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バルマー退任に思う、マイクロソフト帝国最大の危機

本田雅一フリーランスジャーナリスト
MS開発者向け会議「BUILD 2013でのスティーブ・バルマーCEO」

マイクロソフトが最高経営責任者のスティーブ・バルマー退任を発表したのは、日本が週末の夜を愉しんでいるときだった。バルマーは1年以内に後任を選び、その引き継ぎを行うという。これでマイクロソフトは創業当時から在籍した幹部が、すべて一線から退くことになる。マイクロソフトの今後は、どこに向かうのだろうか。

指先に届いたバルマー退任の報

その日の会食を終えた22時半ごろ、ふとスマートフォンの画面に目を落とすと、Facebookを通じてマイクロソフト広報から第一報が届いていた。ちょうど日本時間の22時、米国太平洋時間の6時ごろにニュースリリースが出されたらしい。

ビル・ゲイツとともに、マイクロソフトを「帝国」とも揶揄されるほど大きな影響力を持つソフトウェア企業へと育ててきたバルマーの退任が、ソーシャル・ネットワークを通じ、スマートフォンに送り込まれてきた、というのは感慨深い。

ゲイツがCEOを務めていた1996年、マイクロソフトは“Information at your finger tips”(全ての指先に情報を)というフレーズで企業戦略を顕した。Windowsをパソコンだけに留まらず、世の中にあるあらゆるコンピュータに組み込み、ネットワーク化。社会インフラから電子サイフまで、あらゆる分野のデバイスを一気通貫に結ぶ情報システムを想起させるプレゼンテーションは刺激的だった。

彼らが当時夢想していた理想は、今、現代社会においてほとんどが実現されている。しかし、バルマー退任が筆者の指先に伝えたデバイスは、残念なことにマイクロソフトの技術が組み込まれたデバイスではなかった。

社内の力をひとつに

マイクロソフトはパソコン用ソフトウェアへの依存度が高い現状を打破するため、社内構造改革を進めてきた。この構造改革プランは、バルマーが中期の事業計画として7月11日に発表している。キーワードは「One Microsoft」。大規模な構造改革は実に10年ぶりのことである。

この標語は、同じく時代の変化に対応しようともがくソニーの平井一夫社長がエレクトロニクス部門復活をかけて掲げた標語と酷似している。組織の壁に隠れている技術、ノウハウなどを集約し、新たな事業ベクトルを明示することで内在する力を最大限に発揮しよう。両社の改革への取り組みはそれぞれ異なるものだが、基礎となる考えかたは言葉と同様によく似ている。

マイクロソフトはこの標語に示される改革を、過去に二度断行し、いずれも成功を収めてきた。

一度目はネットスケープの台頭によりウィンドウズの価値が脅かされた95年、二度目はJavaの台頭に対して.NETという回答を用意した2000年である。こうした変革を経て、マイクロソフトは、アプリケーションが単体のソフトウェアから多様な部品がネットを通じて結びつき、”ソフトからサービス”へと中心軸が移ろう中にあって、常に業界の中心であり続けてきた。

しかし今、マイクロソフトがさらされている危機は、過去の改革とはその質が大きく異なる。過去の大改革はソフトウェア、ネットワークなど、マイクロソフト自身が得意とする領域における技術トレンドの変化に対応するためのものだった。

これに対し、マイクロソフトが取り組もうとしているのは、ソフトウェア企業という枠を踏み越えて、ソフトウェア、ネットワークサービス、ハードウェアデバイスを三位一体で統合し、社会インフラと馴染むほどに深く浸透させるという目標である。

パソコンという枠組みの中では強い影響力を発揮する”Windows”だが、インターネットのコンテンツ/アプリケーションの利用数は、今やパソコンと非パソコン機器の比較で均衡、あるいは用途によっては非パソコン機器の方が多い。今後、非パソコン機器の重要性が高まっていくことは間違いない。

Windowsという伝家の宝刀の切れ味が鈍っているわけではない。だが、ルールが変わればその威力は相対的に変化する。これまで何度となく、サービス事業やデバイス事業の強化に取り組んできたマイクロソフトだが、それぞれの領域での強みをひとつにまとめ上げることはできていなかった。

