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がん治療を「頑張らない」を当たり前に。込められた思いとは

市川衛医療の「翻訳家」
イメージ(写真:アフロ)

3月25日(土)と26日(日)に、東京・お茶の水にある東京医科歯科大学で、がん患者さんやご家族、ご遺族を応援し、がん征圧を目指すイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」が行われます。

先日、実行委員をしている知人の医師から「参加しない?」と誘われたのですが、正直、病気に関するチャリティーイベントに参加するなんて、ちょっと照れくさいかも…。と即答することができませんでした。ただ、イベントの告知HPに書かれていた標語を見て、急に興味を覚えました。

「今日歩いてみよう!命と手を繋ぎ ~頑張らないを当たり前に~」

がん治療のイベントなのに、「頑張らない」とは、どういうことなのでしょうか?この言葉に込められた思いを、取材してみました。

(なおこの記事を書いた直接のきっかけは、知人から「イベントについて、1人でも多くの人に知ってほしい」とお願いされたことです。ただし、イベントの主催者や協賛社から金銭など利益の提供は一切受けていません。)

リレー・フォー・ライフとは

リレー・フォー・ライフは、アメリカで始まった歴史ある取り組みですが、ご存知ない方も多いと思います。(正直わたしも今回調べるまで、詳しいことは知りませんでした)

1985年、 アメリカの腫瘍外科医であるゴルディー・クラットさんが、がん患者さんを応援し、がん治療の研究推進などを目的とした寄付を呼び掛けるため、24時間にわたって走り続けました。そうすることで「がん患者さんは24時間、がんと向き合っている」という思いを共有しようとしたと言われています。

クラットさんの取り組みは話題となり、その後、1人ではなくチームで24時間リレー形式で歩き続ける「リレー・フォー・ライフ」が始まりました。その後、この取り組みは世界中に広がり、日本でも2006年に茨城県で試験的に開催。いまでは全国49会場で開かれるまでになっています。

実際、どんなことをするのでしょうか?今週末に行われるイベントのスケジュールを見ると、メインとなるのは「リレーウォーク」。がん経験者(サバイバー)や治療に取り組む医師、さらには一般の有志など20チーム以上が、24時間にわたってリレーで歩き続けるのだそうです。

その他、がん検診について学ぶ展示(胃カメラのデモンストレーションなど)や、「楽器演奏」「マジック/お笑い」、さらには「アロマハンドトリートメント」など、まるでお祭り?と思ってしまう催し物もあります。

イベントの狙いのひとつは、がんの経験者や医師だけでなく、一般の人も含めた様々な人が「がん」について語ったり、考えたりするところにあるのかもしれません。

「患者さんの顔を見たい」研究者の思い

こうした、多様な人が集まることにどんな意義があるのか?今回のイベントで講演する、研究者の中村祐輔さん(シカゴ大学医学部教授)に聞いてみました。中村さんは、がんの遺伝子やゲノム研究で世界的に知られています。

中村祐輔さん 東京大学医科学研究所教授、内閣官房参与などを経て2012年より現職
中村祐輔さん 東京大学医科学研究所教授、内閣官房参与などを経て2012年より現職

Q)中村さんのような研究者・医師にとって、イベントの意義はどういうところにあるのですか?

顔と顔を見たものでないと伝わらない、生の声を聴くことです。長年研究をしていると、ついつい論文を書いて業績をあげることが目的になりがちになる。でも、実際に患者さんに会い、治療を求める声を聴くと、「何が自分に求められているのか」を気づくことができます。とくに若い研究者にとって、こうしたイベントに参加することの意義はとても大きいと思います。

Q)がんについてよく知らない、一般の人が参加することについてはどう思いますか?

