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全国学力テスト、学校現場の混乱と怒り

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

全国学力テストにおける競争を、文部科学省(文科省)は激化させたいらしい

9月29日に文科省は、小学6年生と中学3年生を対象にした4月実施の全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)の結果を発表した。それを新聞各紙が報じているが、『朝日新聞』は「地域差が少なくなる状況が続いている」と強調し、『日本経済新聞は』は「下位自治体と全国平均や上位との差が今回も縮まった」と報じている。

各紙とも「差が縮まった」ことを強調している点では一致しており、つまりは、文科省がそういう発表をしたのだと容易に想像できる。「縮まった」「少なくなった」という表現は、なにやら「改善」したように聞こえるが、それは違う。実態は、まるで逆だ。

差が縮まった要因について、『朝日』の記事は「文科省は『平均を下回る県の向上傾向が定着してきた』とみている」と書いている。「向上傾向」の説明がないので、どうして「地域差が少なくなる状況」になったのか、まったくわからない。

その点は、まだ『日経』のほうが親切で、成績が低迷していた高知県が成績を上げた理由を具体的に説明している。それによれば、毎年上位の福井県に教員を派遣したり、全国学力テストの対象である小6や中3になる前に課題分野を洗い出して授業で改善したり、さらには独自テストを導入しているという。

簡単に言えば、テスト対策をしたから成績は上がったのだ。『朝日』が引用している文科省の「向上傾向」も、下位成績だった県が成績向上のための対策をやったという意味でしかないはずである。

全国学力テストのための対策は、いまや全国の小中学校における「常識」である。

ある教員は「教育委員会や校長から過去問などを行うように指導がある」と語り、「そのため正規の授業時間が削られることになります」と暗い表情を浮かべた。過去問とは過去問題のことで、それまでの全国学力テストでだされた問題のことである。過去問と同じく、過去問に類似した問題でトレーニングさせる場合も多い。高知県の「独自テスト」も同類でしかない。

さらに別の教員は、「4月は対策のために時間をとられ、本来は4月である新年度の授業開きが、科目によっては5月になってしまっています」と述べた。また、「県教委や管理職も点数をとるためだけのトレーニングでは学力にはつながらないとわかっているのに、過去問での事前練習を強要しています。県別順位のアップを過剰に意識しているからです」と、ウンザリした顔で語る教員もいた。

最大の被害者は子どもたちである。

「過去問などの事前練習の繰り返しばかりで、子どもたちの学習意欲は確実に低下しています」と、証言する教員は多い。全国学力テストは、子どもたちに点数をとることばかり強要し、学ぶことの喜びを奪う結果にしかなっていないのだ。

こうした学校現場の犠牲によって実現したのが、今回の全国学力テストの結果で文科省が強調し、それに新聞各紙も同調している、「差が縮まった」という結論なのだ。

過去問については今年4月、当時の馳浩文科相が一部の学校で行われていると怒りを表明し、それを新聞各紙もとりあげた。それが常識化している現状を把握していない大臣のあまりの認識不足に、学校現場からはあきれる声が多く発せられた。

そのことを新聞各紙も忘れてはいないようで、『朝日』も馳大臣の発言をとりあげている。ただ、それに続けて「文科省は成績を上げようとして一部で対策が過熱しているおそれがあるとみている」と、学校現場を無視した文科省視線のまとめ方をしている。『日経』も「文科省は今回の学テ実施後、過度の対策を摂らないよう全国の教委に通知」と、「文科省は努力している」といわんばかりで、学校現場の現実にはふれていない。

そして、これまで小数点第1位まで公表していた都道府県別の正答率一覧表を、今回は小数第1位を四捨五入して整数表記していることを伝え、「細かな数字の差で順位を比べることに意味はない」という文科省の説明をそのまま添えている。小数点第1位だろうが整数だろうが、順位付けにつながることに、なんら変わりはない。そこに疑問ももたず、ただ文科省の発表のままに記事を書いている印象だ。

今回の全国学力テストの結果で文科省は、「差は縮まった」との言い方で「もっと順位向上を目指せ」と言っているにすぎない。整数での発表で競争が下火になると本気で考えているとしたら、その感覚を疑う。過去問については「対策を取らないように」と通知はしたものの、止めさせる具体的な手立てはうっていない。口では競争を抑制しながら、裏では競争を焚きつけているだけのことである。文科省の言うまま伝えるだけの新聞各紙が、それを応援している。

これでは、子どもたちにのための学校にはならない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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