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ジャパンのホープの覚醒

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ノーサイドの瞬間、プロップ垣永真之介の喜びようといったらなかった。ラグビーのトップリーグの大一番でサントリーが東芝に快勝した。初先発。両手を冬空に突き上げたルーキーが顔をくしゃくしゃにする。「この勝利がどれほど、チームにとって大きいか。サントリーらしいラグビーができました。僕自身、スタメンだったのでホッとしました」

ユニークだ。批判ではない。スポーツの世界にあって、感情の発露は時にチームを鼓舞する。試合中、垣永は大声を発する。

サントリーの大久保直弥監督が「何を叫んでいるかは聞こえなかったんですけど、うちにはいなかったキャラクターなので」と笑えば、真壁伸弥主将はこう、証言する。「スクラム組む前、“人生かけるぞ~”って」

なんとも微笑ましいではないか。観客席から見れば、単なる固まりにしか映らないスクラムに人生を懸けているのである。垣永本人に何を言っていたのかを聞けば、「とくに…。“行こ~”とかじゃないですか。ちょっと覚えてないです」と照れる。

「チームが劣勢に立った時、いまいち、盛り上がってない場合があるんです。そこで、声を出し続ける。それこそ、コトバは何でもいいんです。声を出し続けることで、その声に触発されて、チームにエナジーが出ればいいナと思っているんです」

トイメンの東芝1番(左プロップ)は日本代表の三上正貴だった。東芝のスクラムはつよい。うまい。垣永は、東芝の三上とフッカーの湯原祐希のふたりに挟むように仕掛けられた。垣永がごつい両手の人差し指、中指、薬指を交差させながら説明してくれた。

「僕はこれ(右手の薬指)です。相手の2番(左手の中指)と1番(左手の薬指)でこいうふうに組んでくるスクラムなんです。たぶん、僕が狙われたんです。それに対して、青木さん(右手の中指)が…」

ややこしいけれど、要するに、垣永は三上と湯原を抑えるようにして、まっすぐ組んだのである。まっすぐだから、後ろのロック、ナンバー8の押しを前に伝えることができた。コラプシング(スクラムを故意に崩す行為)の反則をとられたけれど、総じて、垣永はうまく対抗していた。

この日のサントリーの勝因はスクラム、ラインアウトの安定と、ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)の健闘である。フィールドのインサイドでFWがボールを前に運んだから、外に空いたスペースをバックスが走ることができた。

前半32分のサントリーの反撃のトライは、垣永らFWが大幅ゲインし、右に回して、最後はWTB村田大志がインゴールに飛び込んだ。セットプレーが安定すれば、サントリーらしいスピーディーな連続攻撃が増える。

垣永は変わった。フィールドプレー志向だったのに、スクラムにこだわるようになった。ひとつのきっかけは日本代表の欧州遠征だった。“スクラム命”のグルジア代表にコテンパにやられた。「世界レベルのスクラムを知った」と述懐する。

「身のほどを知ったというか…。なんて言うんですか、やさしくないというか…。スクラムで、僕が落ちたら、どんだけ僕の首が曲がっていようが、押し続けてくるんです。ほんとうに殺しにくるんじゃないかって。そういう意味での残酷さと激しさを学びました」

垣永は自分の力不足と可能性を感じた。もっとやれたはずだという思いもあった。何といっても、からだのサイズとパワーが違った。それを肌で知って、帰国後、筋力トレーニングの量を増やした。毎朝6時半から30~40分。仕事をして、午後の練習前と練習後にも筋トレに励んできた。

「1日3回、合計したら、2時間ぐらいですか。まずフロントローはスクラムですから。スクラムができてからの、フィールドプレーです。今日も、スクラムにすべてをかけてプレーしました」

大したマインドチェンジである。サントリーには、日本代表の大黒柱、右プロップの畠山健介がいる。先輩を「ライバル」と位置付け、日々鍛錬を積んでいる。課題はもちろん、世界に通用するフィジカル、パワー、技術を備えることだ。

目指すは、巨体と規格外のパワーから“ビースト”の愛称で親しまれる南アフリカのプロップ、テンダイム・ムタワリラのようなプロップという。「世界クラスのプロップを山のてっぺんとしたら、今、どのあたり?」と聞けば、右手の平を地面あたりに持っていった。

「まだ一番下あたりです。でも、これから登れるということです。伸びシロを自分で感じながら、努力していきたい」

ポジティブ思考の22歳。ジャパンのホープがようやく、スクラムに目覚めた。日本の屋台骨を目指して。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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