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英EU離脱の国民投票から2カ月、楽観論が台頭=経済はリセションにならない

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
以前と変わらず観光客で混雑する英国議会
以前と変わらず観光客で混雑する英国議会

英国中銀は8月4日の会合で政策金利を事実上のゼロ金利とし、国債買い取りによる量的金融緩和(QE)規模も600億ポンド(8.1兆円)拡大し、景気刺激の姿勢を鮮明にしたが、6月下旬のEU(欧州連合)離脱の国民投票の結果を受けて英国がリセッション(景気失速)に陥るかどうかをめぐっては見方が完全に分かれたままだ。むしろ、英国では、むしろ、楽観論が台頭してきている。

英国立経済社会研究所(NIESR)のチーフエコノミスト、サイモン・カービー氏は英国BBC放送の8月3日付電子版で、「EU離脱の投票結果を受けて金融市場や政界の先行きが不透明となったことから直近では景気の下振れリスクが悪化するものの、英国が今年下期(7‐12月)から来年末までにリセッションとなる確率は5分5分」、また、「今年の英国の経済成長率は1.7%増、来年は減速しても1%増となり、リセッションの理論上の定義である2四半期連続のマイナス成長にはならない」と指摘した。カービー氏はインフレ見通しについても「インフレ率は最近の急激なポンド安の影響で来年末までに3%まで上昇するが、これは一時的。英国中銀も無視して利下げを進める」と予想。実際、中銀は翌4日に政策金利を0.25%へ引き下げた。しかし、カービー氏は、「中銀は最終的には政策金利を0.1%まで下げる」とした。

米英大手信用格付け会社フィッチ・レーティングスのチーフエコノミスト、ブライアン・クールトン氏も7月27日の最新リポートで、「英国の成長率は、ブレグジット(英国EU離脱)に伴う投資と雇用面での不透明感の増大による影響を大きく受けるが、直近予想では明らかな景気後退に陥ることはない。英国の2017年のGDP(国内総生産)成長率は従来予想から1.1%ポイント下方修正され0.9%になる」と述べている。また、視点を変えて、「ブレグジットは金融市場にショックを与えたが、英国と世界の他地域との間の貿易面での直接的な結びつきは小さいことから、ブレグジットが世界的な景気後退の引き金となる可能性は低い」という。

EU離脱、思ったほど深刻ではない

英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスのロジャー・ブートル会長も楽観論者の一人。同氏は英紙デイリー・テレグラフの7月24日付電子版のコラムで、「国民投票から4週間経ったが、投票前は金融市場が大混乱するとした人騒がせな予測はまるで当たっていない。FTSE100種総合株価指数も投票前より5%ポイントも高い。ポンドが急落したが投票前の水準に比べて9%安にとどまって落ち着いている。ポンド安による打撃は一部で、全体的には英国経済にプラスとなる」と主張した。また、同氏は英国の国債利回りが急低下したことで金融危機を声高に主張するエコノミストや、一部信用格付け機関による英国の金融界の格下げ警告にも否定的だ。実際、米信用格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは7月20日に、EU離脱後の英EU貿易協定をめぐる先行き不透明感の増大で英国の銀行の信用力が弱まるとして、英国の銀行格付けの今後12-18カ月間の見通しを「中立」から「ネガティブ」に引き下げた。

ブートル氏は、「英国がすべての信用格付け機関から格下げとなる可能性はあるが、市場はそんなことは全く気にしない」と言い切った。その根拠について、同氏は国民投票のわずか3週間で与党・保守党のテリーザ・メイ政権が誕生し政治不安が消えたこと、また、英国中銀のクリスティン・フォーブス金融政策委員がEU離脱決定後、英国経済に後退の兆候が見られないとの認識を示したこと(同委員は4日の金融政策決定会合でQE拡大に反対)、デービッド・キャメロン前政権がEU離脱で検討した増税・歳出削減を柱とした緊急予算を延期したこと、さらにはロンドン金融街(シティ)でも7月の新規採用者数が前年比27%減と、雇用凍結の動きがあるものの、主力行の“大脱出”の恐れも見られず、多くの銀行幹部はロンドンに居残り続けると確約していることを挙げた。

国内外の有力企業も当面、英国に危機感を感じていない。英医薬品大手グラクソスミスクラインや米複合企業大手ゼネラル・エレクトリック、米航空・防衛機器大手ロッキード・マーチンの経営陣は英国の豊富な高スキル労働者やポンド安による英国の輸出競争力の増大を理由に挙げて英国への投資拡大に関心を示す。英国で年間50万台の乗用車を生産し6700人を雇用する日産のカルロス・ゴーン最高経営責任者も8月5日のBBCのインタビューで、「英国はよほどのことがない限り離脱後もEUの重要な貿易相手国であり続けると楽観している」と述べたように、また、英小売協会(BRC)が同9日に発表した7月小売売上高(既存店ベース)が前年比1.1%増と、1年前の同1.2%増とほぼ変わらず堅調な消費意欲を見せたように、英国はEU離脱を乗り切る自信に満ちている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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