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米利上げに正当性なし― サマーズ、デロング、クルーグマンの3氏が批判

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ローレンス・サマーズ元財務長官は「FRBの利上げ転換は大失敗」と批判する=写真は同氏のブログより
ローレンス・サマーズ元財務長官は「FRBの利上げ転換は大失敗」と批判する=写真は同氏のブログより

米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年12月に10年ぶりに利下げに転じたものの、依然として、利下げは間違いだったとする論調が米国内の経済専門メディアや著名な経済専門家の間で後を絶たない。

米資産運用大手BKアセット・マネジメントの外為戦略部門の責任者であるボリス・シュロスバーグ氏は米経済専門チャンネルCNBCの1月7日付電子版で、この日の中国の上海と深センの両株式市場で相場が7%も急落し、4日に続いて再びサーキットブレーカーが発動され、中国の株式市場と経済への先行き懸念で世界の株式市場が暴落するという異常事態を受けて、「FRBのジャネット・イエレン新議長とそのメンバーは米国株式市場と米国経済が大恐慌(1929-1933年)以来の大変動期を迎えるかどうかの運命を決める可能性がある」とした上で、「世界2位の経済大国となった中国の株式市場や経済に重大な懸念が生じたことを考えると、いまは12月の利下げが致命的な大失敗だったと証明できないかもしれないが、FRBは今後の政策金利へのアプローチはこの1回限りの利上げでやめるべきだ。大恐慌後の1937年にFRBは景気刺激策が講じられたのを受けて利上げに転じたが、さらなる景気後退を招いた」と断じる。

また、最近ではカリフォルニア大学のブラッドフォード・デロング経済学教授もかつてFRB議長ポストを争ったことがあるオバマ米大統領の元経済問題顧問、ローレンス・サマーズ元財務長官の「FRBの利上げ転換は大失敗」と主張する論陣に加わった。デロング教授は、自身の昨年12月30日付ブログで、「サマーズ氏は米国経済の成長は弱く景気が後退している状況下でのFRBの金融引き締め決定は4つの間違った判断に基づいて行われたと主張しているが、この見解は100%正しい」と擁護する。

米利上げに見る4つの間違い

FRBの4つの間違いについて、サマーズ氏は12月22日付の自身のブログで、「第1は、インフレスワップのデータではコアPCE(個人消費支出)物価指数が今後5年間で1.2%上昇、10年間で1.5%上昇になると予想されているのに対し、FRBは(早い時期に)2%上昇に回復すると過信していること、第2の間違いは、FRBが2%のインフレ率を達成目標と捉えるよりも(許容の)上限と見ていることだ。物価目標の議論では長期間、低インフレが続いたあと一時的に達成目標をオーバーシュートする(上回る)ことは許容の範囲で、むしろ、デフレの経済的コストを観る限り、オーバーシュートの方がアンダーシュートよりも経済的コストは小さい」という。

さらに、サマーズ氏は、「第3は、FRBは金利水準に関係なく、政策金利の上げ下げが総需要に影響を与えるという前提で、利上げすれば将来の利下げ余地が生まれ、将来、総需要はゼロ金利を維持し続けているよりも強くなるという(間違った)考え方に囚われていること。利下げ余地を作るために利上げをするというのは、例えるならば、空腹に耐えきれずお腹が痛くなることから救済される喜びを得るには餓死すべきという考え方と変わらない」。「第4は、FRBは米経済が長期的経済停滞(に陥る可能性を)軽視していること。FRBは世界的な景気後退の悪影響が米経済に及んでくることを認識していないだけでなく、(経済が停滞して)自然均衡利子率(需給が均衡し完全雇用の状態での実質金利)が低下する状況は起こらないと甘く見ているため、現在と将来の金融緩和の度合いについても甘く見ている。FRBが利上げを望んだのはフィッリプス曲線(物価上昇率と失業率は逆相関関係にあるという)理論を正しく評価せず、20万人の新規雇用を生み出す米経済は病気ではなく、ゼロ金利は経済病を引き起こすと考えたためだ」と説明している。

これに対し、同教授も、「FRBは、いまだに就業率(生産年齢人口に占める就業者数の比率)ではなく失業率が労働市場の温度を測るという理論を信じ、また、フィッリプス曲線(縦軸:インフレ率、横軸:失業率)が水平ではなく、まだ、1970年代のように急な右肩下がりとなっている(失業率を低下させればインフレ率は加速する)と過信している」、「FRBのメンバーはインフレ率が2%の物価目標を超えた時には、まるでスタンガンで撃たれるのではないかと恐れおののき、低インフレや低雇用、低生産の状態が続くことによる経済的苦痛を無視している」と、サマーズ氏と異口同音にFRBを酷評する。

ただ、サマーズ氏が「FRBがこうした間違いを犯すのは、米経済が既存の伝統的な経済理論や思考様式に固執しているためだ。FRBはその利上げ決定の判断要素から(経済学上の)履歴効果や長期停滞の可能性などを排除している」と結論付けているのに対し、デロング教授は「経済理論が正しく機能するかどうかは、理論を使って何を考えるかに尽きる」とし、既存の経済理論が良いか悪いかの問題ではないと主張し、この点だけ意見が異なる。

ノーベル賞経済学者のール・クルーグマン氏もニューヨーク・タイムズ紙の1月2日付コラム(電子版)で、サマーズ氏とデロング教授のFRBの利上げ批判に拍手を送った。「サマーズ氏は利上げ反対の根拠を供給の側面を重視する経済学の立場から米経済の先行きの不透明さに置いているのに対し、私は有効需要の側面を重視する(ケインズ派の)経済学ですでに十分(利上げ反対の根拠を示している)と考えている違いはある。しかし、FRBが利上げすべきかどうかという当面の問題に限って言えば、我々三人の考えは、利上げすべきではないということで一致している」と述べている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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