大きな意味があると思います。いま、人生のなかで2人に1人は「がん」を経験すると言われています。わかりやすく言えば、夫婦のどちらかは、がんになる可能性があるということです。

ただ日本では未だ、がんは「怖いけど、他人事」というイメージがあり、情報があまり広がっていないのではないかとも思います。

例えばいま、がんを抱えてしまった人の仕事をどうするか、という「就労」の問題が議論になっています。がんになると精神的にショックを受けますし、抗がん剤治療を受けていると、つらくて一時的に働けなくなることも少なくありません。そんなとき、周りの人が「がん」になったときに何が起きるのかを知っていれば、当事者にとってどれだけ助けになることか。

がんに対して、国や個々の企業が対策を進めることはもちろん大事ですが、一般の人に、ほんの少しでも情報を知ってもらうことが大事なのだと思います。

がん治療を「頑張らない」 込められた思いとは

最後に、「頑張らないを当たり前に」という標語に込めた思いは何なのか?イベントの実行委員長である、坂下千瑞子さんに聞きました。

坂下さんは血液内科医(血液のがんを扱う医師)であると同時に、39歳のときに骨のがんを発症した経験者(サバイバー)でもあります。

写真向かって右端の手を振る女性が坂下千瑞子さん。RFLJ東京御茶ノ水HPより
写真向かって右端の手を振る女性が坂下千瑞子さん。RFLJ東京御茶ノ水HPより

Q)このスローガンに、どんな思いを込められたんですか?

実行委員から色々な候補を挙げてもらって、それを実行委員会で検討して、幾つかの案を合体させて作りました。

「頑張らない」というアイデアを出して下さったのは、母親が乳がんを経験した女性です。母親が、がんと向き合う姿をすぐそばで見続けた人ならではの思いを表現してくださいました。

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★「【頑張らない】を当たり前に」

入院、通院中はどうしても辛く苦しい時間が続きます。痛みに耐えて頑張ってる方へ「痛みは我慢しないでほしい」「それ以上一人で頑張らないで私達を頼って」という意味を込めて。

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この「頑張らないを当たり前に」という思いは、がん医療の現実を突いている言葉だと思います。がんでも長生きできる時代になってきましたが、まだまだ精神的にも身体的にもがん患者さんはとっても大変な苦労を皆さんされています。そんなに頑張らなくても、もっと簡単に全てのがんが治る時代になってくれたらと私は願っています。

がん治療を「頑張らない」で。その背景にあるのは、がんという誰もがなりうる病に対して、その当事者が持つ重みを、ちょっとずつだけでも「みんな」で分け合うことはできないか、という思いなのかもしれません。

「知る」ことだけでも支えになる

冒頭で記したように、病気に関するチャリティーイベントと聞くと、わたし自身「ちょっと自分みたいな素人には…」と怯んでしまう気持ちが生まれてしまうこともあります。

ただ今回、実際に企画に携わっている方を取材した結果としてわかったのは、皆さんそうした「普通の人」にこそ来てほしい、という想いを持っていることでした。

人生の中で、2人に1人が抱えるとも指摘される「がん」。実際の当事者と会話したり、少しでも情報を得たりすることそのものが、いま苦しんでいる誰かをほんの少しでも勇気づけ、その重荷を軽くすることにつながるのかもしれません。

「リレー・フォー・ライフ・ジャパン東京御茶ノ水」は、3月25日(土)26日(日)の2日間に渡って、東京医科歯科大学のキャンパスにて行われます。(会場の場所など詳しくはこちらを参照してください)

催し物や展示を見学するだけでも楽しそうですが、せっかくだから勇気を出して、がんの経験者や闘病を支えた人に話しかけてみると思いがけない経験が得られるかもしれません。

なお参加費は、1人500円です。ただしサバイバー(がんの経験者)と高校生以下は無料です。

参加費や寄付は、運営費を除いて全額が日本対がん協会に寄付され、がん医療の発展や患者支援、検診の啓発に役立てられるということです。

執筆:市川衛ツイッターやってます。良かったらフォローくださいませ

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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