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14年前の世田谷一家殺人事件の遺族が「ミシュカの森」で訴える、感情を言葉にして発信することの大切さ

池上正樹心と街を追うジャーナリスト

世田谷一家殺人事件の遺族である入江杏さんが毎年開催している催し「ミシュカの森」が12月27日、都内で行われ、200人以上が参加した。

ミシュカの森とは、14年前の2000年12月31日未明、入江さんの幼い姪と甥を含む妹一家4人が突然、命を奪われた事件を追悼する催しで、今年で9回目。入江さんがこれまで会ってきた素敵な人たちを亡くなった家族に紹介する法事の場であり、死者と生者の出会いの場でもあるという。

ミシュカは、姪と甥が可愛がっていた小さな小熊のぬいぐるみの名前。再生のシンボルとしての願いが会の名称に込められている。

今回、ゲストとして招かれたのは、昭和大学大学院保健医療学研究科の副島賢和准教授。大学病院内にある特別支援学級「さいかち学級」(院内学級)の活動を通じて、子どもたちが教えてくれた「こころの声が言葉になる」をテーマに講演した。

副島准教授は「当事者意識」の大切さを強調。傷つきからの回復には、「safety」(安全・安心の確保)「challenge」(選択・挑戦)「hope」(日常・将来の拡充)が必要だと訴え、つぎのように説明した。

「ちょっと視点を変えて、想像してみるとわかります。感情を大切にする。あなたはひとりじゃないよと伝える。納得できる物語をもつ…。子供たちの感情については、とくに不快な感情を言語化するようにし、感情の適切な扱い方を伝え、関わりをして、感情を適切に扱えないと、社会性が上手に育たないのです」

ひきこもり当事者たちを長年取材してきた筆者の周囲にも、沈黙する人たちがいる。しかし、言葉にして発信していく作業は、自分にとってもとても大切な作業だ。また、周囲は、当事者たちが“安心して言葉を紡ぎ出せる場”を作りだし、いかに選択できる情報を提供できるかが求められている。

怒りには願いがあるから、そのメッセージを聞き、悲しみには、その訴えを聞く。喜びは、誰かと分かち合えることでいっぱい膨らむ。恐怖や不安は問題があり、それを解消しなければいけないという強い願いでもある。そうした「どんな感情も持っていていいんだよ」と「受容」(感情を受け止めること)するものの、許容(行動を容認すること)はしないという距離感が大事だと、副島准教授は指摘する。

「Doingでなく Being。そこに存在していることだけで価値があるといことを伝える関わりをすることです」

副島准教授は、参加者たちにそれぞれの身近なところでの当事者との関わり方を伝えた。

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入江杏さんは、トラウマ研究の第一人者である一橋大学の宮地尚子教授が著書『トラウマ』(岩波新書)の中でつくった「環状島モデル」を紹介。悲しい思いをした人は声を出せなくなる。ようやく這い上がった人が声を出せる。外海は関心がない。穏やかな海かもしれない。でも、外海から援助者が助けに来てくれる。

しかし、当事者同士も吹き荒れる風にさらされて、つながりにくい。だから、それぞれが自分の立ち位置を考える。そして、言葉にしようとする人たちが風にさらされても発信しやすいよう、自助、共助、公助の場づくりに向け、「語る→話す→ほぐす」作業が必要だと話す。

この環状島モデルは、筆者も宮地教授から直接お話を聞いて、ひきこもり当事者と支援者との関係性の中でも適応できることがわかり、拙著『大人のひきこもり~本当は「外に出る理由」を探している人たち~』(講談社現代新書)の中でも紹介した。

入江さんは、こう続ける。

「あの日まで、ふたつの家族の8人の一員だった。事件当時、中学1年の息子がいた。(亡くなった)母は、事件の第1発見者。絶対に口にしてはいけないと私に言った。事件後、涙も出せないと言っていた。でも、見えない涙を流していたのかもしれない」

事件は14年経ったいまも、未解決のままだ。

入江さんは「曖昧な喪失の重みを抱えて、悲しみを複雑化させる」という。これから、どのように悲しみに向き合えばいいのか。

入江さんは最後に、4人の思いを込め、自身の絵本『ずっとつながっているよ~こぐまのミシュカのおはなし~』(くもん出版)の一節を朗読し、こう締めた。

「どんなに遠く離れていても、ずっとつながっているから。ありがとう、わすれないよ」

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長。25年以上にわたり数千人の「ひきこもり」本人の話を聴いてきた。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」の設立メンバー。江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等を務める。著書『ルポ「8050問題」』『ルポ ひきこもり未満』『大人のひきこもり』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』など多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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