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有名人の「死因」に関する報道について、立ち止まって考えてみたいこと

市川衛医療の「翻訳家」
会見イメージ(写真:アフロ)

今月8日、ひとりの女性アイドルが突然亡くなられたというニュースが流れました。報道によれば、その直前まで家族旅行を楽しまれていた様子を投稿されていたとのことです。

アイドルとして夢に向かって日々努力されていた女性の無念、そして残されたご家族のお気持ちは、察して余りあるものがあります。

謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

憶測された死因

若い女性、しかも有名人の突然の訃報。SNSには、その死を悼む悲痛な声が寄せられました。

その一方で増えたのが、「なぜ亡くなったのか?」を憶測(おくそく)する報道や投稿です。

死の当日には女性の死因が「解熱剤を使ったことによるインフルエンザ脳症」であるとする、根拠のない情報が拡散しました。医学的にも誤った内容を含む、非常に不適切な情報です。

アイドル急死 ”解熱剤でインフル脳症”がネットに拡散

さらにJ-castの記事(下記リンク)によれば、日本テレビのワイドショー「スッキリ!」では救命救急医に取材し、「持病」「先天的異常」「風邪ウイルス」が死因であると推測する内容を放送しました。

急死した「エビ中」アイドル松野莉奈さん 救命救急医が推測する3つの可能性

こうした報道や憶測の過熱を受けてか、10日、女性の所属事務所は「致死性不整脈の疑い」があると発表しました。

しかし病理医の榎木英介さんは記事の中で、「致死性不整脈疑い」は『明らかな原因がわからないときに暫定診断としてしばしば使う診断名』であり、『つまり、まだ死因がよくわからないということだ』と指摘しています

死因の特定は難しい~18歳アイドル急死の「流言」から考える(追記あり)

今回のようなケースでは、専門家にとってさえ「死因の確定」は簡単にできることではなく、憶測したり、焦って結論を出そうとしたりすること自体に意味がないのかもしれません。

死因について報道する意義は?

そもそも考えてみると、自分が抱える病気の名前や、ましてやどんな病気で「亡くなったのか」というのは、そっとしておいてほしいことですよね。

例えば知り合いのご家族が亡くなったとして、悲しみに暮れている知り合いに対し「で、で、何で亡くなっちゃったの?あの病気かな?」とは聞けない気がします。ウワサ話にすることさえ、控えたほうが良さそうな気がしますよね。

ではなぜ、有名人であれば許されるのでしょうか?

以前、ある有名人の方の病気に関する報道が過熱した際に、そのことを考察したことがありました。今回の状況と似たものを感じるので、その記事の内容を振り返りつつ、改めて考えてみたいと思います。

有名人の病気報道は、どこまで許されるのか?

(※下記の内容には、この記事と重複するものが含まれます)

「プライバシー」と「報道の自由」

憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される」と記されています。いわゆるプライバシー権についても、このなかに含まれると考えられていますので、病気や死因について本人の承諾なく詮索(せんさく)することは通常、許されないことだといえるでしょう。

一方で、政治家や著名人など社会的な影響力を持つ人は「公人」とされ、プライバシー権には一定の制限があるとも考えられています。その理由のひとつは「報道の自由」との兼ね合いです。

例えば政治家が公的な資金を私的に使っていたような場合、その使途が「プライバシーのことだから」といって報道が制限されるようでは、社会全体にとって良くない影響がありますよね。

そこで公人の情報に関しては、公共の利益のためになる場合は、プライバシーに関わることであっても報道が許される、というわけです。

「公共の利益」とは何か

「公共の利益」って、なんとなく聞いたことのある言葉ですが、具体的にどんなものなのでしょうか?イギリスの公共放送BBCの編集ガイドラインには、次のように記されています。

公共の利益について

公共の利益について単一の定義はありませんが、例えば次のようなものです。

・犯罪行為を発見する、明らかにする

・重大な反社会的行為を明らかにする

・汚職や不正を明らかにする

・重大な過失や能力の欠如を指摘する

・人々の健康と安全を守る

・個人や組織による特定の意見や行動により、多くの人が惑わされないようにする

・社会にとって重要なことを考えるために、よりよい理解につながる情報を開示する

表現の自由そのものにも、一定の公共の利益が存在します。

何が公共の利益なのかについて考えるとき、私たちは(筆者注 わざわざその情報を報道しなくても)その情報がすでに公になっていないか、間もなく公になるかどうかについて考慮する必要があります。

公共の利益のためにプライバシーを侵害しようとするとき、その価値があるかどうかについて考慮されるべきです。プライバシーの侵害の程度が大きければ大きいほど、それを正当化するためには、大きな公共の利益が必要になります。

BBC Editorial Guidelinesより 和訳・太字筆者)

上記の公共の利益の「例」について今回のケースをあてはめると、「人々の健康や利益を守る」が該当するといえるかもしれません。有名人が病で亡くなったことについて広く伝えることで、多くの人が興味を持ち、早期発見や治療に向かいやすくなる、ということです。

ただ一方で、上記ガイドラインにもある通り、公共の利益があるとしても「それは、プライバシーの侵害の程度に照らして適切なのか?」について考える必要がありそうです。

少なくとも、事件性が指摘されず、所属事務所やご家族が死因を公表していない段階で、憶測を含めて報道することに「公共の利益」が存在するとは思えません。

立ち止まって、考えてみませんか

もちろん、何にどのくらいの価値があるかはケースバイケースで判断されるもので、「こうあるべき」と一概にいうことはできません。

でも、だからこそ、こうした情報が伝えられることの意味について「みんなが話題にしているからOK」と思考停止せずに考えることが大切なのだと思います。

有名人もひとりの人間であり、私たち自身がその立場になったときと同じように、傷つく人がいます。傷つく家族や友人がいます。そのことにほんの少しだけでも思いをはせる「常識」が、広く共有されることが大切なのではないかと思います。

もちろん上記は私個人の考えであり、「そうではない」とお考えの人もいらっしゃると思います。

以前の記事でもお聞きしたのですが、有名人やその家族の病気に関する情報を報道することに、どれだけの「利益」があるのか?この記事を読んでくださった皆様は、どのように考えられたでしょうか。

執筆:市川衛ツイッターやってます。良かったらフォローくださいませ

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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