”勝負あった!?”、iPad miniが与えるインパクト

サンノゼ市のカリフォルニアシアターで製品発表を行うアップルCEOティム・クック氏

10月23日、カリフォルニア州サンノゼ市にある、伝統的な劇場「カリフォルニア・シアター」。ここは2004年10月、アップルのスティーブ・ジョブズ氏がiPodのU2バージョンを発表。ボノとエッジも駆けつけた場所、iPodが音楽プレーヤとしての地位を確立した場所として知られている。

発表会場となったサンノゼ市のカリフォルニア・シアター
発表会場となったサンノゼ市のカリフォルニア・シアター

いわば、”勝負が決まった”と振り返るならここだろう、と言える発表会場だった。アップルがこの劇場でイベントを開催するのは、あの音楽アーティストがアップルの味方についた発表会以来のことである。あるいはアップルは、デジタル音楽プレーヤの勝負が決まった当時を思い起こし、”タブレット市場での勝負を決めに来た”のだろうか。

アップルが発表した7.9インチXGA(1024×768画素)ディスプレイを搭載するiPad miniは、いわばサイズだけが異なる”小さなiPad”だ。内蔵するマイクロプロセッサはデュアルコア構成のA5で、iPhone 4Sと同等である(ただし動作周波数などが異なる可能性はある)。価格は16Gバイトメモリを内蔵するWiFi版が328ドル、日本での価格は28800円。大まかなサイズ感だけを比べれば、グーグルがすでに販売しているNexus 7同等だがCPU部分のパフォーマンス、価格の両面で見劣りする。

しかし、ハンズオンで実物を触っていると、それら7インチクラスのAndroid端末とは、使い勝手が根本的に異なることがわかってきた。実際の使用感としてパフォーマンスに不足を感じることは、ブラウザでPC版のWebページを巡回しているときにも感じないし、何よりブラウザ、アプリケーションともに大多数のAndroid端末よりずっと見やすく扱いやすい。

理由は二つある。

iPad向けアプリケーションは1024×768画素(あるいは、その縦横2倍)で最適になるようレイアウトが工夫されていることだ。iPadアプリケーションはすでに27万5000を越えている。iPad miniはその多数の最適化された……すなわち、ユーザー体験がしっかりとコントロールされたアプリケーションを楽しめる。当たり前のことではあるが、7インチAndroidタブレットには備わっていない。

Nexus 7とのWebページ表示比較
Nexus 7とのWebページ表示比較
アプリケーションもiPad用レイアウトが施されたものが、すでに27万5000以上
アプリケーションもiPad用レイアウトが施されたものが、すでに27万5000以上

もうひとつはPC版のWebデザインレイアウトが使いやすいこと。横画面で使う場合、16:10など長辺と短辺の差が大きい縦横比のディスプレイパネルを採用するNexus 7などは閲覧しづらい。縦画面にすると、今度は横方向のサイズが小さくなりすぎてしまい、拡大しなければ文字が読みづらい。スマートフォン的に使いこなすなら、Nexus 7のアプローチでもいいが、パソコンの代わりとして使いたいと思うなら、4:3のiPad miniが正解だ。

Yahoo!ホームページの表示。4:3だからこその安定した見え味
Yahoo!ホームページの表示。4:3だからこその安定した見え味
縦表示の場合も、4:3の方がPC向けWebページは安定した表示に
縦表示の場合も、4:3の方がPC向けWebページは安定した表示に

7インチと7.9インチは、実際に目の前に並んでみると、大きくその違いを認識できる。それは4:3画面によるPC向けWebページとの相性や、iPad用画面デザインの使いやすさだけではない。予想を超えて質感がよく、軽量で精細感を感じるディスプレイが、満足感を引き立てている。

確かに解像度はXGAなのだが、サイズが小さくなったことで凝縮感のある表示になっていることが大きい。そもそもRetinaディスプレイがきれいな理由は解像度だけではなかった。本機は第二世代までのiPadと同じ解像度だが、コントラストが高く、広視野角で色再現域が広いのIPS液晶パネルを採用し、パネルと保護ガラスの間を樹脂で埋める処理まで施されている。

スペックだけを一見すると、凡庸な数字にしか見えないかも知れないが、この高い質感を実現しながら310グラムを切るため、電子書籍リーダーとしても良い端末となるだろう。指でつまんで持っても疲れない軽さで、10時間駆動のバッテリ使用時間をきちんとキープしている点は評価したい。

大幅に軽量化されたことで軽快に使いこなせるようになった
大幅に軽量化されたことで軽快に使いこなせるようになった

ディスプレイも解像度の数字だけを見たのでは、広視野角、広色再現域といった要素を含むトータルの体験レベルはわからない。小ささ、軽さ、使いやすさ、動作レスポンスの俊敏さ、そしてディスプレイの視野角や発色の良さといった味付けが絶妙なのである。

iPad miniは十分に高性能だが、価格やスペックで勝負する製品ではない。7.9インチというサイズ感の中で、ユーザーがどのようにコンピュータを利用したいのかを見つめ直した製品だ。今回の価格設定に”高い”との声も聞かれたが、筆者は決して高いとは思わなかった。

