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シップ処方量・年間総計1300億円 医療保険でカバーすべきか

市川衛医療の「翻訳家」
(ペイレスイメージズ/アフロ)

先月26日、自民党の小泉進次郎さん(農林部会長)ら若手議員が、2020年以降の社会保障改革のあり方について提言をまとめました。

「健康ゴールド免許」など主要項目に対し、賛否両論の意見が出ているようですが、個人的に目をひかれたのは下記の文言でした。

湿布薬やうがい薬も公的保険の対象であり、自分で買うと全額負担、病院でもらうと3割負担だ。こうした軽微なリスクは自助で対応してもらうべきであり、公的保険の範囲を見直すべきだ。

出典:人生100年時代の社会保障へ (メッセージ)

シップって、どのくらい処方されているの?

「腰が痛い」などの際に医療機関を受診すると、シップ(湿布)薬が良く処方されます。提言では医療保険でカバーせず、自費で購入してもらうべきだとしています。

でも、痛みがあるときに「シップを出してもらいたい」というのは自然な感情ですよね。

さらに医療機関で処方されるシップに設定されている薬価は、高いもので1枚およそ40円にすぎません。

そんなに目くじらをたてなくても…、という気もします。

でも、そもそも日本全国でシップって、どのくらい処方されているのでしょうか?

実は最近、それを知ることができるデータが厚生労働省によって公開されました。医療の世界における請求書である「レセプト」を全国集計したデータです。

医療の請求書「レセプト」とは

私たちが病院へ行き、診察や薬の処方を受けると、病院や薬局は「レセプト」を送り、健康保険組合から支払いを受けます。

要は請求書ですから、そこには「どんな患者さんに」「どのような治療が行われたか」などの詳細が記されています。

厚労省が公開したのは、このレセプトを全国規模で収集し、都道府県や患者の年齢性別ごとに集計したものです。

これを見れば、日本のどこでどんな治療が使われているか?をざっくり知ることができるわけです。(厳密に言うといろいろ制限がついているので、あくまで”ざっくり”です)

これまで、医薬品の消費の実態などについては「機微」とされ、なかなか表に出てきませんでした。それをざっくりとでも公開したわけですから「画期的」と評価できると思います。

シップ処方量 年間総計54億5千万!?

前置きが長くなりました。厚労省のページから「薬剤」のデータをダウンロードし、シップがどのくらい処方されているのかを集計してみました。(詳細は記事の末尾を参照してください)

その結果は…驚くべきことに

処方量は年間総計およそ54億5千万

薬剤費は、計算が難しいのですが、だいたい1300億円と推計されます。

【★追記】コメントで、一部のシップについては、レセプトの「総計」と実際の「処方枚数」は一致しないとの指摘を受けましたので表現を修正しました。

70歳以上が7割を消費

高くても1枚40円ほどのシップ。でも、積もり積もって大きな金額になっていることが見えてきました。

でも筆者で言えば、この1年で医療機関でシップを処方してもらったのは7枚程度にすぎません。

どうしてこんなに多くなっているのでしょうか?

実は厚労省のデータには、年齢ごとに薬の処方量を集計したものもあります。

そこでシップに関して、年齢ごとの処方量をグラフにしてみました。(外来・院外のみ)

第1回NDBオープンデータより筆者作成
第1回NDBオープンデータより筆者作成

スマホでご覧の方には見にくいかもしれませんが、明らかに年齢が高くなるにつれて処方量が増えています。

特に70歳以上で大幅に上昇し、全体の7割を占めていました。

高齢になれば痛みに悩むことも多くなるとは思いますが、全体の7割とはちょっと多すぎる気もします。

「データ」で議論することの大切さ

昨年度の日本の医療費は、推計年間42兆円。年間1兆円のペースで増え続けています。

過去最高42.3兆円 医療費・大幅増の「主犯」とは

そのなかで、医薬品の「価値」に注目し、費用に見合った効果のあるものだけを医療保険でカバーすべきではないか?という議論も活発になっています。

1錠8万円の薬が「安い」わけ クスリの価値はどう決まる?

こうした文脈の中で、シップなどドラッグストアで買えるものを公的な医療保険でカバーすべきか?と指摘されるようになってきたわけです。

厚生労働省も今年の診療報酬改定で、1回の診察で処方できる枚数に一定の上限を設けるなど対策に乗り出しています。

とはいえ、単に「医療費が足りないから外すべきだ」というのは暴論です。

現場の医療関係者にに話を聞くと「高齢者には、長引く痛みに悩み、シップだけを頼りにしている人が少なくない」という意見もあり、それも、もっともだと感じます。

だからこそ大事なのは、客観的なデータをもとに、みんなで話し合うことです。

その意味で今回、厚生労働省によって実態の一端を知ることができるデータが公開されたことは、シップのみならず、今後の医療を考えるうえで大きな意義を持つことだと思います。

あなたは、医療保険でシップをカバーすべきだと思いますか?

もしよかったら、コメント欄で意見をお知らせください。

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【今回のデータの入手・分析法について】

1)厚労省第1回NDBオープンデータの「薬剤」よりエクセルファイル『外用 性年齢別薬効分類別数量』をダウンロード。

2)「外用薬 外来(院内)」「外用薬 外来(院外)」「外用薬 入院」タブからそれぞれ「264 鎮痛,鎮痒,収斂,消炎剤」のデータを抜き出す。(薬剤名、処方量、薬価、各年代の性別ごとの処方量)

3)2)の薬剤のうち、シップ剤(シップ、テープ、パップの名前がついているもの)のデータのみを抜き出す。

4)

※シップ剤の処方量を足し合わせる→処方量(総計)

※各シップ剤の処方量に薬価を掛けたものを足し合わせる→薬剤費(概算)

※シップ剤の処方量を男女合計し、年代ごとにグラフ化する→年代別処方量グラフ★年代別については外来(院外)データのみを集計

上記の手法につき誤りがございましたら、ぜひコメント欄でご指摘ください

【追記】コメントで、一部のシップについては総計と処方枚数が一致しないとのご指摘を受けましたので修正しました

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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