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スクラム戦記2「痛い序盤の反則も修正力発揮~日本×スコットランド」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

やはりワールドカップ(W杯)は甘くない。厳しい。南アフリカ戦の大金星から中3日で迎えたスコットランド戦。10-45の完敗。日本は徹底研究されていたのだが、日本の武器のスクラムとて、そうだった。

英国グロスターのキングスホルム・スタジアム。会場に入ると、必ず、芝の状態をチェックするようにしている。試合開始2時間前、警備員の目をかわし、ピッチの天然芝にさわってみた。しっとりとしている。雨は降っていないのに水をまいたか。

長い。芝を数本ちぎって、プレスセンターに持ち帰って、定規で測ってみた。緑の部分が30ミリから40ミリである。べとつく長い芝。こちらの芝に慣れているスコットランドに有利なのではないか。

試合後、この日、3番の右プロップの山下裕史は言った。「芝ですか? 長そうに見えましたか? でも、前日よりは刈り込んでいたみたいですよ。(芝が)緩そうにみえたのは湿っていたからでしょう。でも、(スパイクの)ポイントが長いから、大丈夫でした」。

山下のポイントの長さは規定いっぱいの21ミリである。ほとんどのFW前5人が長めのポイントのスパイクを使っているようだ。おそらく、スクラムの際、がちっと芝に突き刺さるようにであろう。

この日のスクラムは前半7本、後半4本の11本あった。マイボールのスクラムが2本、相手ボールのそれが9本である。いかに日本側にノックオンなどのミスが多かったかが、よくわかる。これは初戦の南アフリカ戦と逆のパターンだった。

注目のファーストスクラムは、前半5分、敵陣の10メートルラインあたりの中央だった。相手ボール。スコットランドなど欧州の強豪チームのスクラムの特徴は二段押しである。組み込んだあと、第二波のように後ろ(ロックとバックロー)の押しがぐわんとかかる。ちなみに先発のロックの平均体重は日本(トンプソン・ルークとアイブス・ジャスティン)が106キロに対し、スコットランドは120キロもあった。その差が14キロ。

スコットランドはスクラムでも研究してきた。日本のまっすぐに押し込むスクラムに対し、これまではまっすぐに押していた3番の右プロップが内側に押し込んできた。1番と3番で相手2番のフッカー、つまり堀江翔太に向かって押すようなカタチである。

で、ファーストスクラム。互いにいい感じでヒットしたのに、スコットランドがプッシュした際、接点部分のフロンロー陣がどんと落ちた。最近のレフリーは、スクラムが崩れたら、どちらかにペナルティーを吹かないといけないと思っている傾向がある。

日本のコラプシング(スクラムを意図的に崩す行為)の反則をとられた。記者席とは反対側、日本の左プロップの稲垣啓太のほうから落ちたように見えた。アイルランド人のジョン・ラセイ・レフリーは稲垣のコラプシングをとった。抗議する稲垣に対し、「ヒンジ」と答えたという。

ヒンジとは、「hinge」という単語か。電子辞書で調べれば、「ちょうつがい」「二枚貝」という意味がある。おそらく上体が下半身がちょうつがいか二枚貝のごとく、折れるように落ちたと言いたかったのか。

稲垣の述懐。

「(笛の瞬間)エッと思った。ぼくは相手の3番が落ちたと思ったんですけど、レフリーは違ったわけです。僕のおしりのほうが高いからとられたようです。落ちたように見えたんでしょう」

2本目のスクラムは互いの1番が押し込むカッコウで回るようなカタチになった。3本目のスクラムは、逆転PGを蹴りこまれて7-9とされたあとである。前半20分、自陣の左中間のゴールから45メートルあたりの相手ボールのスクラムだった。これも組んだあと、スコットランドが執拗に押し込もうとしてスクラムが崩れた。

こんどは右プロップの山下がペナルティーをとられた。このあと、PGを蹴りこまれ、7-12となった。山下が振り返る。 

「あのペナルティーは、ぼくがバインドを締めすぎたということで吹かれたようです」

バインドを締めるとは、ひじを下げて、頭と肩と腕でねじこむようなカタチをいう。これは1番と3番、互いにやっているのだが、アイルランド人レフリーからみると、山下は相手を落とすようにしたと映ったのだろう。これも、どちらに笛を吹いてもよかったようなコラプシングだったと思う。

スクラムにおいて、レフリーの印象は大事である。傍からみれば、序盤、このアイルランド人のレフリーはスコットランド有利に吹いたようにみえた。ただ、これはスコットランド贔屓ではなく、欧州で一緒に戦っている試合のレフリーと選手たちの理解度と、日本のそれの違いだろう。つまり、相性といったものだ。

流れはスコットランドだった。だが、日本は猛練習の成果だろう、成長していた。修正能力が備わっていたのである。8人(とくにフロントロー陣とロック陣)の結束を固め、押す方向を微妙に変えた。ヒットのタイミングをはやめにし、低さをより意識するようにした。塊となった。

前半28分ごろ、敵陣22メートルを入った左中間あたりのスクラム(相手ボール)をうまいぐあいに押し込んで、相手のコラプシングをもらった。これはロングアングル。相手の全体の押す方向が露骨に右側に向かっていた。これはラッキーと思いきや、名手FB五郎丸歩がPGに失敗してしまった。

