ますます辞められなくなるという現実もあります。例えば、ソラシド本坊元児さんという芸人がいます。お笑いの仕事は月に2~3回のライブ出演だけ。週6回以上は肉体労働のアルバイトに精を出しています。苦労人の彼は、過酷なバイト経験を笑いのネタにしています。本坊さんがある番組の中で共演者の1人に「(そこまで苦労しているなら芸人を)あきらめたらどうですか?」と尋ねられたことがありました。本坊さんはこう答えました。

「あきらめても、やっても、一緒なんですよ」

身も蓋もない言い方ですが、これはこれで一面の真理なのです。芸人の仕事というのは非常に厳しいもので、事務所に所属していて芸歴10年を超えていても、ほとんどの人はお笑いの仕事だけでは食べていくことができず、バイトを続けたりしながら何とか生計を立てています。そんな彼らは、仮に芸人を辞めたとしても、同じようにバイト生活を続けるだけ。たとえ辞めても生活が何も変わらないのだから辞める理由がない、というわけです。

落語は「食える」世界

一方、落語界の実情はこれとは全く違います。落語の関係者に聞いた話ですが、落語界は徒弟制度で成り立っていて、入るための条件が厳しいのです。何年も師匠のもとで前座修行をしてからでないと、一人前の噺家としては認められません。ただ、門が狭い分だけ、入った後の競争はそこまで激しくはない。つまり、キャリアを重ねれば、それなりに食っていける可能性は高い、ということがあるそうです。落語界では、テレビに出ていなくても、一般にはそれほど有名ではなくても、一人前であれば生計を立てていくことはできる。だから辞める必要がない。この点はお笑いの世界とは正反対だと言えるでしょう。

個々の事例による違いを抜きにして、大ざっぱにまとめるならば、落語は食えるから辞めない、お笑いは食えないから辞めない、ということになるかもしれません。もっとも、そもそもどちらも芸の世界ですから、それを「食える・食えない」という次元で語ること自体がお門違いとも言えます。ただ、そういった事情もあって、それぞれの業界がどんどん高齢化しているし、それはこれからさらに進んでいく、というのは事実です。国全体が高齢化に向かっているわけですから、笑いの世界でも同じことが起こるのは当然。「『R-1』で優勝する50代のピン芸人」「60代でブレークする歌ネタ芸人」などが出てくるのも時間の問題でしょう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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