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チェルシーレディースが2冠を達成したトレーニングメニューを公開!(1)

松原渓スポーツジャーナリスト
エマ・ヘイズ監督(C)World Football Academy Japan

12月末日、都内で、サッカー指導者や選手、女子チームの関係者を対象に、「女子サッカーのピリオダイゼーション」セミナーが行われた。主催はワールドフットボールアカデミー・ジャパン。

講師は、FA女子スーパーリーグ(イングランドにおける女子サッカーの最上位リーグ)のチェルシー・レディースFC(以下:チェルシーL)で監督を務めるエマ・ヘイズ監督。

ヘイズ監督は、女子サッカーに「ピリオダイゼーション」理論を取り入れ、チェルシーLを率いて、2015年にはクラブ史上初のFA WSL(英国女子サッカーリーグ)とFAカップの2冠を成し遂げた監督である。

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ピリオダイゼーションとは、毎試合にコンディションのピークを迎えて、最高のパフォーマンスを発揮するために、年間のトレーニングを期分けして、それぞれのステージでのトレーニングやコンディショニングを有機的に組み合わせる年間スケジュールを構築する理論のこと。

ケガやオーバートレーニングの防止とともに、同じローテーションの練習の繰り返しでマンネリに陥らないようにすることも目的だ。しかし、それらのトレーニング内容を決定するためには、選手の年齢や疲労度、先発と控えのコンディションの差など、個人差や外的要因も考慮しなければならない。

男子サッカーでは、ぺップ・グアルディオラやジョゼ・モウリーニョをはじめ、世界の強豪クラブの指揮官が「戦術的ピリオダイゼーション」のコンセプトを用いていることは知られているが、女子サッカーの領域では、ピリオダイゼーションについて、各チームの指導者がどのような認識を持っているのかは未知数である。

男性と女性では骨格や筋肉、ホルモンの分泌など、生理的な違いがあるので、男子チームの理論がそのまま女子チームに当てはまるわけではないということを踏まえた上で、ヘイズ監督の講義を紹介する。

今回のセミナーは、エマ監督が女子選手の特性に着目したピリオダイゼーションについての講義であり、女性のコンディションに大きな影響を与える月経周期や、男性との骨格の違いによって起こりやすい膝のケガの予防など、講義内容は多岐にわたった。

※今回の「女子サッカーのピリオダイゼーション」セミナーは、指導者ライセンス取得の際の必須科目となっている国もある「サッカーのピリオダイゼーション」理論のベーシックコース受講者のみ受講可能なコースである。

まず、一つ目の講義では、ヘイズ監督がチェルシーLにピリオダイゼーションを導入した経緯と、その後の経過が紹介された。

【ピリオダイゼーション導入のきっかけ】

2013年12月、日本で行われた国際女子クラブ選手権の決勝戦で、チェルシーLはINAC神戸レオネッサ(以下:INAC)と対戦した。当時、チェルシーLには大儀見(永里)優季がいたが、結果は、澤穂希、大野忍、川澄奈穂美、チ・ソヨン(現・チェルシーL)らが活躍したINACが、4-2で勝利し初優勝を飾った。

この試合、チェルシーLの選手たちが「ピッチ上でいかにアクションを起こしていないか」が明らかで、内容的にもINACとのレベルの差は顕著だった。この試合で衝撃を受けたことが、スタートラインになったという。

当時、チェルシーLの選手たちはパートタイムで働きながら週に2回だけ、全体トレーニングを行っていた。そして、その内容は硬い土のグラウンドで、ボールを使ったトレーニングより、パワーを向上させるトレーニングをメインとしていた。イングランドの素晴らしい芝のピッチでトレーニングすることはできず、チーム専属のサポートスタッフもいなかった。ここから、ヘイズ監督の改革が始まった。

【チームを取り巻く状況を把握する】

まず、「チームを取り巻く状況を客観的に把握することが大事だった」とヘイズ監督は言う。チェルシーLに置き換えると、以下のようになる。

・イングランドでは、プレシーズンに2部練習や3部練習を行い、開幕に向けて急激にコンディションを上げていた。しかし、それではシーズンの途中でコンディションが下がっていく。その問題を解決するために、段階的にコンディションを上げていくためのトレーニングプログラムが必要であった。

・女子サッカー選手も男子と同じように、ボール扱いがうまい選手、視野が広い選手、スピードが早い選手、ドリブルがうまい選手など、各自の個性には大きな差がある。また、ユースから昇格してきたばかりの選手もいるし、子供を産んで育てている選手もいるので、こういった各々の違いを理解する。

・ゲームに勝つためには、毎試合、ベストメンバーでプレーすることが必要。

・選手の疲労を蓄積させることを避けなければならない。

これらの状況を把握したヘイズ監督は、それまで走りのメニューがメインだった週2回のトレーニングを、大胆に変更した。

「サッカーのトレーニングとコンディショニングのトレーニングはまったく別のものではありません。別々に行われていた内容を一つにして、実際のゲームに近い形(9対9や6対6、4対4や3対3といったゲーム形式)でフィジカルトレーニングを行うようにしました。トレーニングは高い強度で行いますが、忘れてはならないのは、選手がパートタイムでプレーしていること。疲労の蓄積具合は常に考えていました。」(ヘイズ監督)

【理想的なトレーニング環境とは?】

理想的なトレーニング環境について、ヘイズ監督は以下の項目を挙げた。

・選手が情熱をもって(高いモチベーションで)取り組める。

・初めの段階では、相手がいない状況でプレーし、そこから相手がいる状況までを想定し、トレーニング内容を段階的に構築していく。ミニゲームでも常にオフサイドがある状況を作る。

・週末のゲームの内容に近い環境を作る。

・試合でプレーするポジションで練習させる。

・重要視するのは練習量ではなく、質である。すべての練習を100パーセントの強度で行い、30秒も無駄にしない。

これらの環境を前提として、ヘイズ監督は2014シーズンから、6週間サイクルのピリオダイゼーションを取り入れた。

【1】(2)【一つ目のピリオダイゼーション】

【2】15日間で4試合。ハードスケジュールを勝ち抜いたマネジメントとは?

【3】(1)【女子選手に特徴的なコンディションの変化とケガ対策】

【3】(2)【女子選手に多いケガとは?】

【4】(1)【ヨーロッパの女子クラブのサッカーがどのように発展してきたか】

【4】(2)【2015年のカナダ女子ワールドカップのトレンド】

に続く

指導者やチーム関係者を対象に講義が行われた(C)World Football Academy Japan
指導者やチーム関係者を対象に講義が行われた(C)World Football Academy Japan

プロフィール: エマ・ヘイズ監督

2001年以降、アメリカとイングランドで指導実績を重ね、2006年からはアーセナル・レディースのアシスタントコーチとして、リーグカップとプレミアリーグ、UEFA Women's Cup(ヨーロッパ・チャンピオン)、FAカップを獲得。2012年、英国女子サッカー界、唯一の女性プロ監督としてチェルシーLに迎えられると、2015年にはクラブ史上初のFA WSL(イングランド女子スーパーリーグ)とFAカップの2冠を成し遂げた。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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