圧倒的な地位を確保している領域の外への挑戦。社内構造改革、意識改革への挑戦。さまざまな意味で、マイクロソフトは正念場を迎えている。

”パソコンソフトの会社”からの脱却

バルマーはOne Microsoftを説いた演説の中で、”デバイスとサービスの会社”にマイクロソフトを変えていくと宣言した。言うまでもなく、この目標設定は実に的確なものだ。ディスプレイ、キーボード、マウスだけで操作する従来からの”パーソナル・コンピュータ”は、職場・家庭ともに道具として残ることは間違いない。しかし、今後の成長領域かと言えば疑問符も付く。

コンピュータデバイスとユーザーインターフェイス、バックエンドのサービスが一体化された新しいコンピュータを生み出すには、社内にハードウェア部門を持ち、統合された体験を作り出す方向へと足を踏み出さねばならない。

マイクロソフトは四半期決算のなかで、Surface RT(Proは含まれない)の在庫調整費に9億ドルも費やしたと発表した。事業上の失敗は明らかだが、それでも基本ソフトだけを開発してOEMに提供するだけでは、この先を生き残れない。同社は中間管理職を大胆にレイオフする一方で、新たにハードウェア設計エンジニアを大量雇用している。

マイクロソフトが最初の目標としているのは、タブレット市場への浸透だ。世界中で10億台が稼働するWindowsパソコンをテコとして使い、Windowsスタイルのユーザーインターフェイスやデザインを広めようという戦略である。

しかし、今のところWindows 8のタッチ機能、アプリの洗練度・充実度は、iPadの領域からはるかに遠いばかりか、Androidタブレットにも遅れを取っている。Windowsが優位な点は、既存のパソコンで構築されたシステムとの接続性ぐらいだろう。あるいは1台でパソコンとタブレットの両方をこなせることだろうか。

後れを取っていることは、もちろんマイクロソフトも自覚している。今後、マイクロソフトは毎年、タブレット向けの改良・テコ入れを行っていくだろう。すでにWindows 8.1のリリースが発表されているが、来年は同時期に8.2が提供される見込みだ。短時間にフィードバックを反映した改良版を投入していくことで、パソコンとタブレットの世界を接続しようとしているのである。

その立ち位置を明確に確保するまでは、アップデート料金も無料を続けるのではないだろうか。”勝ち続けるまでやめなければ、負けることはない”。それがマイクロソフトのやり方だからだ。

求められる新たなリーダー

しかし、そんなブルドーザーのように全てを薙ぎ倒して進むマイクロソフトの推進力は、バルマー自身のパーソナリティだった、という側面もある。特に近年は上席の幹部と衝突することが多く、次世代を担うマイクロソフトのリーダーと目される人物を、次々に辞任へと追い込んでいった。このあたりは昨年、筆者が書いた記事「Windows 8総責任者が辞任。マイクロソフトに今、何が起きているのか」でも取り上げている。

バルマーがCEOに就任して13年。近年はテクノロジ業界におけるワーストCEOに何度も輝くようになっていた。今回の引退宣言は、マイクロソフトが進むべき方向を見定めた直後という意味では、自身が言う通りに最適のタイミングとは言えるだろう。

内部昇格ならラーソン=グリーンが有力と言われるが……
内部昇格ならラーソン=グリーンが有力と言われるが……

だが後任探しは難航すると予想される。マイクロソフトのように技術を中心とした企業は求心力を発揮できるよう、社内の実力者を内部昇格させるのが理想的だろう。しかし、前述したようにバルマーは社内の実力者と衝突し、ことごとく追いだしてきた。もし内部昇格ならば、Windowsの開発責任者で、異なる組織の橋渡しをすることが得意と評価されているジュリー・ラーソン=グリーンが最右翼となるだろうが、マイクロソフトのCEOを担うために充分な実績を積んでいるとは言い難い。

外部からの招聘の可能性が高いだろうが、その場合の予想は難しい。バルマーは自ら「引き際は適切」とアピールしているものの、度重なる幹部の退社の原因を作り、後継者を育てることができなかった責は小さくない。

今後、マイクロソフトの価値が上昇するにしろ、下降するにしろ、新たなトップ人事が大きなターニングポイントとなることは間違いない。

フリーランスジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、モバイル、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジとインターネットで結ばれたデジタルライフと、関連する技術、企業、市場動向について解説および品質評価を行っている。夜間飛行・東洋経済オンラインでメルマガ「ネット・IT直球レポート」を発行。近著に「蒲田 初音鮨物語」

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