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米利上げ先送りは長期化するーFRB幹部も“爆弾”発言

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
米連邦準備制度理事会(FRB)のラエル・ブレイナード理事=写真はFRBサイトより
米連邦準備制度理事会(FRB)のラエル・ブレイナード理事=写真はFRBサイトより

米連邦準備制度理事会(FRB)は9月中旬の公開市場委員会(FOMC)で、市場の思惑とは違って利上げを見送り、直近の10月28日のFOMC会合でも予想通りに同様な結論を示した。FRB幹部や著名エコノミストも利上げは年を越すとの見方が優勢になりつつある。

FRBは10月9日にFOMC議事録(9月開催分)を公表し、「世界経済後退の悪影響が米国経済に及ばないという兆候が経済データによって明確に示されるまでは(利上げのタイミングを)待つ」という考えを明確に打ち出した。一方、米債券市場でも短期債の財務省証券(TB)に対する需要が拡大し始めたことから、FRBは利上げ先送りするとの見方が強まっている。

英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT紙』)のパトリック・マクギー記者は10月6日付電子版で、「9月雇用統計が弱い結果だったこともあるが、3カ月物TBの需要は6月以来の高水準となっている。これはFRBが年末まで政策金利を維持するという確信の裏返しだ」と指摘する。ドイツ銀行のストラテジストのデービッド・ビアンコ氏も同日付の『FT紙』で、「年内利上げという“窓”(チャンス)は閉ざされた。FRBの政策金利が完全に通常状態に戻るチャンスよりも人類が火星に到達するチャンスの方が高い」と揶揄するほど。

一部のFRB幹部は年内の利上げの可能性を完全には否定しないが、その見方をトーンダウンする幹部も増えている。ラエル・ブレイナードFRB理事も10月12日、首都ワシントンで開かれた全米企業エコノミスト協会(NABE)主催の講演会で利上げ先送りの必要性を強調した。同理事は、「世界経済、特に中国など新興国の景気悪化リスクが米経済を回復軌道から逸脱させる可能性がある。早計な利上げによって景気の支えを取っ払うようなことはすべきでない」と明言した。

これに対し、著名なFRBウォッチャーとして知られる米オレゴン大学のティム・ドゥーイ教授は10月12日付の自身のブログで、「ブレイナード理事はFRBの今後の金融政策の議論に“爆弾”を落とした。これはジャネット・イエレン議長とスタンレー・フィッシャー副議長に対する挑戦だ」と評した。

ドゥーイ教授は、「利上げ先送りが必要という主張の背景には、ブレイナード理事とイエレン議長らとのインフレ見通しに関する見解の相違がある。イエレン議長はフィッリプス曲線(物価上昇率と失業率は逆相関関係にあるという)理論に基づいて、企業の設備稼働率が低く雇用が弱いという状況は一時的ですぐに消えるのでインフレが加速するリスクがあると見ているが、ブレイナード理事は真逆で、現時点ではフィッリプス曲線理論に基づくインフレ加速の見通しは弱く、最近の雇用市場の改善もインフレ見通しを判断するには不十分で、賃金上昇も弱いとして短期的にはインフレは減速するリスクが高いと見ている」という。

金融システム安定化使命は不要

また、米資産運用会社ブラックロックのラス・ケステリッチCIO(最高投資責任者)は米経済専門チャンネルCNBCの10月6日付電子版で、「利上げを難しくしている要因の一つは米国の中流階級の所得低迷だが、これは構造的な問題で景気(循環)の問題ではない。このため、FRBの金融政策によって解決されず、インフレ率がFRBの物価目標(2%上昇)を下回り続けるのに寄与する可能性があり、利上げの先送りを長期化させる」という。

もう一つの利上げ先送りの長期化要因は2007~2009年の世界的な金融市場の混乱以降、FRBが2つの使命(物価安定と完全雇用)のほかに、金融市場のバブルを起こさないためのマクロ・プルーデンス政策(金融システムの安定を目指した政策)が事実上、第3の使命となっていることだ。

FRB傘下のミネアポリス地区連銀のナラヤナ・コチャラコタ総裁は10月2日のボストンでの講演で、「FRBは2つの使命のほかに、金融システムの安定化という第3の使命を持つべきではない」と主張する。「すでに物価安定と完全雇用を両立させることへの不確実性がかなり高まっている状況下で、(金融バブルを抑える)金融システムの安定まで使命に加えれば、金融政策の選択とその経済的な結末をめぐって不安が高まる。イエレン議長を始め金融政策決定者はゼロ金利が長期にわたって続けば投資家のリスク投資を煽ると公然と懸念を示しているように、金融バブル懸念を前面に出して金融政策決定者はいつから利上げを開始するかを検討している状態に陥っている」とし、「従って、FRBは2つの使命を優先し、その実現を可能にするという範囲内で金融システムの安定化についても注意を払うべき。また、完全雇用と物価安定のバランスを考えず、インフレの脅威がない限り(利上げ開始によって)雇用創出を妨げるべきではない」と主張する。

FRB傘下のニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー総裁も10月3日のボストンでの講演で、「FRBは金融システミック・リスクを監視する金融安定監視協議会(FSOC)のメンバーとして金融システムの安定化に取り組んでいるが、構成メンバー同士の縄張り争いや特権意識が強く、また、いつも一致団結できるとは限らないので、その成果を期待するのは困難だ」と述べ、FRBが3つの使命を担うのには無理があるという。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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