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「世界」を知る19歳。ベレーザのMF、長谷川唯が挑む次のステージとは?

松原渓スポーツジャーナリスト
周囲を生かすプレーで自らも輝く(C)松原渓

【独特のスタイル】

鮮やかな、一瞬の出来事だった。

後方からのパスを、トラップせずターンしながら前方に流し、待ち受ける相手ディフェンダーとの間にあえて晒(さら)す。だが、相手がボールに足を伸ばした瞬間に自分の足元に引き寄せ、ダブルタッチで軽やかに抜き去った。

抜かれたディフェンダーが振り向きざま、悔しそうな表情を見せる。

日テレ・ベレーザのMF、長谷川唯のプレースタイルは創造性に溢れている。

柔らかいボールタッチとゲームの流れを読んだ的確なパスで、中盤からゴールまでのチャンスメイクを担う。テクニシャン揃いのベレーザでも、ボールの置き方やタイミングの取り方など、サッカーセンスがキラリと光る。ピッチのあらゆる場所に顔を出す豊富な運動量も特徴だ。

「相手の動きや、タイミング次第でプレーの判断を変えています。飛び出すタイミングを工夫したり、一瞬のタイミングを逃さないこと。そういう点で上回れたら、体格も関係なくプレーできると思います」(長谷川)

155cm44kgの小柄な体で大きな相手をひらりとかわしたかと思えば、パワフルなミドルシュートを突き刺す。したたかな駆け引きで、スタンドを沸かせる。

ユニフォームの着こなしも独特だ。

C・ロナウドやネイマールのようにソックスを膝上まで上げたスタイルは、体のラインにしなやかにフィットするユニフォームのデザインと相まって、緑色のスーツに身を包んだ忍者のようだ。ソックスを上げる理由を聞くと、「膝の日焼け防止にもなるんです」とのこと。ふふっと笑った無邪気な笑顔に、10代の少女らしい一面がのぞいた。

【ドリブル少女の華麗なる転身】

宮城県で生まれた長谷川は、幼少時に埼玉に移り、地元の少年団でプレーしていた兄の影響で6歳の時にサッカーを始めた。小学校の時はドリブルが大好きで、個人技の上手いロナウジーニョ(元ブラジル代表)に憧れていたという。

その後、2009年に日テレ・ベレーザの下部組織であるメニーナに入団。同期の籾木結花や清水梨紗とともに、メニーナから多くの才能を輩出した寺谷真弓監督の指導の下で力をつけていった。

ベレーザに昇格したのは、2013年のことだ。

「1、2年目は一杯いっぱいで、とにかくチームのために走ろうと考えていました。メニーナの頃から体が小さい方だったんですが、その分運動量でカバーしようと、寺さん(寺谷監督)からも言われていましたから」(長谷川)

ドリブルばかりしていた少女は、パスとドリブルを使い分けるようになり、献身的に走って周囲を活かすスタイルに転身を遂(と)げた。好きな選手は、ロナウジーニョからゲームメイカーであるイニエスタに変わった。

しかし、13年、14年と、ベレーザは2年連続リーグ戦2位。長谷川はアシストや味方を生かす走りで貢献したが、2年連続無得点で終わったことは悔しい結果となった。

他方、長谷川の名は、なでしこリーグよりも先に世界で注目を集めることとなる。

2014年3月にコスタリカで開催されたU-17ワールドカップで、U-17日本女子代表が優勝したのだ。2011年にU-16日本女子代表に14歳で選ばれて以降、各年代代表に飛び級で選ばれていた長谷川は、この大会には本来のカテゴリー(17歳)で出場していた。

このU-17日本女子代表チームを率いたのは、現在なでしこジャパンとU-20日本女子代表監督を兼任する高倉麻子監督である。高倉監督は長谷川について

「今何をするべきかという状況判断能力がとても高い。技術もあるので、それを表現できる選手」(2014年当時)

