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”自分だけの専任コーチ”を身に着ける。アディダス製スマート・ウォッチの詳細をレポート

本田雅一フリーランスジャーナリスト
本格派のスポーツスマートウォッチ「アディダスmiCoach SMART RUN」
SMART RUN
SMART RUN

アディダスが発表したスポーツウォッチ「miCoach SMART RUN」は、スポーツ用腕時計というジャンルの概念を越える、まさに”現代の技術”が生み出したSmartスポーツウォッチであるとともに、テクノロジ業界で流行し始めているスマートフォン連動型のウェアラブルデバイスにも強い影響を与えるだろう本格派の製品だ。

スポーツ用品メーカーが作ったウェアラブルデバイスということで、少々舐めていたが、説明を受けただけで自分の間違いに気付いた。この製品はカジュアルな活動系をベースにした製品に対する返歌であり、スポーツメーカーだから企画・製作・販売ができる、本当の意味でのスポーツ好きに訴求するウェアラブルデバイスである。

運動強度プランと心拍数を付き合わせてペース配分などを指示
運動強度プランと心拍数を付き合わせてペース配分などを指示

特にランニングやサイクリングを趣味としているなら、オンラインストアで4万7250円(税込み)という値付けを”安い”と思うに違いない。

トレーニングプログラムを積極的に支援する”真の”スポーツ用スマート・ウォッチ

昨今、流行の兆しを見せているスポーツ愛好者向けウェアラブルデバイスは、普段の活動履歴を蓄積。クラウドへと情報を転送し、行動履歴を”ほにゃらら”と分析。もっと運動しなきゃねと、気付きと数値目標を与えることで運動を促す装置だ。さらには睡眠時の細かな動きを計測しておき、眠りの深さを検出。眠りの浅い時にサクッと起こしてくれる。そんな機能も、多様な製品に搭載されるようになった。

フリートレーニングモードでは心拍や走行距離、ペースなどを表示
フリートレーニングモードでは心拍や走行距離、ペースなどを表示

製品の形状や身に付け方、さらに細かい機能に違いはあるものの、クラウド活用型の”活動量計”という意味では、大きくひとつのカテゴリに入る。Jawbone UPやFitbit、それにNike Fuelbandシリーズなどが代表的な例だ。

しかし、これらは大まかな活動履歴は検出できるものの、運動に際しての人の生理的な反応は捉えていない。あくまでも活動量をおおまかに検出し、それをイメージしやすい形にビジュアライズして”やる気を出させる”ツールだからだ。運動のモチベーションを高めたり、睡眠管理、目覚まし時計などには良いツールだが、本格的なスポーツトレーニング向きとは言えない。

毎日のトレーニング履歴も時計内で確認できる
毎日のトレーニング履歴も時計内で確認できる

SMART RUNが他の製品と一線を画しているのは、本当の意味でのトレーニング管理を行えるところだ。トレーニング負荷の管理を行う上で重要な心拍計を内蔵している。さらに加速度センサーとGPSを用いることで、移動距離やルート、ストライドなどを、気圧計を用いることで高度の履歴を取り、地形の起伏と心拍数の関係なども分析できる。

それだけではない。多くのカジュアルなスポーツ活動計とは異なり、SMART RUNは単純なデータロガー(すなわち活動履歴を記録するだけの装置)ではなく、自立したコンピュータとして機能している。

そのためにSMART RUNは小さな液晶パネルを搭載し、タッチパネルによる操作性やWiFiを通じてのインターネット接続機能(データログを自動的にアップロードするため)などを備えている。つまり、ハードウェアの構成としては、活動量計を基本とするウェアラブルデバイスよりも、昨今話題になることの多い腕時計型ウェアラブルコンピュータに近いものだ。

Bluetoothイヤホンに対する音楽再生機能もある
Bluetoothイヤホンに対する音楽再生機能もある

内蔵するBluetooth 4.0を通じてヘッドセット/イヤホンに音声を送出。あらかじめプログラムされているトレーニング計画に合わせ、心拍数や走行スピード、ストライド/ピッチのバランスなどについて認識し、音声でスピードアップやダウンといった指示を使用者に出せる。

