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欧米の国債が乱高下―市場混乱の序章なのか

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
最近の国債利回急伸の発端となったイエレンFRB議長=FRBサイトより
最近の国債利回急伸の発端となったイエレンFRB議長=FRBサイトより

このところ欧米の国債市場は相場の乱高下が激しさを増している。特に米国の長期国債の指標となっている10年債は、3-4月が供給不足を背景に債券価格が上昇し、価格と反対方向に動く利回りが急低下したが、5月に入ると一転して国債市場は暴落し利回りが急騰している。米国債市場の混乱はユーロ圏市場に原因があるという見方と米国自体に問題があるという見方が交錯する一方で、今の米国の国債市場は本格的な混乱の序章に過ぎないという論調も出てきた。

5月11日は米国債市場の混乱を示す象徴的な一日となった。10年債の利回りが一気に13ベーシスポイント(0.13%ポイント)と、2カ月ぶりの大幅上昇となり、一時、年初来最高の2.31%に達した。30年債も急伸し今年初の3%台となり、5年債との利回り差は145ベーシスポイントと、半年ぶりの大幅拡大となった。

この背景について、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT紙』)の米国マーケット担当デスク、ロビン・ウィグルスワース氏は11日付電子版で、「長期国債利回りが急伸したのは長期金利を構成するタームプレミアム(運用期間に伴う金利と流動性のリスクに応じた上乗せ利回り)の部分が急上昇したため。これは米連邦準備制度理事会(FRB)のジャネット・イエレン議長が5月6日のワシントンでの講演で、“FRBが利上げ開始を決定すれば、タームプレミアムが急激に上昇し、長期債利回りが急伸する可能性がある”と発言したことが大きい」と指摘する。また、同氏は、「欧州市場の影響も大きい。3月に欧州中央銀行(ECB)が月600億ユーロ(約8.2兆円)もの国債買い取りによる量的金融緩和(QE)を導入した結果、ユーロ圏の長期国債の利回りが急低下(4月中旬時点で欧州国債の35%がマイナス利回り)していたのが、前週から上昇に転じた」という。

この点について、英金融大手ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)のチーフ債券ストラテジストのウィリアム・オドネル氏は『FT紙』の11日付電子版で、「欧州の長期利回りの急伸は、しばらく国債が買われ過ぎた反動として最初は徐々にポジション解消売りが起こっていたが、11日には怒涛を打って一気に売り込まれたためだ。これが米国市場の投資家にも影響を与えた。米国では長期国債が需要を集め、その結果、長期利回りが低下する“利回り曲線の平たん化”取引が主流だったため、欧州の国債暴落を受けて、投資家は今までのポジションがすべて失敗だったことを思い知らされた」と分析する。

欧州国債の暴落は米国債が引き金

一方、今の米国債市場の混乱はこうしたユーロ圏の国債利回り上昇が引き金となったのではなく、米国市場の方に問題があったとする論調もある。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのチーフコメンテーター、サイモン・ニクソン氏は13日付ブログで、「欧州の国債暴落の原因について、国債価格が高くなり過ぎた反動の調整売りや、ユーロ圏経済の回復を示す経済指標でデフレ懸念が後退し、早晩、ECBのQE政策が打ち切られて国債価格の上昇要因が失われるとの観測、さらには、いったん国債が売られ始めるとボラティリティ(価格変動率)が上昇し、投資家やトレーダーは(債券の保有期間中に一定の確率で発生し得る最大損失額を予想する)バリュー・アット・リスク(VaR)モデルに従って売りを加速させたテクニカル要因など諸説紛々だが、これらはいずれも欧州市場暴落の説明にすぎない。実際、この数週間の国債暴落はユーロ圏だけにとどまらず、米国や英国、豪州にも広がり世界的な現象となっており、この間で国債は4500億ドル(約54兆円)超も暴落した」と指摘する。

その上で、ニクソン氏は、「英大手調査会社アブソリュート・ストラテジー・リサーチのアナリスト、イアン・ハーネット氏によると、まず米国債の利回りが1月に上昇し始め、ユーロ圏の国債利回りはそれより遅れて上昇し始めた。ハーネット氏の説が正しければ、国債暴落(利回り急伸)の要因は、欧州のリフレ・トレード(通貨膨張によるインフレ上昇と金利上昇を想定した売買)ではなく、米国のスタグフレーション・トレード(景気後退にもかかわらずインフレ上昇を想定した売買)で、国債利回りの上昇は世界景気の低迷とインフレ上昇の同時進行を暗示している」という。

最近の国債急落は市場混乱の序章

また、ドイツ銀行の債券戦略責任者であるジム・レイド氏は、米経済専門チャンネルCNBCの12日付電子版で、「最近の欧米での国債暴落は本格的な市場の混乱のリハーサルとなる可能性がある。国債暴落の最大の要因は(金融機関に対する投機取引禁止措置でマーケットメイク(相対取引)業務が縮小したために起きている)国債市場の供給不足だ。債券市場に十分な流動性があれば、トレーダーは国債相場の変動を引き起こさずに簡単に国債を売買することができるが、供給不足ではわずかな売買でも相場変動は大幅に増幅する。もし、また、多くの市場参加者は供給不足で国債暴落に巻き込まれやすくなるのを恐れているので、また国債暴落が起これば、国債の供給不足はめちゃくちゃな状況となる」と警告する。

しかし、それとは対照的に、英投資顧問会社タットン・インベストメント・マネジメントのアナリスト、ロタール・メンテル氏はCNBCの12日付電子版で、「こうした国際相場の乱高下はFRBの利上げ再開時期が近づくにつれて通常起こりうることで、これが35年続いた債券市場の強気相場からの転換点だとは言い切れない」と楽観的だ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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