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「なでしこのReスタート」。3人のスペシャルゲストが語る、日本女子サッカーの今までとこれから(前編)

松原渓スポーツジャーナリスト
左から澤穂希さん、高倉麻子監督、今井純子女子委員長(写真:朝日新聞社提供)

9月28日に都内で「and Sports.気ままにトークセッション」(朝日新聞社主催)が開催された。

「なでしこのReスタート」というテーマで、3人のスペシャルゲストを迎えたトークセッションの一部を、朝日新聞社の許可を得て一部掲載する。

登壇者はJFA(日本サッカー協会)女子委員長の今井純子さん、なでしこジャパンを率いる高倉麻子監督、20年以上にわたってなでしこジャパンの中心で活躍した澤穂希さんの3人。

【なでしこVision】

トークは、 女子サッカーの発展のためにJFAが掲げる「なでしこvision」に沿って進められた。

「2020年、再び世界一になるために。今井女子委員長が掲げる「なでしこvision」とは?」

出典:http://bylines.news.yahoo.co.jp/matsubarakei/20160526-00058049/

このなでしこvisionは「普及」「代表強化」「育成」の3つが柱となっている。

1、サッカーを女性の身近なスポーツにする。

2、なでしこジャパンが世界のトップクラスであり続ける。

3、世界基準の個を育成する。

トークはまず、1つ目の「普及」についてのテーマからスタートした。

今井委員長によると、普及面においてJFAが掲げるのは、「2030年に(女子サッカー選手の)登録数20万人を目指す」という目標だ。現在の登録数は49,210人で、単純計算で約4倍となる。この目標が実現すればチーム数も多くなり、女の子たちにとってはサッカーがより身近なものになるだろう。

なでしこジャパンの中心選手として第1回(1991年)の女子W杯にも出場した高倉監督は、中学生の頃、当時新幹線が通っていなかった地元の福島から4時間近くも電車を乗り継いで、当時の所属チーム(FCジンナン)に通っていたという。

「今は街中や電車の中でサッカーボールを持った女の子を見かけることもあって、そういう時に、(競技人口が)増えてきたことを実感します。」(高倉監督)

当時に比べると公共交通機関も整備され、また女子サッカーチームが増えたことによって、環境は確実に良くなっているのだと感じられる。一方で、競技人口が100万人を超えるアメリカやドイツに比べると、5万人弱の日本はまだまだ大きな伸びしろを残してもいる。

「身近なスポーツ」にするには、どうすれば良いのだろうか。

登録数が伸び悩んでいる原因の一つに、「中学生年代のプレイヤー数減少」がある。女子選手の登録数の年齢別データによると、13歳からグラフは急に下がってしまう。

「これは長年の課題です。12歳までは小学生のチームで男子と一緒にプレーすることにそれほど困難がありません。澤さんも高倉さんもそうだったと思うんですけれども。中学生年代になると体力差が出てきたり、一緒にプレーするのが難しくなってきますよね。そうなった時に、女子だけの中学生年代のチームがまだまだ少ないので、身近にある他のスポーツを選んでしまう子たちが非常に多いのが現状です。」(今井委員長)

高校年代になるとサッカーに戻ってくる子も一定数はいるという。

高校年代は、年末から年始にかけて行われる全日本高校女子サッカー選手権大会がテレビで生中継されるなど注目度が高まりつつあり、強豪校も各地に点在して盛り上がりを見せている。それだけに、心身ともに成長著しい中学生年代にサッカーから離れてしまう女の子が多い現状に、なんとかして歯止めをかけたいところである。そして、そのためにも「サッカーをやりたいと思った子が身近なところでやれる場がある状態」(今井委員長)を目指しているそうだ。

【求められる選手の「アピール」力】

澤穂希さんは15歳で代表入りして以来20年以上もの間、第一線で活躍を続け、2011年のワールドカップではキャプテンとしてチームをけん引。得点王と大会MVPを獲得し、名実ともに世界一のプレーヤーとなった。そんな澤さんは、女子サッカーを取り巻く環境の変化とともに、選手の変化も感じているという。

