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ロシア、通貨危機乗り越えてもまだ危機的状況は続く

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
プーチン大統領を中心に政府閣僚会議で危機回避策を協議=政府サイトより
プーチン大統領を中心に政府閣僚会議で危機回避策を協議=政府サイトより

ロシアは昨年12月中旬(15-16日)、原油安を受けて自国通貨ルーブルが急落し、1998年以来16年ぶりの通貨危機に陥ると懸念されたが、中央銀行の主要政策金利の17%への大幅引き上げや、政府の銀行への最大1兆ルーブル(約1.8兆円)の公的資金注入など7項目の緊急対策で、ようやくルーブル相場は危機前の水準に戻った。これを受けて、ロシアのアントン・シルアノフ財務相は12月25日の下院議会で、「ルーブル相場は回復し、通貨危機は終わった」と、ルーブル危機の終息を宣言した。

しかし、アンドレイ・ベロウソフ大統領補佐官は地元タス通信の12月19日付電子版で、「ルーブル相場はこれまでの対策で近い将来、安定していく。中銀は金融状況が許せば17%まで引き上げた政策金利をできるだけ早期に引き下げる」と強気の姿勢を示す一方で、「ルーブルの流動性危機を引き起こさないことが次の課題だ」と指摘している。実際、ロシア中堅銀行トラストバンクが12月22日、ルーブル急落に端を発した金融危機に耐え切れず、危機後初の事実上の経営破たんとなった。米経済専門オンラインメディア、CNNマネーのマーク・トンプソン記者は、同日付電子版で、「ロシアの銀行は西側の対露経済制裁で海外での資本調達が困難になっているほか、6月以降の原油価格の急落でルーブルの価値が年初来で50%も低下し、銀行は多額の含み損を抱えて苦しい財務状況にある。また、ロシアのオーバーナイトの銀行間取引金利も25%にも達して、資金調達が危機的状況だ」と報じている。

その一方で、ロシアのドミトリー・メドベージェフ首相は地元テレビ局ニュースチャンネルRTの12月17日付電子版で、「ルーブル急落は“仮想的な投機取引ゲーム”の結果だ。ロシアは外貨準備を含め相場を安定させ、経済や生産の目標をすべて達成するのに十分な手段がある」とし、「1998年の金融危機は起きない」と豪語した。しかし、ロシアの外貨準備高については、12月初め時点で4180億ドル(約49兆円)と、1998年当を160億ドル(約1.9兆円)上回っていたが、中銀はルーブルの下落阻止で年初来800億ドル(約9.4兆円)以上も外貨を使っており、中銀は12月26日に外貨準備高はついに心理的に重要な4000億ドル(約47兆円)を割り込んだと発表した。

こうした中、米信用格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは12月22日に、「外貨準備高は現時点では十分な水準にあるが、2015年には相当、減少し、将来の債務返済に必要な外貨の調達が困難になるリスクが高まる可能性がある」とし、ロシアのソブリン債を除く外貨建てと自国通貨建ての債務(債券)と銀行預金のカントリー・シーリング(格付けの上限で送金・交換性リスクを示す)を引き下げた。また、同業大手スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も12月下旬に、ロシアのソブリン債格付けを今後90日以内に投資適格級を下回る格付けへ引き下げる見通しを明らかにしている。アレクセイ・ウリュカエフ経済発展相は12月29日の地元ラジオ局ビジネスFMのインタビューで、「格下げになればソブリン債は約定に従って繰り上げ償還となるため、最大300億ドル(約3.5兆円)の資金が失われる」と指摘した。

