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米利上げ見送りは正しい判断なのか―利上げは銀行利益との見方も

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
米国のノーベル賞経済学者クルーグマン氏は「利上げは銀行の利益追求」という=写真はブログより
米国のノーベル賞経済学者クルーグマン氏は「利上げは銀行の利益追求」という=写真はブログより

米連邦準備制度理事会(FRB)は9月17日の公開市場委員会(FOMC)で、市場の予想通り、政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標の引き上げを見送ったが、米国経済だけでなく世界経済を救う賢明な判断と歓迎する論調の一方で、将来に禍根を残すことになるとの悲観的な論調もある。それぞれの論調を検証してみた。

米有力紙ニューヨーク・タイムズは9月17日付の社説(電子版)で、「FRBが利上げを見送ったのは正しい判断だ。(超金利政策を)維持したことで、FRBは米国経済が過熱の兆候を示していないということを正しく認識している。インフレ水準はここ何年間も2%上昇の物価目標を下回っており、インフレが加速する兆候は見られない」、「また、FRBは世界経済が十分に回復しておらず、世界の金融市場が不安定なときに利上げを実施すれば米国経済に打撃を与える可能性を認識していた」と歓迎の意を示した。ただ、「FRBの利上げ見送りは間違った根拠に基づいている。それはFRBが労働市場は概ね、健全な状態に戻ったと信じていることだ。これはFRBが世界経済への逆風が収まればすぐにも利上げに踏み切る体制にあることを意味する」と懸念する。

実際、ジャネット・イエレンFRB議長は9月24日のマサチューセッツ州での講演で、「最大限の雇用(非自発的失業者がいない完全雇用の状態))と長期的にインフレ期待も十分に抑制される状況に戻るほど強い米国経済が続けば、今後数年間でインフレ率はFRBの長期インフレ目標である2%上昇に戻ると信じている。多くのFOMC委員は私自身を含め、こうした(利上げの)条件が揃い、年内に利上げが起こる可能性が高いと考えている。ただ、経済にサプライズが起こればこの判断は変わる」と述べ、年内利上げ支持者の中にイエレン議長自身も含まれると初めて明言し、年内利上げに強い意欲を示す。

また、投信世界最大手の米バンガード・グループの創業者で“伝説の投資家”と称されるジャック・ボーグル氏も利上げ見送りを歓迎する一人だ。同氏は米経済専門チャンネルCNBCの9月21日付電子版で、「世界経済が混乱に陥り、米国経済の前途には多くの難題が山積している。FRBはギリシャ時代の医聖ヒポクラテスの言葉である“何よりもまず害をなすなかれ”の誓いに従って正しい選択をした。米国経済は普通に強いが、ものすごく強いわけではない」と指摘する。

米国のノーベル賞経済学者でコラムニストとして知られるポール・クルーグマン氏もニューヨーク・タイムズの9月21日付電子版で、「利上げ見送りは正しい判断だった。私自身、なぜ今すぐに利上げしなければならないのかが分からないと考えるエコノミストの一人だ」とした上で、「金利政策の基本は単純で、金利が低すぎればインフレが加速し、高すぎれば減速しデフレになる。確かに今のゼロ金利は過去に照らしても低水準なことに間違いはないが、コアインフレ率は2%上昇を下回っており、インフレは起きていない。それでも金利は低すぎると言えるのか。米国経済は低金利を必要としている」、「いま、FRBは金利が低すぎるとして批判を受けている本当の理由は2010-2011年に見られたインフレの加速懸念ではなく、銀行の利益追求だ。利上げ見送り後の銀行株の下落と相俟って、銀行の憤激がFRB批判の動機だ。はっきりしていることは、低金利は銀行にとって具合が悪いということだ」と指摘する。

将来に禍根

一方、元英国中銀の金融政策委員のアンドリュー・センタンス氏は英紙フィナンシャル・タイムズの9月19日付電子版で、「利上げ見送りは金融政策を通常の状態に戻す上で大きな挫折となった。次回10月の会合でやり直すチャンスがあるとはいえ、これまでのFRBの決定は時勢に乗り遅れており、その結果、2016-2018年に急激な利上げが避けられない可能性が一段と高まった」とし、将来に禍根を残したと主張する。

元キプロス中銀総裁で、FRB顧問や欧州中央銀行(ECB)理事の経歴を持つ著名エコノミストであるアタナシオス・オルファニデス氏も、「ゼロ金利を長期間続ければ、インフレリスクを封じ込めることは事実上、不可能となる。FRBは物価安定と最大限の雇用の二つの使命のうち、物価安定を犠牲にしてまでも完全雇用の達成に執着している。失業率は現在5.1%で、議会予算局が2月に完全雇用率と見なした5.5%に匹敵する。その意味で、一昔前のFRBだったら利上げ開始を選択したはずの時期より大幅に遅れている。もし、FRBが物価安定と最大限の雇用の両方の達成を目指したいと考えるならば、(経済が成長し)いったん完全雇用率に達すると、超低金利政策は続けられなくなるが、インフレを起こさずに、または、リセションに陥る可能性を高める急激な金融引き締めを起こさずに金融緩和から脱却することは不可能になる」と話す。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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