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王者パナソニック、大勝のワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ラグビーのトップリーグ(TL)のプレーオフトーナメント準決勝で、パナソニックが王者の底力を見せつけた。50-15で東芝に圧勝。予想外の大差も、すべては序盤20分間で決まった。これは勝負の鉄則だろう、相手の強みを消し、自分たちの強みを最大限に発揮したのである。

「最初の1秒を意識しよう、と言い合っていた。初めから最後まで。80分間、情熱の部分で相手をまさっていくことができた」と主将のフッカー堀江翔太は言う。

今季のリーグ戦の対戦では、パナソニックの2戦2敗だった。「東芝戦に2回とも負けて、大切なことを教えてもらった。情熱の部分、心の部分というメンタルの部分が大切だと。とくに最初の部分。東芝さんはガンガンくると思っていました」

まず東芝の強みであるスクラム、ラインアウトのセットプレーで相手をつぶす。キックオフ直後、敵陣ゴール前での相手ボールのラインアウトだった。パナソニックの196センチロック、ダニエル・ヒーナンが競って東芝の連携を乱し、こぼれたボールにフッカー堀江が素早く飛び込んだ。

左に回してポイントをつくり、右に回してヒーナンがタテに突進。さらに右にうまくつないで、フランカー西原忠佑が右隅に飛び込んだ。個々の技術と判断が透けて見える、鮮やかな先制トライだった。

東芝にPGを返された後、東芝ボールのスクラムをぐいと押し込んでコラプシングの反則を得る。SOベリック・バーンズがPGを難なく蹴り込んで、すぐに突き放した。東芝が自信を持つラインアウト、スクラム、それぞれ一本目での攻防が両チームの選手に与えた影響は得点以上に大きかっただろう。

さらに、リーグ戦の時と違ったのは、パナソニックならではの「はやさ」である。判断のはやさ、2人目の寄りのはやさ、リアクションのはやさ、ディフェンスのはやさ…。とくに勝負どころのブレイクダウン(接点でのボール争奪戦)だった。

ディフェンスでは、ボールを持つ相手を1人、2人できっちり止める。2人目、3人目のスピードで東芝を上回っているから、ここぞと言う時にはターンオーバーできた。ピンチを脱することができたのだ。

東芝の反撃にあった前半10分過ぎである。PKからタッチに蹴られ、パナソニックのゴール前5メートル、相手ボールの左ラインアウトだった。そのモールをつぶし、ラックから左に回された時、東芝CTBフランソワ・ステインにパナソニックのナンバー8、ホラニ龍コリニアシが猛タックルを浴びせる。

直後、そこにWTB北川智規からヒーナン、堀江がダダっと固まって走り込んでいった。「チャンス!」。そう思った瞬間、他のFWもポイントを次々に乗り越えていく。この研ぎ澄まされた集中力、反応力、瞬発力…。相手ボールを奪い、ピンチを脱したのである。

なぜ、ブレイクダウンで優位に立てたのか、と問えば、堀江主将は「特別なことをやったわけじゃない」と涼しい顔で説明した。「ブレイクダウンは、(2人目には)ボールを越えること、ボールに絡みにいくこと、捨てることの3つがあると思う。そこの判断を各自がしっかりして、プラス、誰かのコールでヒントをもらって、うまく対応できたからでしょ」

つまり、パナソニックの選手たちはラグビーという競技を熟知しているわけである。『経験値』の高さともいっていい。ディフェンスからでも前に激しく出てボールを奪取し、チャンスを広げていく。対照的にブレイクダウンで後手を踏んだ東芝のロック、大野均の述懐はこうだった。

「(パナソニックは)ブレイクダウンで、しっかり引くところは引いて、その意思統一はさすがだった。こちらは、入らなくていいところでも入ってしまった。寄りが遅かったのかなと思う。ボールキャリアが単独でいってしまって、向こうのダブルタックルに絡まれて、こちらが4、5人かけないと、ボールを出せない状態が多かった」

そりゃブレイクダウンの攻防では、FWが前に出ているほうが優位になるに決まっている。いいテンポも生まれる。SH田中史朗―SOベリック・バーンズのゲームコントロールも冴え、持ち前の展開力も勢いづいた。ハイパント、ディフェンスライン裏のキックも効果的に決まり、前半16分、バーンズの絶妙の読みから、オフロードパスを受けたWTB山田章仁が鋭いランでトライ(ゴール)を加え、17-3とした。もはや、流れは決まった。

やはり前回王者の選手たちの『経験値』は高い。これもスーパーラグビーを経験しているSH田中、フッカーの堀江主将、百戦錬磨のロックのヒーナン、SOバーンズ、今季で引退するCTB霜村誠一らがそろっているからだろう。名将のロビー・ディーンズ監督は試合前のミーティングでゲームプランを説明した後、こう付けくわえたそうだ。「大事なことは、チームがひとつになること」と。

33歳の霜村のコトバもまた、含蓄がある。「みんなが前に出ていく力はすごかったなあ。プレーオフもたくさん経験しているからか、集中の度合いというか、気持ちのギアがひとつ、ポンと上がるんです。チームがひとつになった。試合前から、今日はすごくいい感じだなというのは分かっていました」

まさに『信は力なり』である。それぞれに状況に応じた判断力と技術がある。経験も、ある。問題は、それを結束させてゲームに出せるかどうか。堀江主将は試合中、「仲間の顔を見ろ!」と声を掛け続けたという。「コミュニケーション!」とも。

“野武士軍団”の互いの信頼の証が、この大勝だったのである。連覇へ、王者のギアがまたひとつ、上がる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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