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なでしこリーグ2部のチームから世界へ。なでしこジャパンのMF千葉園子が駆け抜けた激動の8ヶ月

松原渓スポーツジャーナリスト
7月のスウェーデン遠征のメンバーにも選ばれた千葉園子(c)松原渓

【新生なでしこジャパン、期待の新星】

トレードマークのお団子ヘアが、ひと際目を引いた。

両腕を前後に大きく振るアグレッシブな走りが、相手を威嚇する。30度を軽く超える炎天下にも関わらず、両足を同時に地面につけている瞬間はほとんどなかった。

なでしこリーグカップ2部、第5節。

ASハリマアルビオンの千葉園子は、この日もピッチを全力で駆けた。

試合が終わり、ファンとの会話を楽しんだ後、ミックスゾーンに現れた千葉に2度目の代表選出のお祝いを伝えた。すると、満面の笑顔でお礼を言い、申し訳なさそうに付け加えた。

「まさか、ですよね?」

新生なでしこジャパンの船出となった、6月2日のアメリカ女子代表との親善試合。この試合を飾った先発メンバーは、各方面に新鮮な驚きを与えた。

阪口夢穂、永里(当時は大儀見)優季、岩渕真奈ら経験豊富な選手が名を連ねるメンバー表の、そのど真ん中のトップ下のポジションに、千葉の名前はあった。

千葉が主戦場としているのは、国内のなでしこリーグ1部でも海外でもなく、リーグ2部である。ほんの半年前までは各年代代表にも呼ばれたことがなく、無名の存在だった。その千葉が初招集メンバーとしてなでしこジャパンのリストに名を連ね、新生チームの鍵となるポジションに大抜擢されることを、果たして誰が予想しただろうか。

高倉麻子監督は、多くの人々にとって新鮮な衝撃を与えた彼女の抜擢について、こう話した。

「彼女は身体能力が高く、技術もあってメンタル的にも強い。トータルで非常に良いものを持っていると思いますし、上(トップレベル)で十分やって行けるんじゃないかと思います」(高倉監督)

【最初にして、最大の難敵】

千葉は所属するASハリマアルビオンでは背番号10を背負い、攻撃的なポジションでチームを牽引している。前線からのチェイシングとポストプレーで攻守のスイッチ役となり、ゴール前では”潰れ役”から“点取り屋”まで、幅広くこなす。

身長は162cmで、どちらかというと小柄な印象さえ与えるが、テクニックがあり、さらに空中戦の強さが武器だ。昨年はリーグ戦で13ゴール(27試合)を決め、半分以上の7ゴールをヘディングで決めた。

その存在感は2部で異彩を放つが、彼女の能力は果たして代表で通用するのか。

普段リーグ戦でも対戦することのない1部チームの主力選手や、屈強な選手たちと日々渡り合う海外組の中で、雰囲気に呑まれてもおかしくはない。ましてや、対戦相手は世界女王のアメリカである。

しかし、千葉はそんな不安をものともせず、堂々としたプレーを披露した。

積極的にボールに絡み、囲まれればシンプルにさばく。周囲と連動して相手にプレッシャーをかけ、味方のシュートチャンスをお膳立てもした。アメリカサポーターが2万人を超える完全アウェイの雰囲気に浮き足立つことなく、なでしこジャパンの歯車として機能した。

結果は3-3。リオデジャネイロ五輪を見据え、成熟したチームで日本を迎え撃ったアメリカに、準備期間わずか2日の新生なでしこジャパンはたしかな爪痕を残したのだった。

だが、そのアメリカ戦から1ヶ月半が経った今、千葉にあの試合について改めて聞いてみると、自己評価は予想以上に厳しかった。

「ぜんぜん上手くいきませんでした。ボールがきたら焦ってしまって、周りが見えませんでした。終わって映像を見てみたら、何も出来ていなくて、申し訳なくなりました。もうちょっと落ち着いて周りを見たらターンできるのに、という場面が多くて…もっと余裕を持ってプレーできていたら、と。ベテランの選手たちはみんな、それぞれが主導権を持ってプレーに関わっていました。今後はそういう選手を目指していきたいです」(千葉)

アメリカ戦を経て一皮むけたことを感じさせる、力強い言葉が頼もしかった。

【激動の8ヶ月】

それまで年代別代表にも選ばれたことがなかった千葉に、初めてスポットが当たったのは、2015年11月末のことだった。

U-20とU-23日本女子代表監督として育成年代の選手に広く目を配ってきた高倉監督のアンテナにかかり、静岡県で行われたU-23女子日本代表の候補合宿に呼ばれたのだ。

「初めて代表に呼ばれたのがあの合宿でした。不安で不安で、泣いていました。『頑張れ!』と励ましてもらったら、『頑張らなあかん!』というプレッシャーで涙が出てきて…」(千葉)

