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【石巻】母親の愛情不足が不登校を引き起こす?市教委が行ったアンケートとは

池上正樹心と街を追うジャーナリスト

宮城県石巻市が、不登校の児童・生徒が多い学校で、母親の愛情不足や家庭の子育てに問題があるという前提のアンケートを配布していたことがわかった。

文科省の調査によると、宮城県は2012年度、中学校の不登校生徒が2056人に急増。不登校出現率が3・14%に上り、全国ワースト1となった。

その原因について、宮城県教委は「東日本大震災の影響が少なからずある」と話しているが、中でも、石巻市は「かなり多い」(市教委)ことがわかっている。

そんな石巻市内の不登校者の多い中学校数校で配られたのが、不登校の仕組みを解明するためのアンケートだ。

私は、東日本大震災以降、かれこれ3年近く石巻に通っている。そこで出会ったある父親に、そのアンケート用紙を見せられて仰天した。

母親の愛情不足や子育てに問題があるという前提だけでなく、こんなアンケートを最大の被災地で配っていいのかと思えるような内容だったのだ。

父親は、震災の津波で母親(妻)を亡くした。子どもが通う中学校には、同じように被災して、両親を亡くした生徒もいる。

アンケートは、石巻市教育長などの名前で、1月14日付けとなっている。学校を通じて各家庭に配布され、無記名式。回収については、「封をして、担任の先生に提出してください」と指示がある。

<保護者の皆様へ>と題した依頼文では、 冒頭でこのように説明している。

石巻市では、不登校の児童・生徒が非常に多く、健全な成長へ向けて心配な状況が続いております。現状を改善するための方策を様々検討しているところですが、子育ての態様や地域社会の状況など、子供の成育環境を多角的に調査し、把握することにより、不登校の仕組みを解明することで、不登校の解決・減少につなげたいと考えております。

しかし、問題なのは、そのアンケート用紙の中身だ。

・ このアンケートは、保護者の方がご回答ください。

・ ご両親と相談なさることは構いませんが、お子さんには質問せずに、ご自身の考えや感じていることをご記入ください。

・ できるだけすべての質問にお答えください。(ただし、どうしても答えたくない質問には、お答えいただかなくてもかまいません。)

そして、いきなり<1 お母さんの仕事の状況について>尋ねている。

この質問は、お母さんがお答えください。

この文面を見た父親が怒ったのだ。

「これは被災地で行うアンケートではない。うちの子のように母親を亡くしたり、中には両親を亡くしている子もいるのに、配慮足りなくないですか?」

設問は、こう続く。

(1)あなたは最初のお子さんの誕生から現在まで、仕事していましたか?

ア していた(している)

イ したことはない

そして、仕事をしていた(している)母親には、仕事の種類や期間、勤務状況などを細かく聞いている。

画像

母親がいることを前提にした設問も無神経だし、そもそも母親の仕事が、不登校と結びついていると決めつけた調査だ。

さらに、アンケートは<2 子育てについて>の問いへと続き、養育に際して心がけてきたことなどの設問が並ぶ。例えば、こういう感じ。

2)お子さんの乳幼児期に、育児の相談相手はいましたか?

ア はい  イ いいえ

(3)お子さんをどのように育てたいと考えていましたか  (以下略)

(4)お子さんの養育について、どんなことを心掛けましたか?当てはまるものを選んでください  (以下略)    など

一方で、学校の教育環境について尋ねる調査項目はない。

このアンケートは、母親のせいだとか、家庭内の養育に問題があると初めから決めつけた形になっていて、冒頭の依頼にあった、不登校の仕組みを解明するものではない。

いったい誰が、何を参考にして、こうした意味不明なアンケートをつくったのか。

石巻市教委に聞くと、アンケートは昨年中に「市立小・中学校不登校児童生徒対応協議会」の委員が考えたものだという。

市の資料や市教委によれば、この協議会は、不登校児童生徒数の増加傾向、要因の複雑化等を受けて、2011年に設置。石巻市「けやき教室」室長を委員長に、教職員OB、民生委員らで構成されている。

「石巻は昔から不登校が非常に多い地区。その根本原因を探ろうということで、いろいろなものを参考にされたと思う」

「共働きが増えてきた。母親が働くようになって、家庭で母親に愛情かけて育ててもらっているのかということへの問いかけだと思いますが…。ただ、母親のいない子どものことも考えなければいけなかったのかなという気がします。でも(アンケートは)このまま進むことになると思います」

と市教委はいう。しかし、家庭内の養育の調査だけで、どうやって根本原因を探れるというのか? そもそも共働きが増えると、不登校になるという根拠がどこにあるのだろうか?

私は長年、当事者たちを通じて、ひきこもり問題に関わってきた。

いまもダイヤモンド・オンラインの連載「引きこもりするオトナたち」を通じて、毎日、ひきこもる当事者たちの思いに接している。

当事者たちが不登校やひきこもるきっかけは、いじめ、体罰、親や親友の裏切り、事件事故、虐待…など生命や尊厳の危機だ。とりわけ、子どもにとって、世界のすべてといってもいい学校の問題は、かなり大きく影響している。不登校やひきこもり状態に陥るプロセスは、心が傷ついた子供たちの一種の防衛反応であり、もっと奥深くセンシティブな問題だろう。

「お母さんが家庭で本来、手をかけなければいけない愛情の部分がある。幼少期の頃に決まってくるのに、手がかかっていないということも、1つの大きな要因なのではないかということです。家庭が果たさなければいけない役割があるのではないかと」

市教委はそう話す。

だが、もし母親の愛情不足のなかにあると仮定して不登校の要因を探るのであれば、それよりも前に、母親の愛情不足が不登校の要因であるというつながりが根拠として出されていなければならない。

市教委は、さらにこうも話している。

「共働きは、都会でも増えたと思いますが、石巻には独特の文化風土がある。実は、そこの部分にもメスを入れたい」

だが、共働きと“独特の文化風土”と不登校のつながりを解明できるような設問は、どの部分を指すのかまったくわからない。

そして何よりも、多くの人が知りたい不登校と震災の影響については、石巻市教委は、「影響は少ないと思う」と県教委と食い違う見方をしている。

影響があるにせよ、ないにせよ、石巻市教委は、東日本大震災という子どもの成育環境に大きな変化を与えた出来事の前と後の変化をそもそも調査・分析したうえで推測しているのだろうか?

全体像のデータも把握できていない中で、いきなり各論という調査手法は、やはり疑問が浮かぶ。

母親の愛情不足と養育に特定した不登校調査は、果たしてどこまでやる意味があるのだろうか。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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