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ダイゴの学びの疾走

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

人はなぜ、学ぶのか。土曜日。早稲田大学キャンパスの教室に着くと、ラグビーの山下大悟の背筋の伸びた姿があった。きちっとネクタイを締めている。「しんどくない?」と聞けば、はじけんばかりの笑顔を浮かべた。

「全然、しんどさはないです。むしろ毎日、楽しくてしょうがない。授業はすべてオモシロ過ぎです」

自身の境遇に最善を尽くす34歳。2002年度に早大主将として大学日本一、07年度にはサントリー主将としてチームをトップリーグ(TL)制覇に導いた。サントリーからNTTコムに移籍し、昨年、TL下部リーグのトップイーストに所属する日野自動車に移った。まだ現役。

この4月、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科の修士課程に入学した。早大ラグビー部のヘッドコーチ補佐も務める山下は日野自動車の練習のほか、早大学生の指導もし、平日は毎夜学び、さらに土曜日には日野自動車の練習後に大学に駆け付けるのである。

こちらは54歳の無謀な挑戦だけど、早大ラグビー部の後輩となる山下は将来設計をちゃんと立てた上でのチャレンジである。あえて厳しい環境に飛び込むのは、人として成長したいから、指導者としての能力を養いたいから、人のネットワークを築きたいからである。

「ここに来た一番の理由は、勝利・普及・資金にのっとったスポーツビジネスを学ぶためです」と山下は言った。

「担当指導教員の平田先生(竹男=教授)をはじめ、いろんな素晴らしい先生方から、とてもいい授業を受けさせてもらっています。ありがたいですね。すべてのところで、早稲田ラグビーに置きかえたらどうなんだろう、日野のラグビーに置きかえたらどうなんだろう、という視点を持って授業に臨んでいます。基準は明確。ぼや~とはしていないです」

授業中、ちらっと山下を見れば、確かに目は真剣そのものだった。この日の平田教授と中村好男教授の授業では、いろんなスポーツを「Micro」の視点、「Semi Macro」「Macro」の視点でそれぞれとらえ、一緒に考えていく。

「例えば、早稲田ラグビー部からみた世界、世界からみた早稲田ラグビー部とか。そういう観点で考えていました。これからも、早稲田ラグビーや日野ラグビーに置きかえて、いろいろと考えていきたいなと思っています」

ついでにいえば、この社会人コースには、有名なトップ・アスリートやスポーツビジネス関係者、教育関係者など、いろんな業界の人々が集っている。まさに多士済々。

「各分野で活躍されている人と一緒に学び、交流させていただいている時間が、プライス・レスで貴重なのかなと感じています」

人の心の安定って、おカネや地位じゃなく、いかに好きなことに没頭できるか、自分を磨き続けることができるか、だと思う。

教養は、生きる上で最強の武器である。悦びでもある。教室のダイゴもまた、ひたむきにラグビーを楽しんでいる時の姿のごとく、光り輝いているのだった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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