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マンUのファーガソン前監督、自叙伝を出版―香川真司やベッカムを語る

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
記者会見で自叙伝を手にするファーガソン前監督=ラミー記者撮影
記者会見で自叙伝を手にするファーガソン前監督=ラミー記者撮影

サッカー日本代表の香川真司選手が所属するイングランドのプレミアリーグの名門チーム、マンチェスター・ユナイテッドFCを1986年から実に27年間も率いた名将で、愛称“ファギー”で親しまれている、サー・アレクサンダー・チャップマン・ファーガソン(71)が2012-2013年シーズン(2012年8月18日-2013年5月19日)を最後に引退したのを機に、長年温めていた自叙伝「アレックス・ファーガソン」(ホッダー&ストートン刊)の出版発表会見を今月22日にロンドン市内の英国経営者協会(Institute of Directors)で開いた。

販売開始から数日後には早くも、自叙伝でのファーガソン前監督の自由奔放な英国のサッカー界に対する辛辣な批判が物議を醸し、英国のテレビや新聞の紙面を賑わせている。同氏はデビッド・ベッカム選手を育てたことで知られるが、「(現夫人の)ビクトリアとの出会いとベッカム自身の名声欲がベッカムをトッププレーヤーにするのを阻んだ」と酷評する一方で、ライバルチームのリヴァプールFCについても、「MFのジョーダン・ヘンダーソン選手は、(チームの精神的支柱で英国サッカー代表のキャプテンも務めた)スティーブン・ジェラード選手をトッププレーヤーでないと感じている数少ない一人だ」と書いたため、ブレンダン・ロジャース監督が激怒し、ファーガソン氏に謝罪を求めた、と英紙デイリーメールが25日付電子版で報じるなど、サッカーファンにとっては驚くような秘話が満載になっている。

ロンドン在住のフリージャーナリスト、ラミー氏が寄稿

22日のファーガソン氏の出版会見の模様と自叙伝については、筆者と親しいロンドン在住のフリージャーナリスト、ミレン・ラミー氏が現場の取材にあたり、注目の香川選手に関する原稿を寄せてくれたので紹介したい。

ラミー氏は、「この四半世紀で、ファーガソン前監督の下、マンチェスター・ユナイテッドは多くの変革を経験した。かつてはどこにでもあるような弱小のサッカークラブから今やプレミアリーグの覇者の常連となり、また、サッカービジネスの世界でも大成功を収めるまでに育て上げたファーガソン氏の業績は大きい」と指摘する。

記者会見するファーガソン前監督=ラミー記者撮影
記者会見するファーガソン前監督=ラミー記者撮影

会見では、ファーガソン前監督は、「(サッカークラブの監督としての)リーダーシップというのはどんなビジネスの世界にでも共通する資質だ。リーダーたる者、哲学的な思考と規律、そして、全体をまとめる力を持っていなければならない」とくぎを刺す。その上で、「スター軍団のトッププレーヤーたちとうまく付き合っていかなければならない環境下では、クラブをまとめるというのは容易ではない。だからといって恐れてはいけない。私は監督としてチームが成功するために正しいことを決断してきた」と述べている。

この発言の中には、2003年にベッカム選手の試合態度に不満を感じたファーガソン監督(当時)が激怒して、更衣室で蹴ったスパイクシューズがベッカム選手の顔に当たり、それ以降、二人の関係が険悪化し、ついにはベッカム選手の退団に至った事件も暗に指しているのかもしれない。

ファーガソン氏のサッカー人生は1957年、当時16歳のときにアマチュアプレーヤーとして契約したスコティシュ・フットボールリーグのクイーンズ・パークFCから始まる。その後、1967年にレンジャーズFCに移籍してめきめきと頭角を現し、同リーグの得点王になったこともあった。1974年にエア・ユナイテッドFCを最後に現役から退いている。監督としては、1970-80年代のアバディーンFC時代に、国内リーグ優勝や欧州のチャンピオンクラブを決めるUEFAカップウィナーズカップで優勝し、1986年から当時、不振を極めていたマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任し、1999年にはプレミアリーグはもとより、FAカップ、UEFAチャンピオンズリーグを総なめしている。