迫りくるロシア経済・金融危機

また、ルーブルの下落が再燃すれば、市場ではロシア金融当局は非伝統的でより強力な資本移動規制に乗り出すとの見方もある。ロシアの投資運用会社アルバート・キャピタルの創業者であるアレクセイ・ゴルボヴィッチ氏は、地元紙モスククワ・タイムズの12月16日付電子版で、「金融当局はリベラル派と新現実主義派に分かれており、市場は資本規制の導入の可能性を見込んでいる」と指摘する。同紙のハワード・アモス記者も同電子版で、「資本規制には、企業などがロシア国内で稼いだお金の海外送金を停止する措置が含まれ、具体的には海外への配当金支払いの停止や国内の銀行からの外貨預金の引き出し制限などが考えられる」という。株価指数プロバイダーの米モルガンスタンレー・キャピタル・インターナショナル(MSCI)は、ロシアが資本移動規制を導入すれば、新興国の株式市場の値動きを追うMSCIエマージング・マーケット指数からロシアを外す、と警告している。過去に、ロシアは2000年半ばに、ルーブルが原油高を背景に急激に上昇するのを食い止めるため、資本規制を完全撤廃している。

AP通信のマット・イーガン記者は、ロシアは外貨準備高以外にも問題は山積しているという。同記者は12月26日付電子版で、「シルアノフ財務相は今後数年間、ロシアは経済問題を抱えると予想しているものの、ウラジーミル・プーチン大統領が国家財政支出について社会インフラや教育への投資よりも予算の3分の1を占める軍事費の増大を選択していることに落胆している。アレクセイ・クドリン元財務相は増え続ける軍事費を批判したため、2011年に辞職に追い込まれたのも事実」と指摘、財政上の制約が危機を生むという。

ロシア経済発展省は12月29日、同国の2014年11月のGDP(国内総生産)が季節・労働日調整後で、前年比0.5%減、前月比でも0.2%減と、2009年以来5年ぶりにマイナス成長と発表した。オランダ金融サービス大手INGのロシア駐在の主席エコノミスト、ドミトリー・ポレボイ氏は、英紙フィナンシャル・タイムズの同日付電子版で、「最近の原油価格の急落と最近のルーブル危機、西側の対露制裁がリセッション(景気失速)をもたらした。楽観的な見方ができるような根拠は何もない」と言い切った。ムーディーズもロシア経済は原油価格とルーブルの下落で、2015年には5.5%減、2016年も3%減のリセッションになると警告している。

そんな矢先、米英格付け会社フィッチ・レーティングスが1月9日、経済見通しの悪化を理由に、ロシアのソブリン債を「BBB-」へ引き下げた。フィッチは「2015年の成長率を4%減に下方修正した。原油は今年1バレル70ドルに戻ると予想しているが、これを下回ればリセションは一段と深刻化する」と警告している。また、フィッチは12月29日にも、「ロシアの銀行を取り巻く環境が急激に悪化しており、2015年には銀行の信用力に悪影響が及ぶ」として、ロシアの中小銀行20行の格付け見通しを引き下げ方向で見直す「ネガティブ」アウトルックに引き下げ、「リセッションや資金調達コストの急増、ルーブルの急落、ホールセール市場の機能不全、流動性不足、インフレ上昇の加速が銀行の信用力に悪影響が及ぶ」とし、さらに、フィッチは、「ロシア経済は2015年には2.8%減になると予想しており、ルーブル安と原油安、金利上昇が一段と進めば、マイナス成長の度合いはさらに拡大する」と指摘している。

ロイター通信は12月26日付電子版で、11人のエコノミストによる2015年ロシア経済の予測結果を伝えた。それによると、GDP伸び率のコンセンサスは3.6%減と、2014年の0.5%増からリセッションに入るという。デンマーク金融大手ダンスケ銀行のエコノミスト、ウラジーミル・ミクラシェフスキー氏は、同電子版で、「来年のロシア経済は7.9%減と、2009年の世界的な金融危機時とほぼ同じになる」と最も厳しい見方だ。また、ルーブルも、1ドル=55ルーブル程度に値を戻したとはいえ、年初来でまだ40%以上も下落しており、今後もルーブルには下落圧力がかかり、中銀は2015年に入っても政策金利を現行の17%のまま維持、金融緩和は2015年下期(7-12月)と予想。インフレも12月末までに10.1%上昇と、中銀の当初予想(5.5%上昇)の約2倍になるとし、2015年はやや減速しても9.2%上昇と見ている。一方、ロシアのクドリン元財務相は、2015年のインフレ率は12.15%上昇になると厳しい予想で、当分、危機は終わりそうにもない。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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