「私が若い頃は自分で月謝を払って、ユニフォームやスパイクも自分で買っていましたし、グラウンドも土でした。小学校中学校の頃は、朝、練習時間の何時間前かにグラウンドに行ってボールを蹴って、終わってからも何時間もボールを蹴って、『電気を消すから早く帰ってください』と言われるまで蹴る。毎日そういう生活をしていました。最近はそういう光景はあまり見かけなくなりましたね。今はスポンサーさんが若い選手についたりして、良い環境でサッカーをしていることはすごく良いと思うんですけれども、自分の小さい時に比べるとサッカーに対するハングリー精神が薄くなった気もしています。」(澤さん)

これは、澤さんから若い選手たちへのアドバイスかもしれない。代表に入ったばかりの頃、澤さんは試合に出たい一心で、試合前の練習ではジョギングで先頭を走ってアピールしたという。わざと監督の前を走ってアピールする選手もいたそうだ。

ここからは、代表(なでしこジャパン)の話題に。

なでしこvisionでは「2020年の東京五輪で優勝する」という目標を掲げている。なでしこジャパンは3月のリオ五輪最終予選で出場を逃し、4月に新生チームとしてスタートを切った。2020年までは約4年あるが、新たに指揮官に就任した高倉麻子監督は、海外遠征や国内でのトレーニングキャンプを積極的に行い、すでに競争は始まっている印象だ。

高倉監督が選手に求めることの一つに、「自分のプレーをグラウンドで表現できること」があるという。

「チームの中で自分は何ができるのか、グラウンドの中で表現することを要求しています。引っ張りあげられるのを待っているのではなく、我こそは活躍していきたいんだという強い思いがあるとか、またはチームの中で自分を分かってほしいということを隣の選手に伝えていくことが、融合していくために必要だと思います。最近は若い選手がなかなか自己主張をしたがらなかったり、目立つことを嫌がったり、自分はこうだ、という強いものを出すのを遠慮することがあるんですね。私は強い個性を出して欲しいという考えがあるので、選手にも話をしています。」(高倉監督)

また、選手を選ぶ上で、「強い個性を持っている選手」は常に探しているという。

「日本人は最初から個では敵わないから、組織、という考え方はしたくないんですね。やはり個が強くあるべきだと思いますし、まずは個があって、チームにしていくということがすごく大事だと思っています。だから、ちょっと『利かん坊』じゃないですけれど、そういう個性がある選手がいても良いと思います。当たり前のことしか考えていない選手は、プレーが相手にバレますよね。いざという時は『お!そっちに行くんだ』『そんなことをするんだ』というプレーが欲しくなることがあるので、人と違うことを考えている選手や、ちょっと感覚が違う選手と触れ合うと楽しくて、うまくチームに入れられないかといろんなアプローチをしています。」(高倉監督)

澤さんはピッチ上では「背中で見せる」リーダーだった。個性の強いメンバーをまとめる上で、どのようなコミュニケーションやリーダーシップを大切にしていたのだろうか。

「私もだいぶ個性的な方だと思いますし、なるようになるものです(笑)。23人いれば23通りの意見があるので、それぞれの話をしっかり聞くようにしていましたね。私は上手に話せる方ではないので、口で言うよりプレーで見せようと思っていたんです。練習でできないことは試合で絶対にできないので、練習からスライディングもしましたし、相手が誰であろうと体を張っていました。そういうところが試合にもつながると思いますし、日頃の練習が大事です。グラウンドに入ったら年齢は関係ないので、若い選手も自ら行動を起こしていけば、周りに良い影響や刺激を与えられるし、チーム全体のレベルアップにもなると思います。」(澤さん)

【世界基準の「個」を作る】

なでしこビジョンの3つ目である「世界基準の個を作る」について、JFAは今年から、女性の指導者や審判員を増やすことにも力を入れ始めているという。アメリカやドイツなどの女子サッカー強豪国では、女性指導者が代表チームを指揮することがスタンダードとなりつつある。

「日本女子サッカーが発展していくためには選手が増えるだけでなく、あらゆるところで女性が活躍するようになってほしいと思います。女性の指導者がいることで安心してサッカーを始める女の子たちも増えると思っていますので、今年、力を入れて女性の指導者を増やそうとしています。高倉監督になでしこジャパンの監督になってもらったこともありますし、女性にも指導者という選択肢があるんだと、はっきり見えるようになったと思いますので。特にサッカーをやっていた人たちにはその経験を生かしてほしいなと思い、女性だけの講習会なども始めています。」(今井委員長)

後編に続く

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スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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