Yahoo!ニュース

ウクライナ危機巡る対露制裁で欧州は再びリセッションに

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁=ECBサイトより
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁=ECBサイトより

ウクライナ東部での政府軍と親ロシア反政府武装組織との内戦停止の合意にもかかわらず、市場が注目したEU(欧州連合)理事会の下部組織である常駐代表者(コレパー)会議でEUの対露制裁第4弾の一部解除の決定が見送られたことや、10月1日にウクライナで戦闘が起こり、停戦合意が破られたことから、欧米の対露制裁が長期化の様相を呈してきた。対露制裁はロシアだけでなく欧米の景気にも悪影響が及び始めており、1日の欧米の株式市場は世界景気の先行き不透明感強まり株価が急落した。欧米とロシアの制裁合戦は出口が見えない状況となっている。

ノーボスチ通信(電子版)が9月20日に伝えたところによると、ロシアのアレクセイ・ウリュカエフ経済発展相(前中銀総裁)はソチで開かれた国際投資フォーラムで、欧米の対露制裁の見通しについて、「(第4弾に続いて)新たな制裁措置が導入される可能性は低いとしながらも、これまでに発動された対露制裁は、ウクライナ情勢の進展に関係なく、仮にウクライナと和平合意しても制裁は解除されず、かなり長期化する」との見方を示している。また、ロシア科学アカデミー・ユーラシア連合学術研究会議のメンバーであるウラジーミル・レペヒン氏も、ノーボスチ通信の9月24日付電子版で、「対ロ経済制裁は2016年になるまで解除されない可能性が高い」と指摘する。

こうした欧米の対ロ制裁の長期化は、欧米の景気後退につながるという論調も少なくない。世界最大の債券ファンド投資会社ピムコの元CEO(最高経営責任者)で、現在は親会社のドイツ保険大手アリアンツのCEA(最高経営顧問)であるモハメド・エルエリアン氏は、9月22日、ロイター通信のインタビューで、「世界の資本市場はウクライナ危機を甘く見ている。ウクライナとロシア、西側の3者協議で解決策を見つけることは相当容易ではないからだ。あと一つか、せいぜいもう二つの対露制裁とロシアの報復制裁が起これば、欧州はリセッションに陥る可能性が高い。今冬にロシアが欧州向け天然ガスの供給を停止すれば、まさにそうだ」と警告する。

ニューヨーク大学のノリエル・ルービニ教授も著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの9月30日付電子版で、「(ウクライナやシリア、中東、香港などでの)地政学的リスクが高まる中で、世界の市場は今のところしっかりしているが、がらりと様相が変わる」と警告する。特に、ウクライナ情勢に関し、同教授は、「ロシアとウクライナの関係悪化は拡大しないとの市場の判断が的外れになる可能性がある。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の外交政策は国内の反対勢力を押さえつけるためにより過激になるからだ」と、プーチン大統領の“暴走”懸念を示す。さらに、「香港で起きている反政府運動も中国経済の弱体化と相まって、世界の金融市場の混乱を引き起こし、FRB(米連邦準備制度理事会)の早期利上げ転換で金融市場が混乱し、ユーロ圏も再びリセッション(景気失速)と金融・経済危機に陥る可能性がある」と警告する。

ロシアに進出している外国企業で構成する欧州ビジネス協議会(AEB)の会長でもあるフランス重電大手アルストムのロシア法人のフィリップ・ペゴリエ社長も9月22日、ロシアのニュースチャンネルRTのインタビューで、「対露制裁は事実上、欧州の企業に対する制裁に他ならない。対露制裁によって、フランスで10万人、ドイツでも30万人もの大量のレイオフ(一時帰休)を引き起こす恐れがある。何千もの欧州の企業にとってロシアは戦略的パートナーであり、我々も今後もロシアの戦略的パートナーであり続けたい」とし、「ロシアにはドイツ企業6200社が事業活動を展開し、ロシアへの外国から投資の75%は欧州企業だ。欧州とロシアの貿易額は年間約3300億ドル(約36兆円)で、ロシアは3番目に大きな貿易相手国となっており、ロシアも輸入の半分はEU加盟28カ国からの輸入となっているが、対露制裁で様相が一変している」と、欧州の景気後退に懸念を示す。

ドイツIFO経済研究所が9月24日に発表した9月のドイツIFO景気指数は17カ月ぶりの低水準に落ち込んだことから、米経済情報専門サイトのマーケットウォッチのサラ・スジョリン記者は同日付の電子版で、「特に、半年先の景気の先行きを占う期待指数が2012年末以来ぶりに100を割り込んだ。(ウクライナなどの)地政学的な国際緊張でドイツ企業の景気の先行きに対する自信の低下を示している」と指摘。蘭金融サービス大手INGのエコノミスト、カールステン・ブルゼスキ氏も同電子版で、「ドイツ経済はソフトランディングするか、あるいは、長期にわたるスタグネーション(景気停滞)に入るかどうかの危険な状態となった」という。

ドラギECB総裁、景気回復はヘラクレス級の試練と指摘

マリオ・ドラギECB(欧州中央銀行)総裁も9月25日、リトアニアの首都ヴィリニュスで、ノーボスチ通信に対し、「ロシア経済は縮小し、成長が大幅に鈍化した。その悪影響が次にはEUにも及んでくる」としたが、この時点でロシア経済発展省は2015年の経済成長率の見通しを2%から1%に下方修正した。しかし、IMF(国際通貨基金)は9月30日に2015年のロシアの成長率見通しを前回7月予想時の1%から0.5%へ下方修正している。ロシアのプライム通信も9月25日付電子版で、「ロシア中銀のエルビラ・ナビウリナ総裁は原油価格が急落するというシナリオを2015~2017年の金融政策方針に織り込んだ」と伝えた。これは、基本的にはウラル産原油価格がウクライナ危機の中で上昇するという3つのシナリオを想定したが、4番目のシナリオとして、世界景気の後退などで原油が1バレル=60ドルに急落することを織り込んだものだ。

また、ECBは10月2日にイタリア・ナポリで開かれた定例理事会で、景気浮揚のため、銀行からカバード債とABS(資産担保証券)の2年間の買い取り措置を決めたが、ドラギ総裁は前日(1日)の記者会見でも、「ヒドラと闘うヘラクレスのように、我々は債務危機という一つの試練に打ち勝ったものの、すぐに低インフレと景気後退という2つの新たな試練と闘わなければならない。我々は表面的な問題だけでなく、根っこの問題にも同時に取り組むことが必要だ」と述べ、景気回復という根本的な“治療”がECBにとって最重要課題だと主張している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事