扉の向こうで「ひきこもり」している像を流したがるテレビ局の体質

扉は「壊す」ものではなく「開ける」ものである(写真:アフロ)

3月21日夜、テレビ朝日は「TVタックル」の「大人のひきこもり」特集で、本人の同意もないまま、フリースクールを運営する団体代表が部屋の扉を突き破り、大声で怒鳴って威圧する映像を流した。

そんな当事者への暴力的な手法をとる支援業者を終始、宣伝のように紹介していた番組に対し、ネット上では「酷すぎる」などの批判が殺到。「ひきこもり」に関する数多くの著書がある精神科医の齋藤環氏は、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に審査を要請し、署名の準備を始めた。

番組では、70歳代の両親の依頼を受けた団体の代表が、自宅に上がり込み、47歳の息子がひきこもる部屋のドアを突き破って「降りて来い!」などと叫び、本人と対峙する場面が流された。

また、同じように73歳の父親の依頼を受け、“ゴミ屋敷”状態の自宅で1人暮らししている41歳の息子に、「現実逃避するなよ」「やーだのあーだの言ってる暇あったら、自分の自立、一歩でもどうやって進むか考えろ!」などと説得。結局、車に乗せられ、フリースクールの寮に入り、その後の共同生活までの様子が紹介されていた。

この放送内容に対し、斎藤氏は、テレビ朝日が2000年代初頭、同じように「ひきこもり」当事者の部屋に押し入って寮に連れ出す強引な手法の支援業者を持ち上げて、関係機関が塾生を監禁死亡させて逮捕された事件の遠因を作った局の1つだとして、「また興味本位で中高年ひきこもりへの暴力を放映している」と指摘する。

あのような暴力を「親を苦しめているんだから当然」とか「生徒が社会復帰したんだからOK」と言うのなら、体罰もしごきもDVも虐待も「結果オーライ」になってしまいます。しかし、そのような考え方は、「関係性の暴力」にとことん甘い日本社会でしか通用しません。

出典:facebook

番組の中では、団体の代表が、こう問いかける。

「SOS出してる家庭を無視しちゃって、首つったらどうします?息子が親殺したらどうします?家に火つけて隣の家まで巻き込んだらどうします?」

親や家族が、地域の中で人脈も情報もなく、将来への曖昧な不安に突き動かされる限りは、ひきこもらざるを得なくなった本人の思いや意思など想像できない世界で、こうしたビジネスを成り立たせることになる。

しかし、斎藤氏はこう訴える。

最大の問題は、支援対象への敬意がみじんも感じられないこと。あてこすり皮肉を言い不安を掻き立て、要するに本人を「おとしめる」ことしかしていない。支援対象をおとしめるのは、いかなる支援業界にあっても許されることではない。

出典:Twitter

実際、「ひきこもり支援」を巡って、その大半の支援者は暴力に訴えることなく関係性づくりに苦心しているし、国の「ひきこもり地域支援センター」や「ひきこもりサポーター」養成派遣制度、生活困窮者自立支援法の相談窓口なども最近、各自治体に整備された。

番組は、こうした現状の「ひきこもり」対応にはあまり触れることはなく、スタジオの出演者からも、暴力的な手法への批判や議論はなかった。

斎藤氏は、こう主張する。

まともな専門家や支援者には一切取材せず、こうした暴力的な手法を採る業者だけを肯定的に取り上げる報道姿勢には、世間への目配りと迎合はあっても、適切な人権意識が欠けています。

出典:Twitter

実は、筆者もこれまで、テレビ局からの取材依頼を何度もお断わりしてきた。

例えば、同じテレビ朝日の情報番組の担当者から、インタビューの申し入れがあった。ところが、打ち合わせしていると、ひきこもり当事者を自宅で撮影したいという。「それはできない」と断ると、こう言われた。

「連絡先だけでも教えてくださいませんか。こちらで交渉しますから」

断わると、インタビューの話は立ち消えになった。

とくに『大人のひきこもり』という本を出して以降、この番組に限らず、各局で似たような出演アプローチが繰り返された。

別の民放の番組では、担当者から「池上さんの名前も売れるんだからいいじゃないですか?」と説得されたこともあって驚いた。

NHKの福祉番組でも「自宅へのアウトリーチに同行させてください」というお願いを断わったところ、「音声だけでも撮らせてください」とせがまれた。それもできないと答えると、筆者へのインタビューも「延期」になった。

ひきこもり界隈の取材を希望してくる記者には、いつも丁寧な関係性をつくったうえで、本人の思いを尊重してほしいとお願いしている。

実際、そうやって丁寧に時間をかけ、当事者との関係性を築いていったテレビ局のディレクターたちも知っている。

しかし、思いや関係性を絵で伝えるのは難しい。上司との力関係でひっくり返されることもある。

「テレビって、絵がないと、始まらないんですよね」

あるテレビ業界関係者は、そう明かす。

「どうしても、扉の向こうで、ひきこもっている像を制作者が思い描いたときに、何が何でも撮ってくることが、勲章になるんです」

ひきこもり当事者たちの障壁になっている社会的課題に踏み込み、本質に迫ることよりも、「ひきこもる像」というわかりやい絵を撮ることのほうが優先されるテレビ局の体質が、つい見え隠れしてしまう。

今回の番組について、企画された経緯はよくわからない。

筆者は、テレビ朝日に対して、昨日24日から見解を求めているものの、現段階では「制作サイドへの事実関係の確認に時間がかかる」(広報部)としてまだ回答を頂いてないため、局から見解が届き次第、また改めて紹介したい。