米国ではパソコンからタブレットへ、ユーザーが大移動を始めている。パーソナル・コンピューティング(個人のコンピュータ活用の手法)の奔流は、パソコンからタブレットへと移り変わった。日本ではスマートフォンへのモーメンタムが大きく、タブレット端末の普及が遅れているが、これも時間の問題で北米の後を追い始めるだろう。

搭載するプロセッサのスペックは、あまり考えなくていい。とにかく軽快に動くこと。美しいディスプレイに美しいレイアウトで表示されること。そして、多数のアプリケーションをダウンロードするだけで楽しめること。イージーにコンピュータを使いこなす上で、AndroidタブレットがiPadよりも良いと感じる部分はほとんどない。

iPad mini上でiBookで日本語ePubの電子書籍を表示
iPad mini上でiBookで日本語ePubの電子書籍を表示

もちろん、問題となった電子地図の品質問題や、なかなか直らないiOSやMacOS Xのバグなど、これまではあまり経験してこなかったトラブルが発生しているケースもある。アップルのソフトウェアに問題はいくつかあるが、ハードウェアの圧倒的な質の高さが、ユーザーからクレームを入れる力を奪うのだろうか。

ハードウェアの質においても”勝負あった”と言えるほどの変化が起きている。

マシニングセンターで筐体そのものを削り出す”ユニボディ”を訴求点にしていたアップルだが、iPhone 5では究極とも言える精度でのアルミ削りだしボディを作り上げた。

質感の面ではステンレス+ガラスを用いたiPhone 4/4Sのインパクトが強かったが、物づくり界隈ではiPhone 5の方が評価は高い。アルミ・ユニボディのMacよりも、ずっと緻密で細やかなテクスチャで表面を仕上げられたiPhone 5が、世界中からの大量の需要に応えられるだけの量産できているのは驚異的だ。

なぜなら、この質感は一般的な製造業者における、”試作ライン”でしかない複雑で高価な生産設備でしか実現できないからだ。高精度の削りだしモックアップを作る生産設備を用い、金型でパカパカと同じカバーを作っていく他の量産品と同等の生産量を誇る。コストの高い金型で、安い製品を作るからこそ大きな利益が得られる製造業にあって、試作ラインだけで製品を生み出す体制を作ってしまったアップルは特殊な存在である。

そして、それが明らかに製品力向上につながっている。手に取ってみれば、素材の良さを活かし、高い精度で加工された”モノ”として良さと価格のアンバランスに、誰もが納得する。もちろん、同じもの作る技術は日本にもある。しかし、同じ質感の製品を作るには、これまで試作ラインに投入していた高額な生産設備を、大量に並べなければならない。今から真似てみようにも、投資額が大きくなりすぎるため不可能だ。

すでにアップルは、ハードウェアの生産で兆円単位の利益を出すに至っている。ここまで来れば、あとはひたすら生産に必要なだけ設備を並べれていけばいい。部品生産だけならば場所は問わない。広くて安い土地と電気があればいい。ユニボディという技術が、生産設備への投資額で勝負が決まる性質を持っている以上、兆円単位の投資をしなければ、アップルには追いつけないからである。

私は7インチクラスのiPadに関して、このサイズに合った新しいユーザーインターフェイスのアプローチがなければ、新しい価値を提供できないのではと予想していた。しかし。その予想は見事に覆された。iPad向けにカスタムデザインされたアプリケーションが、310グラムを切る軽量ボディで動く。これだけで大きな価値がある。

日本人にはちょうどいい、移動しながら使いやすいサイズ感。持った印象もなかなか軽量
日本人にはちょうどいい、移動しながら使いやすいサイズ感。持った印象もなかなか軽量

日本ではKDDI版、ソフトバンク版の3G+LTEモデルも利用可能だが、もしあなたがiPhone 5を持っているなら、WiFi版をテザリング(インターネット共有)を利用するのも手だろう。iPhoneとiPadの組み合わせでBluetoothテザリングなら、電力消費の負担も比較的小さく、通勤時などに大いに役立つはずだ。サイズや重量の面でも、電車での利用が多い向きにフィットする。

従来の9.7インチ版iPadがシックリと来ていなかったユーザー層が食いついてくれば、日本や欧州での普及率向上も見込めるだろう。Windowsパソコンとしても使えるWindows 8、RTとの比較はナンセンスだが、今回の発表会は”Androidタブレットとの勝負はここでついた”と後に語られることになるかもしれない。

筆者は実物に触れたことで考えを変え、iPad miniをきっかけに日本でのタブレット利用が急拡大すると感じた。そしてアップルにとっても、iPad miniはジョブズ亡き後の戦略、ビジョンが正しい方向に向かっているのか、今後を占う上でのリトマス試験紙となるだろう。

(初出時、Nexus 7のディスプレイを16:9と表記していましたが、正しくは16:10です。お詫びの上、訂正させていただきます)