と、高く評価。そして、長谷川の持ち味はこのチームで存分に発揮された。6戦全勝、23得点1失点と圧倒的な強さで世界一に上り詰めたチームは、2011年の女子ワールドカップ優勝に続く、2つ目のワールドカップを日本にもたらした。全6試合に先発出場した長谷川は3得点をあげる活躍で、準MVPに当たるシルバーボールを受賞した。

そして、リーグ3年目となった翌15年は、長谷川にとって飛躍の年となった。

レギュラーシリーズの優勝争いがクライマックスを迎えた17節で、念願のなでしこリーグ初ゴール。エキサイティングシリーズでも2得点を決め、リーグ優勝に貢献したのだ。

元々、大舞台にも動じない強心臓の持ち主である。シーズン終盤にこんな言葉を聞いた。

「緊張はしないです。相手がなでしこジャパンの選手であっても、自分のプレーを出したいという気持ちを常に持ってきました。今年(15年)は去年よりも仕掛ける部分で成長できたと思います」(長谷川)

そして4年目の今季、長谷川は「ゴールでチームに貢献する」という明確な目標を持ってシーズンに臨み、ここまで着実に結果を残している。14節を終えた時点でリーグ戦2ゴール、カップ戦では3ゴールを決めている。

「練習後はシュート練習を黙々とやっているし、私が点を決める、という意識がすごく高いですね」

そう評価するのはベレーザの森栄次監督。

練習後の個人練習ではシュート練習に取り組むのが日課になった。内容でも他を圧倒している今季のベレーザにおいて、左サイドで攻撃に関わる長谷川の存在感は日に日に増している。

【2連覇を目指すベレーザの進化】

昨季女王として2連覇を目指すベレーザは、今季も安定した強さで首位を走っている。14試合を終えて、総ゴール数は「39」(9月28日時点)。昨季の同試合数のゴールは「29」。決定力は明らかに増している。一方、わずか「6」という失点の少なさも光る。前線からのアグレッシブな守備は、相手に攻める時間を与えない。

「前線で取られても、すぐに取り返せる。(FWの)籾木と長谷川は2人で3人分ぐらいの動きをしてくれるので助かっています」(森監督)

攻撃的なポジションでは、守備を苦手とする選手も少なくないが、長谷川の場合、元々「守備が好き」なのだと言う。

「(相手を)追うのは嫌いじゃないんです。相手がトラップした瞬間や、ミスをしたところで奪って攻撃につなげられた瞬間が嬉しいですね。わざと空けておいて、出させてからインターセプトを狙うことを意識しています」(長谷川)

攻撃面では、左サイドの連携が昨季に比べて明らかに向上している。SH(サイドハーフ)の長谷川とSB(サイドバック)の有吉佐織の縦のコンビネーションに、ダブルボランチやFWが絡んで多様なトライアングルを形成する。その間をボールが流れるようにつながっていく。

「アリ(有吉)さんとの連携は年々よくなっていると感じます。いつもアリさんが声がけをしてくれて、自由にやらせてくれているのが大きいですね」(長谷川)

2012年以降、なでしこジャパンのSBとして活躍してきた有吉は、フォワード出身でテクニックもあり、タイプの異なる選手にも合わせられる柔軟性が光る。特に、自身もプレー経験のある攻撃的なポジションの心情を理解できるのは強みだろう。

「唯が1対1でいけそうな時はシンプルに『勝負していいよ』と言うし、2人で崩せそうな時は(私が)オーバーラップします。そこで相手が縦(のスペース)を切ってくれば、『中に行ってね』と。動きながら相手を見つつ、2人で判断を変えています。ずっと一緒にプレーしてきたので、今は声をかけなくても自然と上手くやれていますね」(有吉)

連携の向上とともに、長谷川自身の成長の跡もうかがえる。

「昨年に比べて簡単にボールを失わなくなりました。体の使い方を考えるようになって、当たられても簡単に倒れないようになったと思います。ボールを簡単にはたいて回すサッカーだと、相手が遅れて(突っ込んで)くることもあるんですが、特にワンタッチ(パス)の後はなるべく、さっとかわせるように意識しています。(パスを出した後に)足を抜く、という感じですね」(長谷川)