ラミー氏は、「ファーガソン氏はだれにも負けない大きなビジョンとエネルギー、才能をいかんなく発揮して、次世代を担う若手有望選手のためのアカデミーを立ち上げた。その中には若き日のベッカムやライアン・ギグス、ガリー・ネヴィルとフィリップ・ネヴィルの兄弟、元フランス代表のエリック・カントナ、元オランダ代表のルート・ファン・ニステルローイら多くの名選手がいた」という。こうしたスター軍団のトッププレーヤーを一つのチームとしてまとめていくのは並大抵の苦労ではないというのも頷けるところ。

自叙伝の表紙
自叙伝の表紙

自叙伝では、ファーガソン前監督は香川選手についてもかなりのスペースを割いて言及している。ラミー氏によると、最初の下りは9ページ目で、ファーガソン氏が選手たちに退任の意向を伝えに行ったときの記述で、「私は選手たちに、“君たちは私がクラブに残ると考えていたと思うが、がっかりしてもらいたくはない”と話したし、ロビン・ファン・ペルシと香川真司の二人にも“すぐには退任することはない”とも言った。その時点ではそれは真実だった」と語っており、自らドイツのドルトムントFCに足を運んで香川の獲得を決定したことから、香川選手の将来について気遣っていることを示しているという。

2回目の下りは317ページ目で、ドルトムントFCからの香川選手の獲得にまつわる秘話として、「プレミアリーグのシーズン最後のころ、アシスタントコーチ(当時)のミック・フェランと私はドイツカップに出場する香川真司やロベルト・レヴァンドフスキ、マッツ・フメルスのドルトムントの3選手を見に行った」とも語っている。

最後は344ページ目で、ファーガソン前監督は再び、昨年夏のドイツ最強チームを決めるドイツカップの決勝戦の視察に来たときのことに言及。「香川がドルトムントに入って、最初のシーズンが終わっても、我々はすぐには香川の獲得には動かないことを決めていた。なぜなら、サッカー選手はときどき良いプレーを見せることがあるが、それが持続するかどうか確かめたかったからだった」という。

そして、「ドイツカップでは結局、ドルトムントはバイエルン・ミュンヘンFCに負けたが、私は、香川はサッカー選手として頭が切れると判断し、昨年夏にミック・フェランと一緒にドイツカップの最終戦を見るためにベルリンまで飛んだ。マルコム・グレーザー氏(マンチェスター・ユナイテッドのオーナーで米実業家)も香川とロビン・ファン・ペルシ、またはロベルト・レヴァンドフスキの獲得に我々が向かったことを喜んでいた」と述懐している。

ここまでは自叙伝の中での香川選手に関する記述だが、気になるのは今後の香川選手の出場機会。会見で、ファーガソン前監督はデイリーメール紙に、「香川は今シーズン初めにケガをしたため、これまで出場する機会が減った。しかし、シーズンが進むにつれてプレーする機会は増えていくと確信している。香川はとても優秀な選手だ。ただ、バスに乗り遅れただけだ。ケガも深刻ではないのでチームの一翼を担うことを願っている」と述べ、特段の心配はしていないという。

最後にラミー氏は、「自叙伝ではライバルチームのアーセナルのアーセン・ベンゲル監督やチェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督についても言及しており、とかく、ハイレベルのサッカーの戦術や監督心理は複雑な記述になりがちだが、ファーガソン氏は一般読者にも分かるような興味を引くやり方で文章を書いている」ということなので、読みやすいとか。今後について、ファーガソン前監督は、「家族と過ごすか、乗馬や読書などサッカー以外のことに趣味を見つけるかどうかは、時間が経てば分かることだ」と話している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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