このあとのスクラムはほぼ互角だった。山下が説明する。言葉の端々に自信がのぞく。

「最初、ペナルティーをとられましたが、しっかり修正はできました。8人でまとまって組めましたし、相手が押したいところでもぐいと踏ん張ることができました。負けましたけど、PNC(パシフィックネーションズ杯)からジョージア、南アフリカ、スコットランドと、FWが強いところとばかり戦ってきて、いいステップを踏めているのかな、と思っています」

稲垣も山下も、南ア戦は途中から出場していた。スコットランド戦は「中3日」の試練だったといっていい。疲れは?と聞けば、稲垣はこう、言った。

「それは言い訳にはできない。もともと、そのつもりで準備してきていたので。向こうも考えてきましたね。ゲーム中、なかなかボールをキープさせてもらえなかった。それと、イージーなミス、攻守の切り替えが勝負を分けたんじゃないでしょうか」

堀江のコメントはこうだ。

「なかなかリズムをつかめなかった。(スクラムは)初めは組み方が違う分、戸惑ったところがあったんですけど、前半の後半からは修正して対応できたんじゃないでしょうか。(次のサモア戦)まずは個々でベストのコン

ディションにもっていくことが大事でしょう」

フロントロー陣は意外にも明るかった。試合に負けはしたけど、スクラムでは互角だったとの充実感があったからだろう。「修正力」に自信を持ったに違いない。

次のサモア戦まで、中9日もある。準備期間はたっぷりある。サモアは大きくて重くてパワフルである。個々の破壊力、パワーがすさまじい。だが、結束感にかける。

日本としては、セットピース、とくにスクラムで優位に立つことが勝利の条件となる。サモア戦はずばり、「スクラムで勝つ!」

【ずばり! スクラム解説】

『太田治の目』

太田さんは日本代表歴代最強の左プロップ。スクラム理論には定評がある。明大―日本電気(現NEC)。日本代表キャップ数は「27」。1989年のスコットランド戦、91年W杯のジンバブエ戦の歴史的勝利に貢献。95年W杯も出場。日本代表GM、7人制日本代表チームディレクターなどを歴任。50歳。

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スクラムは南アフリカ戦とは全く逆の展開だった。

日本ボールのスクラムは3回、スコットランドボールスクラムが8回。この数字が物語っているように、日本はミスが多かった。

なんとかスクラムで挽回しようとしたが、序盤3回のスクラムで反則をとられ、スクラムからリズムを作れなかった。それでも、4回目以降のスクラムから日本はうまくスクラムを修正し、互角に渡り合う場面もあった。全体的にスクラムはスコットランドに支配された印象だった。

一言で言うなら、シックスネーションズ(欧州六か国対抗)で培ったスクラムワークにやられた格好だ。欧州の強豪国と渡り合っているスコットランドは駆け引きや揺さぶりに長けていた。

序盤のスクラムでスコットランドは日本の反則を誘い、PGで加点して思い描いたゲーム展開だったに違いない。日本がレフリーにネガティブな印象を与えてしまったことも否めない。

芝も天然芝で水分も多く含み、滑りやすかったことも日本には不利だった。

それでも評価できるポイントはスクラムの修正能力だ。前半4回目以降のスクラムは8人のまとまり、低さが機能してスコットランドのプレッシャーに耐え、押される場面は少なかった 。

サモア戦に向けて、自信を失う必要はない。

南アフリカ戦でみせたFW8人のまとまり、低い姿勢、ヒットの鋭さでプレッシャーを掛け、サモアFWを支配してほしい。

『坂田正彰の目』

坂田さんは元日本代表フッカー。法大―サントリー。1999年W杯、2003年W杯出場。キャップ数が「33」。クレーバーなフッカーだった。テレビ解説も務め、落ち着いた口調と偏らない解説は評価が高い。42歳。

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W杯連勝はならなかったが、あそこまで"ティア1 "のチームを本気にさせたという事は日本代表というチームが世界から認められ、成長した証ではないだろうか。

試合のスクラムを見ると、南ア戦の疲労はもちろん大きかったが、何よりもスコットランドの集中力、そしてJAPAN対策が徹底されていた。FWは南ア戦から両プロップが入れ替わり、個々の組み方の癖もあるが、前半はスクラムを組んだ後、相手に対して思った様な体重移動ができていなかった。相手FWの体重を背負う様な組み方になっていた。

1番の稲垣、2番の堀江、3番の山下の肩のラインに微妙な凹凸が生じ、コラプシングやスクラムホイールが起っていたのではないか。あの様な場合、全体が前に出られなくても(相手にプレッシャーを掛けられなくても)スクラムの反則を無くす事を意識しなくてはならない。

またスクラムを組んだ後の膝が伸び切ったり、その角度が90度以下の詰まった状態だったりすると、スクラムのコントロールは難しくなる。スコットランド戦では1番側の巻き込みや、ホイールのスピードが遅すぎて、南ア戦ほどの揺さぶりが出来なかったのは残念だった。

一次リーグ残り2戦では、日本がアドバンテージを得るためには、セットプレーの安定は不可欠である。ヨーロッパ特有グランドコンディションも理解し、FW8人、16本の足でしっかりと地面を噛んだスクラムを見せて欲しい。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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