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これぞラグビー精神、火災現場から女性救助

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

これぞスポーツのチカラ、「フォア・オール(みんなのために)」のラグビー精神の実践である。岩手県盛岡市のラガーが商店街の火災現場から高齢女性を救出し、人々の称賛を集めている。

このラガーは、桜山神社近くのそば店『吉田屋』の店主の山崎浩二さん。地元の不惑ラグビークラブで鍛えている54歳の愛称「ダボさん」の口癖が「ワン・フォア・オール。オール・フォア・ワン」という。今月11日夜、自分の店のある商店街で火災が発生した。

出火場所の近くには80歳代の女性が一人で暮らしている。ダボさんの母親が、閉店後、ラグビー仲間と酒を酌み交わしていたダボさんに声をかけた。「コージ! 火事だぁ! おばさんが危ない。行け~!」と。

ダボさんは店を飛び出した。もう無我夢中。約30メートルを猛ダッシュし、商店街のラーメン店主と一緒に家の玄関をぶっ壊した。2階に駆け上がり、寝ていた高齢女性の手をとって、建物の外に連れ出した。気が付くと、ダボさんは左手にけがを負っていた。

「火が迫り、あと5分遅かったら、危なかった」とダボさんは述懐する。地元の盛岡第三高校ラグビー部OB会会長。不惑クラブでのポジションがフランカー。「あんなに速く走ったのは初めて。ラグビーの試合で相手ウイングを追いかけて、コーナーフラッグめがけて一気に戻っているような感じだった」

ダボさんたちは、吉田屋で、盛岡東署から感謝状を贈られた。店にあった。<あなたは、火災に際し、逃げ遅れた女性を迅速に救助されました。その行動をたたえ、ここに記念品を贈り、感謝の意を表します>と書かれている。

誰からも愛されるダボさんの人柄もあって、吉田屋はふだん、岩手県ラグビー協会関係者の“クラブハウス”(憩いの場)と化している。この救助劇はラグビー仲間の誇りとなった。23日夜もたくさんのラグビー関係者が集まっていた。そして笑顔のダボさんに向かって口々に言うのだ。

「ナイス! セービング!」

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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