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ノート(11) ついに特捜検事が被疑者として逮捕状を執行された時

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

~葛藤編(8)

逮捕当日(続)

身柄の確保

 「捜査本部は既に逮捕状を取っており、容疑が固まり次第、逮捕する方針」

 警察や検察が強制捜査に着手する当日、新聞やテレビのニュースでこうした報道を見聞きした経験がある人も多いだろう。しかし、内情を知る者からすると、「容疑が固まり次第」というマスコミ独特の言い回しは実に滑稽だ。

 既に内偵捜査で容疑が固まっているからこそ、逮捕して身柄を拘束するという方針を立て、組織を挙げてその決断をし、実際に逮捕状を取っているからだ。

 では、いよいよ逮捕するという当日、もっとも気を使うポイントは何か。それは、逮捕を予定している被疑者の身柄を安全かつ確実に確保する、ということにほかならない。簡単なことのようで、これがなかなか難しい。

 確かに、「行確」(こうかく)と呼ばれる張り込みや尾行によって、被疑者の出社・退社ルートや日々の立ち回り先、行動パターンなどを事前に把握している。特に逮捕前日には、逮捕予定の被疑者が自宅に入り、明かりが消え、寝入る時間帯まで張り込む場合も多い。

 しかし、強制捜査の着手当日、被疑者が期待どおりの動きをしてくれるとは限らない。

 そこで、早朝、被疑者の寝込みを襲って自宅から検察庁に任意同行し、逮捕するとか、あらかじめ何度か検察庁で任意の取調べを行った上で「Xデー」とその先の何日分かの出頭を確約させて油断させ、「Xデー」だと知らずに出頭したところを抜き打ち的に逮捕する、といった方法をとってきた。

Xデーに向け

 この点、僕は検事3年目に交通違反の身代わり出頭者らを独自に立件して逮捕したのを皮切りとして、約15年間の現職中、様々な事件で自ら30名近い被疑者に逮捕状を執行してきた。主任検事として捜査を取りまとめ、他の検察官に逮捕状を執行してもらった被疑者の総数となると、その倍以上に上るだろう。

 それでも、強制捜査の着手当日、すぐに身柄を確保できなかった被疑者が2人いた。1人は、大阪地検特捜部が立件した奈良県立医科大学をめぐる贈収賄事件の収賄被疑者だ。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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