筋トレや体幹を鍛えるメニューにも取り組んできた。トレーニングの際は、筋肉の重みで運動量やスピードなどを失わないように気をつけているという。

センスを感じさせるプレーが多いせいだろう。筆者は「ストイックな努力家」というよりは、どちらかというと「イメージをすぐに形にできる天才肌の選手」というイメージを長い間持っていた。以前、その印象を率直に本人にぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。

「プレーについて想像することが多くて、イメージもかなり複雑なことを考えているようなところはあります。そのプレーが出来ない時に違う判断に切り替えなければいけないので、難しいことを考えすぎて良くない時もあるんですけど(笑)小学校の時も、メニーナに入るために練習を毎晩夜遅くまでしましたし、そういう時期があったからこそ今の自分があるので、天才肌ではないですね」(長谷川)

そんな長谷川から自然と「天才」という言葉が出たのは、ベレーザのチームメートであるMF阪口夢穂の話になった時だった。

「夢穂さんは、本当の天才ですね。なんて言うんでしょう、他にいない選手というか、ずば抜けているというか。多分、他のことをやっても上手くできると思います。ただ、才能があるのにやることをしっかりやっているから、サッカーもあれだけできるんだろうなと。目指す存在ではありますけれど、自分はちょっとタイプが違いますね。誰と言われたら、特に意識している人はいないんですけれど、やっぱり走ることが一番の長所なので。そこは負けないようにしたいです」(長谷川)

【U-20ワールドカップに向けて】

今年11月にパプアニューギニアで行われるU-20ワールドカップは、育成年代の総仕上げとなる。

メニーナからの生え抜きであるFW籾木、DF清水、MF隅田凜、MF三浦成美らとは、ベレーザでもU-20でも良いコンビネーションを見せる。練習後の個人練習で、ともにシュート練習に励む籾木は言う。

「メニーナ時代からずっと一緒にやってきているので、要求しなくても良いところにいてくれたり、同じところを狙っていることが多いので、やりやすいです」(籾木)

8月に行われたU-20日本女子代表候補のドイツ強化遠征では、ブンデスリーガ1部、ボルシアMG(年齢制限のない大人のチーム)とのトレーニングマッチで輝きを放った。相手の逆を取るドリブルや、複数の相手DFを一発のターンでかわすなど、持ち味を存分に発揮。快勝(5−0)の立役者となった。

海外の大柄な選手に、どうしたら互角以上に渡り合えるのかを知っている。それは、育成年代で積み重ねた国際経験による自信も大きいのだろう。加えて、2014年のU-17ワールドカップで注目を集めた長谷川は、2015年1月に、ドイツ・女子ブンデスリーガ1部の強豪1.FFCトゥルビネ・ポツダムの練習にテスト生として参加した経験もある。だからこそ、年齢が上がるにつれてぶつかるであろう壁の大きさも、具体的にイメージできている。

「ドイツで練習に参加して、パワーの面は全然違うと感じました。U-17は『絶対に優勝しなきゃいけない』というイメージだったんですけれど、U-20は中盤のプレッシャーもさらに強くなると思うので、『(世界一を)穫りにいく』という感じです」(長谷川)

U-20ワールドカップ本大会まで、あと1ヶ月半。その表情からは相変わらず、気負いは感じられない。

大好きなことを夢中で追いかけてきたその先々で、長谷川は自然と困難を乗り越え、大きな成果を残してきた。今回の挑戦は、これまでに経験したことがないほどハードルの高いものになるかもしれない。

でも、だからこそ見たい。新たなステージで「世界一」をつかみ取った瞬間、彼女がどんな表情を見せるのかをーー。

相手の逆をとる駆け引きは見応え十分
相手の逆をとる駆け引きは見応え十分
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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