ちなみにお気に入りの音楽を入れておき、それをBGMにしながらトレーニングすることも可能。指示音声は各国言語に対応(もちろん、日本語も)しており、声質も男女を選択できる。

”クラウドの中のコーチ”と連動するスマート・ウォッチ

もっとも、アディダスはSMART RUNという製品を、突如として開発できたわけではない。前提としてプロ選手あるいはプロスポーツチーム向けに開発してきた、各種センサー類を活用した本格的なトレーニング、身体能力評価、プレーの戦略分析などのアプリケーション開発を行ってきた蓄積があってのSMART RUNである。

たとえばアディダスは、サッカーチームやアメリカンフットボールチーム向けに、練習中の選手の身体状況や移動距離、区間ごとのスピードなどをトラッキングし、分析するためのアプリケーションをプロチームに提供しているという。その一部は一般のアスリートも活用できるコンシューマ製品となり、miCoachシリーズとして商品化されている。

SMART RUNが生まれてきた背景には、これらプロスポーツ向けの科学トレーニング、戦略立案といった技術・ノウハウの蓄積とともに、デバイス面での技術革新がある。

タッチパネル付きユーザーインターフェイスや、時計サイズでも独立したコンピュータとして成立させられる小型化技術、WiFiやBluetoothといった無線通信技術などもさることながら、手首部分だけで心拍を測れるようになったことが大きい。これまでの心拍計は心臓周辺にセンサーを取り付け、鼓動に合わせて変化する電気信号を読み取っていた。

心拍を計測するセンサー部
心拍を計測するセンサー部

しかし、SMART RUNに内蔵されている心拍計は心臓の近くに置く必要がない。高感度の撮像素子を挟むように緑色のLEDを配置。”赤”の補色となる緑の光を照射することで皮下の毛細血管を浮かび上がらせ、その映像を撮像素子でキャプチャ。微細な血管の動きを検出することで心拍リズムを計測している。

SMART RUN単体でもトレーニング中のアドバイスやセンサーから読み取られた数値を表示、あるいは音声アドバイスが送れるようになっている。また画面上の動画でトレーニングプログラムのやり方を教えるといった機能が提供されているが、他のmiCoachシリーズと組み合わせたり、すでに実績のあるクラウド型サービスと連動させることができる。

たとえばGPSを用いた機能は屋外でしか機能しないが、miCoachシリーズのSPEED CELLを組み合わせると歩数や加減速の様子がSMART RUNに送られ、SMART RUNのログデータとともにクラウドで構築されるmiCoachサービスへと送られる。

SMART RUNは基本的にランニング(あるいはサイクリングやウォーキング)向けの製品だが、テニスなどその他のスポーツの場合は、SPEED CELLと組み合わせ、miCoachサービス上でデータ管理・分析し、クラウドに実装されたAIコーチからのアドバイスが出されるのだ。

miCoachによるトレーニングメニュー管理の例
miCoachによるトレーニングメニュー管理の例

miCoachサービスではこうした複数のセンサーを組み合わせたデータ表示を行えるだけでなく、取り組んでいるスポーツに合わせてカリキュラムを作成し、スケジュール管理も行える。トレーニングのスケジュールは、インターバル時間や運動強度などの情報とともにSMART RUNに同期され、バイブレータや音声でユーザーにトレーニングの節目でペースチェンジなどの指示を与えるのだ。

カリキュラムには、選んだ種目などに応じて筋力や柔軟性向上のトレーニングも組み込まれ、それぞれのやり方が画面上、動画で閲覧できるといった、いかにもスマート・ウォッチ的な機能も備えている。

データやトレーニングスケジュールの選択・管理は自分で行うことになるが、細かな指示はSMART RUNが行うことになる。まさにmiCoachのブランド名そのまま。自分だけのコーチをクラウドの中に持ち、それを時計というデバイスを通じて実際ののトレーニングに活かす。実践的な科学トレーニングを簡単に手に入れることができるのだ。