大舞台にも動じないプレーぶりや関西ノリの明るいキャラクターからは想像もできないが、実は涙もろく、毎試合、緊張との戦いでもあるのだという。

「普段のリーグ戦でも緊張してしまうんです。ピッチに出る前に深呼吸をして、『練習通り、いつも通りにやろう』と自分に言い聞かせています。代表に行った時も、『これはいつもと同じ緊張だから大丈夫』と必死で自分に言い聞かせましたね(笑)」(千葉)

そんな千葉にとって、昨年末からの自らを取り巻く環境の変化は、刺激に満ちていた反面、不安とも隣り合わせだったのだろう。だが、地に足をつけて踏ん張り、ここぞというチャンスではしっかりと結果を出した。

静岡での候補合宿の3ヶ月後には、U-23日本女子代表の正式メンバーとして、スペインで行われたラ・マンガU-23女子国際大会に出場。ノルウェー戦、スウェーデン戦、ドイツ戦と3試合すべてに先発出場し、スウェーデン戦ではゴールも決める活躍で3連勝に貢献した。

3月のラ・マンガU-23女子国際大会(スペイン)で輝きを見せた(2016年3月2日対ノルウェー戦) (c)松原渓
3月のラ・マンガU-23女子国際大会(スペイン)で輝きを見せた(2016年3月2日対ノルウェー戦) (c)松原渓

この大会を取材した中で、忘れられない場面がある。

それは、千葉より頭1つ分も大きく、屈強なスウェーデンのディフェンダーと相手ゴール前で競り合った際のことだ。ジャンプのタイミングでは千葉に分があったが、相手は体を当てて千葉の体勢を崩そうとした。身体と身体がぶつかり、「ドスン!」と鈍い衝突音がした直後、体勢を崩したのは相手の方だった。

身体の強さや走力は、アメリカをはじめ他国の育成スタッフの間でも話題になったという。

そして、この大会中、千葉は経験から貪欲に吸収し、1試合ごとにパフォーマンスを上げていった。オフザピッチでも、大阪出身の明るくほがらかなノリと細やかな気配りでチームを盛り上げた。大会を終え、高倉監督は千葉をこんな言葉で評価した。

「運動能力が高くてテクニックもある。そして、すごく素直で。経験を積んでいけば良い選手になっていくんじゃないかと思います」(高倉監督)

なでしこジャパンに初招集されたのは、それから3ヶ月後のことだった。

しかし、「緊張」の虫はここでも顔を覗かせる。

「アメリカに行ってすぐ、部屋が一緒だった(永里)優季さんに不安な気持ちを漏らしてしまったんです。そうしたら、『そういうのは慣れているうちらが助けるから、落ち着いて、自信を持って思い切ってやったらいいんだよ』って肩を叩いてくれて。心もか細くなっていたので、涙が出そうでした」(千葉)

経験豊かな先輩の力強い言葉に励まされ、第1戦で堂々たるプレーを見せた千葉は、アメリカとの第2戦でも、1点ビハインドで迎えた後半から出場。最前線から守備のスイッチを入れて悪い流れを断ち切り、スペースを見つけると全力で走った。結局、試合は0-2で敗れたが、その存在を知らしめるには十分な働きだった。

そして、アメリカでの一週間は、千葉に新たな成長のきっかけを与えた。

「今は、いつ、どん底に落ちるか分からないと思っています。でも、何事も継続するというのは簡単なことではないですし、なでしこジャパンに選ばれ続けるために、自分がレベルアップし続けなければいけないと感じています」(千葉)

緊張や不安と常に向き合ってきたからこそ、「心」との付き合い方も分かっている。そして、勝負どころではしっかりと期待に応えてきた。それも、なでしこジャパンに引き上げる際に高倉監督が評価した「メンタルの強さ」なのかもしれない。

【姫路から世界へ】

千葉がサッカーを始めたきっかけは、兄の影響と、2002年の日韓ワールドカップ(当時9歳)だった。ストライカーの素質は、小学生の頃から見せていたという。

「小学校の時にキーパーをやって、点を取ったことがあるんです。子供たちのサッカーってダンゴ(ボールに集まって塊になる)になるじゃないですか。そこで、ドリブルしながら思いっきり走ったらチャンスになったんです」(千葉)

小学生ならではの大胆な発想とはいえ、自分の守るゴールからドリブルで決めてしまうのだからすごい。高校は女子サッカーの名門・日ノ本学園高校(兵庫)に進学。卒業後は姫路日ノ本短期大学(姫路)を経て、ASハリマアルビオンに入団した。

現在は、チームのスポンサー企業で9時から17時までのフルタイムで働き、夜の7時から始まるチーム練習に向かう。ハードな日々だが、サッカーも仕事も全力投球の日々を送っている。

冒頭に記したリーグカップの試合は代表メンバー発表直後だったこともあり、ASハリマから初の代表入りを果たした千葉を激励しようと、炎天下のスタジアムに多くのファンが訪れていた。

7月21日には、スウェーデンのカルマルで、なでしこジャパンはスウェーデン女子代表と親善試合を戦う(日本時間23時キックオフ予定、BSフジで生中継)。リオ五輪出場を逃したなでしこジャパンに、再び良い流れを引き寄せる起爆剤になりうる千葉のプレーに期待したい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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