ビール業界の努力をあざ笑う税制
12月8日、自民党と公明党は2017年度税制改正大綱を決めた。そこには、2020年10月から2026年10月までに3段階かけてビール系飲料にかかる税額を統一することも盛り込まれていた。
ビール系飲料とはビール、発泡酒、第三のビールの3種類があり、麦芽が含まれる比率によって現在は税額が異なる。それを一緒にしてしまおう、というのだ。
統一されると、350ミリリットルあたりのビールにかかる酒税は現在より22.75円安くなる。当然ながら小売価格は安くなるので、ビール党にとってはうれしいはずだ。
しかし、そう単純ではない。統一されるといっても安いほうに統一されるのではなく、ビールは安くなるが、現状では安い発泡酒と第三のビールの税額は引き上げられる。税額は発泡酒で7.26円、第三のビールになると26.25円もの引き上げになるのだ。
消費者にしてみれば、「発泡酒と第三のビールが値上げになってもビールを呑むからいいや」となるかもしれない。ただしビールメーカーは、そんな気分にはなれないはずだ。
発泡酒が登場したのは1990年代のことで、理由は、高すぎる税金の壁をクリアすることだった。ビールの値段に占める税金の割合は4割以上もあり、アルコール度数ではビールの2倍以上もある日本酒でさえ2割弱なのにくらべれば、ベラボーに高くなっている。その税金の高さは、アメリカの10倍ともいわれている。
なぜ、そんなに高い税率なのかといえば、「高くても売れる」からだ。売れるものに高い税金をかければ税収はあがるので、政府は高い税率を設定して維持してきた。
しかし税率が高ければ小売価格も高くなり、それがビール販売に影を落とすようになった。危機感をもったビール業界は、税率を下げるよう再三、政府に働きかけたが、ことごとく無視された。税収が減るようなことを、政府は絶対に認めないからだ。
そこで、ビール業界が投入したのが発泡酒だった。酒税法でビールは麦芽を67%以上使用したものと定義されている。それ以下の麦芽使用料ならビールではなくなるので、小売価格も格段に安くなる。ビールではなくてもビールのようなもので値段が安ければ消費者は買ってくれる、と考えてメーカーは発泡酒を生み出したのだ。
実は、そんなことは昔からメーカー側は承知していたのだが、それを許さない存在が政府だった。税収が減るようなことは認めなかったのだ。それに逆らえば、税務調査など、さまざまなところで意地悪をされる。政府側は「そんなことはない」というだろうが、そういう仕返しを受けることを懸念してビールメーカーは発泡酒を出してこなかったし、そうさせない政府側のプレッシャーがあったのは確かだ。
それでも伸び悩む売上に、メーカーとしても背に腹はかえられず、発泡酒を投入していった。政府に逆らったのだ。そのために、「広告を大々的にやるな」など政府側のけん制があったのも、当時、ビール業界を取材していて耳にしていた。
ただし、最初のころの発泡酒は、お世辞にも旨いものではなかった。はっきり言えば、マズかった。販売しているビールメーカーの社員でさえ、「あれはダメですね」と本音を漏らすのを何度も聞いた。
それが、だんだんに質を向上させ、いまではビールと遜色のない発泡酒や第三のビールを生み出しているのは、ビールメーカーの努力である。それがあって、値段の高いビールの売上は伸び悩むなかで、安くて質の良い発泡酒や第三のビールは売上を伸ばしてきている。
ビールは売れないが発泡酒や第三のビールは売れているとなれば、税収を増やしたい政府側が考えることは単純で、「売れているものの税額をアップしろ」となる。それが今回、与党による税額の統一、つまり発泡酒や第三のビールの増税である。
しかし税額が上がることで小売価格も上がれば、これまでどおりに発泡酒や第三のビールが売れるとはおもえない。値上げすれば売れなくなるのが市場のメカニズムである。安さを大きな魅力にしながら、質を向上させて市場をつくってきたメーカーの努力は水の泡となるのだ。
それでも「税率の下がるビールが売れるからいいだろう」という意見もあるが、安くなったといっても、現在の発泡酒や第三のビールにくらべれば、ずっと高いのだ。そこに消費者が気づくのに時間はかからないだろう。発泡酒や第三のビールの税額を上げれば税収が増えると政府・与党は目論んでいるのだろうが、そんなに消費者は甘くないことを思い知らされることになるだろう。