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イタリア総選挙で積極財政派が台頭―ユーロ圏危機再燃か

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

イタリア総選挙(2月24-25日)直後、ユーロはイタリア政界の混迷を恐れて急落し世界同時株安が起きたのは記憶に新しいところ。その後、イタリア国債の入札が順調に終わったため、危機は遠のいた格好だが、イタリア発のユーロ圏危機再燃の可能性が消えたわけではない。

イタリア政界の混迷は、今回の総選挙でモンティ首相らの財政緊縮派が後退し、景気刺激の積極財政を支持する2大勢力、つまり、シルビオ・ベルルスコーニ前首相の中道右派連合とコメディアン出身のベッペ・グリッロ氏が率いるポピュリスト(大衆迎合主義)の市民政党「五つ星運動」が台頭したことにある。

イタリアの政治混迷解消に取り組むナポリターノ大統領=政府サイトより
イタリアの政治混迷解消に取り組むナポリターノ大統領=政府サイトより

今後、もし積極財政派の政権が誕生すればイタリアはEU(欧州連合)がこれまで築き上げた財政統合やユーロ圏(17カ国)の全銀行の監督権限の一元化(銀行同盟)といったユーロ圏救済パッケージに拒否権を行使し、ユーロ圏危機が再燃する可能性がある。

今回の総選挙では、マリオ・モンティ暫定首相の財政緊縮路線を支持して選挙に臨んだピエルルイージ・ベルサーニ氏が率いる民主党を中心とする中道派連合が下院(630議席)で過半数の349議席を獲得したものの、上院(315議席)では過半数割れの117議席となった。このため、上院では改革派のモンティ首相の政党「イタリアのためモンティと共に」(18議席獲得)と連立を組んでも過半数に届かず、どの政党も単独では政権を維持できず、連立を模索するか、あるいは連立が困難な場合にはジョルジョ・ナポリターノ大統領は暫定政府を発足させ今夏に再選挙を実施する準備に入らざるを得なくなると見られている。

主要各派が政権連立を模索する中、民主党のベルサーニ書記局長は政権連立を有利にするため、なんと6日の党大会で選挙公約を破り、脱財政緊縮に方向転換している。選挙公約違反は日本だけではないのだ。

英紙ガーディアンのイアン・トレイナー記者らは2月26日付電子版で、「イタリア政界の混迷は2年にわたって続いているイタリア経済のリセッション(景気失速)を長期化させ、他のユーロ圏諸国に悪影響が及ぶ恐れがある」とし、「イタリア総選挙で有権者が歳出カットと増税に「ノー」と答えたことで欧州政界に亀裂が走り、ユーロ救済と欧州経済の立て直しのために3年間にわたってドイツ主導で取り組んできた財政緊縮と予算削減の努力が大きな試練に直面することになった」と懸念を示している。

イタリア、暫定政権と再選挙に向かう可能性

イタリア紙コリエーレ・デラ・セラの著名な政治コラムニスト、マッシモ・フランコ氏はロイター通信の2月28日付電子版で、「イタリア政界は最大議席を確保した民主党が「五つ星運動」と連立を組むか、あるいは民主党がベルルスコーニ前首相の中道右派と連立を組むかの2つの選択肢しかないが、グリッロ氏はすでに民主党とは組まない意向を表明。また中道右派との連立についても民主党の議員の多くが拒絶している上に、中道右派も民主党を共産主義者と批判し犬猿の仲だ。どちらのシナリオも実現性には疑問符が付かざるを得ない」と悲観的な見方だ。

また、ロイター通信のバリー・ムーディー記者は同日付で、「グリッロ氏は、中道左派と中道右派の連立政権が誕生し、両派のいがみ合いが激化し、最終的には政権は1年も持たずに再選挙に入り、そこで「五つ星運動」が大勝利を収めるシナリオを望んでいる。しかもナポリターノ大統領は3月19日から連立政権の樹立を模索して各党との協議を開始するが、大統領自身が5月中旬に任期切れとなるため、(それまでに政治の空白が解消されない場合には)新たに政治の混乱要因を増すことになる」とし、イタリアの政治混迷は目が離せない状況だ。

他方、民主党のマッシモ・ダレマ元首相は、コリエーレ・デラ・セラ紙の2月28日付電子版で、「五つ星運動がベルルスコーニとの連立に進めば、それは最大の誤算だ。民主党は政権を樹立する用意があり、五つ星運動に対しても下院議長のポストを譲ることを提案している」と、五つ星運動にラブコールを送っている。

また、ダレマ元首相は「今回の総選挙は一つの時代の終わりを告げた。今後、イタリアの危機が深刻化し、劇的に覆すことができなくなる可能性が高い」とした上で、「五つ星運動は、劇的な結末を引き起こすかもしれないような再選挙は望まないだろう。むしろ、五つ星運動はイタリア政界に良い変革をもたらすことができる政党であることを立証して見せたいと思っているはずだ。我々が何よりも優先すべきことは国を救うことだ。それには民主党と五つ星運動、モンティ首相の中道派の3勢力が(国を治めるという)責任を果たすことだ」と、出直し選挙を避け、連立政権の樹立の必要性を強調している。

イタリアの著名ジャーナリスト、マリオ・マルジオッコ(Mario Margiocco)氏は著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの2月27日付電子版で、「今回の総選挙の結果は国民の政治や軍のエリートに対する怒りの表れだ。誰がこの国を治められるのか分からない今の閉塞した状況を打破するための最善策は1年間の暫定政権を発足させて政治の空白期間を設け、その間に国・地方の政治家、行政府と軍のエリート官僚の人員削減と給与削減を断行して政治モラルを一新した上で、2014年春に再選挙を行うことだ」と言い切る。

一方、英テレビ局スカイニュースの経済部デスク、エド・コンウェイ氏は2月26日付電子版で、「イタリアをスペインやギリシャと同じように十把一絡げで捉えるのは間違っている。確かにイタリアの公的債務残高は対GDP比90%と、危機以前から大きいが、これまで返済難となったことはない。ユーロ圏危機でのイタリアの役どころは経済よりも政治だ」とし、さらに、「政治の不安定は国債発行コストを高めることになるが、それでもスペインやギリシャのような危機に直面することはない。投資家がイタリア国債を売り、資金を引き揚げ、その結果、金利の上昇を招いているものの、イタリアはまだ十分やり直しが効く国だ」と述べ、スペインの方がイタリア以上にユーロ危機の再燃の恐れがあることに目を向けるべきだという。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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