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英国EU離脱で政治混迷続く―スコットランド独立が再浮上

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
国民投票の開票が6月23日から夜を徹して行われた=英スカイテレビから
国民投票の開票が6月23日から夜を徹して行われた=英スカイテレビから

英国の欧州連合(EU)残留を主張した労働党のジョー・コックス下院議員(41)が離脱支持者に殺害されるという悲惨な事件が起こるなか、国論を二分したEU離脱・残留の是非を問う国民投票(有権者数約4650万人)が6月23日に実施され、ロンドンのシティ(金融街)の残留予想とは反対に英国のEU離脱が決まった。

離脱派が51.9%の得票率で残留支持に約4%ポイントの僅差で勝利したあと、UKIP(英国独立党)のナイジェル・ファラージ党首は英紙ガーディアンの24日付電子版で、「23日は英国にとって世界で184カ国目の独立記念日を持った国となるべき」と勝利宣言する一方で、デービッド・キャメロン英首相は24日早朝のロンドン株式市場の取引開始前に、首相官邸前で記者会見し、「10月の保守党の党大会で首相を辞任する」と発表。矢継ぎ早にマーク・カーニー中銀総裁も早朝の記者会見で、「英国経済を支え、金融・通貨市場の安定のため、あらゆる追加措置を講じる。金融システムに2500億ポンド(約35兆円)の流動性を追加供給する」と金融市場の混乱回避に奔走した。

政府や中銀の思惑通りに当面の金融市場の混乱を回避できたとしても、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT紙』)のパトリック・ジェンキンス金融部デスクは6月24日付電子版で、「EU離脱後、シティの国際金融センターとしての独占的な地位や役割が期待できなくなる」と警告する。その上で、「EUのどの金融センターも今後は(衰退した)シティからは優秀な人材を求めようとしなくなり、反面、フランクフルトやパリ、ダブリン、ワルシャワ、リスボンの金融センターが恩恵を受けられるようになる。欧州には(シティのような)抜き出た国際金融サービス拠点や数百万人もの銀行関係者を惹きつける存在、また、急成長しているシンガポールや上海などアジアの国際金融センターに対抗できる存在さえも失う」と指摘する。

投票を終えたばかりの有権者=ロンドン郊外ブロムリーの投票所で
投票を終えたばかりの有権者=ロンドン郊外ブロムリーの投票所で

この背景には、英国は今後、英国は自主脱退を可能にするEUの基本条約であるリスボン条約の「第50条」を行使し、離脱の時期や条件などをめぐってEUと協議することになるが、第50条ではEU加盟国がEU離脱の意思を欧州理事会に通知した場合、EUは脱退を通知した国と交渉を開始し、脱退撤回で合意しない場合、または通知から2年が経過した場合、すべての条約は当該国に対する効力を失う、と規定しており、離脱まで最大2年間もかかる恐れがあるからだ。FT紙のジェンキンス氏は、「国際的な銀行や保険会社、資産運用会社はシティをEUに入るハブとして多くのスタッフを駐在させている。英国が離脱後のEU市場へのアクセスで何らかの実現可能な合意が得られるまでに2年間もかかれば、銀行のトップはとても待ち続けてはいられない」とし、シティからの撤退や規模縮小の可能性を示す。

大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのエコノミストのグラント・ルイスとクリス・シクルナの両氏は6月24日付の自社ブログで、「市場の反応は予想通りにポンドが1ドル=1.5ポンドへと約30年ぶりの安値を付け、株価が急落したが、これは序の口だ。長期的にはリセッション(景気失速)が避けられない。ポンド安でインフレが上昇するが、中銀は景気を優先して追加の量的金融緩和(QE)と早期利下げに踏み切る可能性がある」、「ポンド安で円の急騰が長期化すれば、まだ日本の景気回復が十分でないため、日銀は追加の量的緩和や財務省の外為規制が予想され、米連邦準備制度理事会(FRB)が追加利上げを中止する理由となる」と指摘する。英財務省は5月にEU残留キャンペーンの一環として、EU離脱の場合、英国のGDP(国内総生産)は2年間で6%減少、ポンドも15%下落、失業者は80万人増加、1年後で消費者物価指数は2.7%ポイント上昇するという最悪シナリオを発表している。