ランの結果表示。高低差やペース配分を重ね表示することも可能
ランの結果表示。高低差やペース配分を重ね表示することも可能

心拍計付きのトレーニング装置に高価な製品が多いことを考えれば、そしてカジュアルな活動系を大きく越える機能を提供することを考慮すると、この製品はむしろバーゲン価格と言えるだろう。

時計タイプの手軽さと予想以上の高機能さ、バッテリ管理にはご注意を

さて、このSMART RUNを一週間ほど身に付けてみた。

サイズはソニーのSmart Watch2より若干小さく、液晶パネルも小型だが、半透過型と呼ばれるバックライトと反射光併用の液晶パネルを採用しているのは同じで、日中、太陽の下で視認性は高い。

トレーニング開始時、GPS機能が必要な機能を使う場合はGPS衛星の検索に時間を取られるが、一度GPSを捕まえてしまえば、多少、ビルの影などに入っても位置を見失うことはなかった。GPSデータを使ったランニングコースのチェックを、Googleマップとマッシュアップして見せる機能があるが、都内の建物がたてこんでいる路地を通るコースでも、正確に道をトレースしていた。

充電用フォルダ。USBケーブルで電源もしくはパソコンと接続する
充電用フォルダ。USBケーブルで電源もしくはパソコンと接続する

もっとも気になるだろうバッテリ持続時間は、カジュアルモードという、いわば時計や過去のトレーニング履歴を見るモードであれば14日。実際に14日以上は経過していないため未確認だが、特に支障のない駆動時間であることは間違いない。

一方、トレーニング時に心拍計やGPSを有効にしたモードでは、約4時間の駆動時間。これは1秒ごとに各種センサーの情報を記録しているためだ。長時間のトレーニングが必要な場合は、5秒ごとに記録するマラソンモードもあり、そちらは8.5時間の連続駆動が可能となる。

こちらもトレーニング用と考えるならば妥当な駆動時間だ。ただし一点だけご注意を。SMART RUNは登録済みの無線LANアクセスポイントのエリア内にいるとき、常時、接続セッションを維持し続ける。このため、無線LANエリア内ではバッテリの減りが早くなるのだ。自宅に戻ったら充電ホルダーにカチッと填めておくのがいい。

ちなみに充電は専用ホルダーに填めるだけなので、MicroUSBなどのコネクタを差し込む必要はない。ホルダーはパソコンとのデータ通信クレイドルにもなっているので、音楽データを時計に送り込む際にも利用する。

トレーニング後、SMART RUNを登録したアクセスポイントのエリア内に持ち込むと、自動的にアクセスポイントと接続。インターネットへの接続が可能な環境であれば、自動的にmiCoachサービスに記録したログデータ(SPEED CELLを使っている場合は、その履歴も)をアップロードする。

あとはパソコンなり、スマートフォンアプリなりで、miCoachサービスにアクセスすれば、誰でも使いこなせる。miCoachはサービスであるため、トレーニングメニューの追加や分析機能の向上、ユーザーインターフェイスの向上なども見込むことができるだろう。

昨今はスマートフォンをフロントエンドとし、操作やデータ表示など、あらゆる機能のユーザーとの接点をスマートフォンにしてしまう製品が増えているが、スポーツをしながらスマートフォンの操作はできない。本格的なトレーニング用のスポーツ・ウォッチを求めているなら、SMART RUNは今のところ唯一の選択肢だ。

SMART RUNは”本格派”を追求することで、他製品とはまったく異なるカテゴリを築こうとしている。さまざまなウェアラブルが開発され、カジュアルな設計とすることで多様なユーザーを囲おうとしているが、幅広い層を相手にするほどテイストは薄まり、飽きるのも速い。

なぜその製品を使いたいと思うのか。SMART RUNは、より高い専門性で掘り下げることでウェアラブルデバイスを進化させる方向を示している。

フリーランスジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、モバイル、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジとインターネットで結ばれたデジタルライフと、関連する技術、企業、市場動向について解説および品質評価を行っている。夜間飛行・東洋経済オンラインでメルマガ「ネット・IT直球レポート」を発行。近著に「蒲田 初音鮨物語」

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