政局の焦点は、次期首相に移ったが、与党・保守党への風当たりは厳しい。キャメロン英首相とともに残留を主張したジョージ・オズボーン財務相も候補の一人だったが不出馬を決めたものの、2015年5月まで連立与党だった自民党のニック・クレッグ前党首は6月24日付のFT紙に寄稿し、「キャメロン首相とオズボーン氏は欧州懐疑論者のふりをして党内の支持を集め、土壇場の国民投票で残留を決められると高をくくったが、結局失敗に終わり、子供たちの将来にリスクを負わせた責任は重大だ」と痛烈に批判する。また、次の総選挙で政権を狙う最大野党の労働党もEU残留キャンペーンを指揮したジェレミー・コービン氏が24日に一部議員から不信任案が提出され党分裂の危機に直面するなど国民投票をめぐるわだかまりは消えず不安定な政治状況が続きそうだ。

EU対英国の貿易戦争も

スコットランドのスタージョン行政府首相は英国EU離脱決定にもかかわらずEU残留を目指して英国離脱の住民投票を検討すると表明した=BBCテレビから
スコットランドのスタージョン行政府首相は英国EU離脱決定にもかかわらずEU残留を目指して英国離脱の住民投票を検討すると表明した=BBCテレビから

キャメロン首相は、会見で「第50条に従って、イングランドとアイルランド、スコットランド、ウェールズはEUと離脱の協議を開始しなければならない」と指摘したように、英国を構成する4つの王国がEUとの自由貿易関係など離脱条件をめぐる交渉で意見を一つにまとめられるかという問題がある。特に、EU離脱を機にスコットランドは2014年9月に実施された英国の正式名称であるグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(UK)からの独立の是非を問う住民投票は独立派の敗北に終わったが、スコットランドのニコラ・スタージョン行政府首相は6月24日の会見で、「スコットランドはEU残留を決めた(得票率62.38%)ので、EU残留ができるかあらゆるオプションを模索するが、2014年に続いて2度目の独立を問う住民投票が唯一の方法だ。投票で独立が決まれば独立した国家としてEUに残りたい」と述べている。大和のルイスとシクルナの両氏は「スコットランドが独立すれば英国の経済や政局はさらに悪化する」と悲観的。

次期首相の有力候補だった不出馬を決めたボリス・ジョンソン議員(前ロンドン市長)の経済顧問のジェラルド・リヨンズ氏は、英紙サンデー・テレグラフの6月26日付紙面で、「EU離脱後の英国はノルウェーのようにEU非加盟国がEUとEEA(欧州経済領域)協定を結びEU単一市場にアクセスする方法ではなく、また、カナダやスウェーデンのような(包括的経済・貿易協定(CETA)に基づく)貿易関係でもない、英国独自の自由貿易関係の構築を目指す。英国は今後、グローバルな英国か、それとも孤立化した内向的なEUのどちらかを選ぶかという問題に迫られる」と強気だが、EUは英国に続いて他の加盟国も離脱しないよう見せしめとして英国をEU市場から締め出し、英国も制裁で対抗し貿易戦争が起こる可能性もある。

FT紙のコラムニスト、ウォルフガング・ミュンショウ氏は6月12日付電子版で、「英国のEU離脱がスムーズに進めば成功したと見られ、他の加盟国の離脱問題に波及する。英国の離脱が成功に終わらないように、また、こうした危険な“芽”を摘むため、EUは英国への懲らしめに躍起となる。英国にEUへの優先的なアクセスを与えるような甘い離脱は認めない。EUが英国への制裁を実施すれば英国より以上に打撃を受ける」と主張する。

キャメロン首相は残留支持派が敗れたのを受けて24日早朝緊急会見し10月辞任を発表した=BBCテレビから
キャメロン首相は残留支持派が敗れたのを受けて24日早朝緊急会見し10月辞任を発表した=BBCテレビから

キャメロン首相はリスボン条約の「第50条」の行使は10月に選出される次期首相が行うべきと発言したが、EUは内部の混乱を防ぐため早期の行使を求めている。英紙デイリー・テレグラフのマシュー・ホールハウス記者(EU担当)は6月26日付電子版で、「(早期に)第50条を行使せずしばらくEU内にとどまれば、英国の離脱決定はEU内のクーデターと見なされ、英国民の生活に何世代にもわたって災禍が及ぶことになる」、また、「今回の英国の離脱に勇気づけられてフランスやデンマーク、オランダ、イタリア、スロバキア、ハンガリーなど他のEU加盟国でも同様な国民投票の波が押し寄せれば欧州を引き裂くことになる。フランスの反EUで知られる極右のマリー・ル・ペン国民戦線党首は来春の大統領選挙で離脱を争点にする可能性がある」と指摘する。(了)

*7月19日以降に英国EU離脱決定の第2弾を掲載する予定。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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