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サンウルブズ歴史的勝利、二重の喜びに浸るプロップ三上

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
フィールドプレーでも活躍するジャガーズ戦のサンウルブズ・三上(撮影:齋藤龍太郎)

どうしたってスクラムは大事である。家族も大切である。第一子を授かったばかりの左プロップ三上正貴が23日のジャガーズ戦(秩父宮ラグビー場)で奮闘し、スーパーラグビーに今季から参戦するサンウルブズの「歴史的勝利」に貢献した。

20日、都内の病院で長女は産声をあげた。試合終了後、三上は入院中の妻からメールをもらった。<娘も見ているよ!>と。テレビで試合を見ているわが子の画像付きで。

27歳は二重の喜びに浸る。

「うれしいです。女の子なので、(勝利の女神で)勝利を呼び込んでくれたんですかね」

いい光景だった。キックオフ直後の相手ボールのファーストスクラム。サンウルブズが低くまとまって、ジャガーズの押しを耐える。5秒、10秒…。下がらない。スタンドから拍手が自然と巻き起こった。

三上が短く、振り返る。

「最初のスクラムを組んだ時、きょうは“イケる”と思いました」

前週のチーターズ戦はスクラムでやられ、屈辱的な大敗を喫した。最初のヒットで当たり負け、ボールインのプッシュでも、波のような圧力を受けた。だから、チーターズ戦のあと、三上はスクラムでうしろにつくロックの大野均にこう言った。「全然、(重みが)きてないです」と。

前週の試合の反省から、この一週間、FWは「ヒットのはやさ」と「プッシュのタイミング」における意思統一を図ってきた。ともに、はやく、いわば『先手必勝』である。相手のジャガーズはスクラム強国のアルゼンチン代表の選手が数多く並んでいる。おのずと、スクラムの勝負が焦点となる、と踏んでいた。

三上が言う。

「大野さんと話をし、ボールインの時の押し方のタイミングを早めるよう意識し合っていました。相手はスクラムにすごく自信を持っていると思っていたけれど、本音を言うと、(スクラムを)組んだ感じはもっといけそうだった。ヒットがすごくよかった。チーターズ戦で前(相手側)から感じた波をきょうは後ろ(味方)から感じることができました」

ただ前半、スクラムでコラプシング(故意に崩す行為)のペナルティーをふたつ、とられた。1本目は、右プロップの垣永真之介が崩れて無理やり上げたところを押し込まれてしまった。2本目は、三上のトイメンが膝をついて崩れた後、三上が踏ん張って、姿勢を上げたところを押された。

つまり、相手は狡猾だった。そこでハーフタイムで対応策を講じた。「後半、堀江さんに(スクラムで)、相手がそういう組み方をしてくるなら、そのまま崩しちゃおうと。崩しにきたら崩す。もう無理をしなくしたんです」

アルゼンチンのスクラムはフッカーを軸とし、両プロップがやや中央向きに力を結集してくる。そこで、バインドを固め、ヒットで当たり勝てば、相手の結集を弱めさせ、自分たちにとって有利な態勢をつくれるというわけだ。ヒットして、低く組んで、ひざをためる。プロップは胸を張って、いい位置で低い姿勢をとる。

さらに「我慢」である。後半は互角以上にスクラムを組んだ。後半中盤あたりの相手ボールのスクラムでは、サンウルブズが低く組み込んでいたため、相手がフッキングミスを犯し、ボールが両チームの真ん中あたりで止まってしまった。結局、ターンオーバー。

「僕の顔の真下にボールが止まっていた」と三上が述懐する。「もう両方とも我慢比べでした。僕らが低い姿勢を保ち続けて、我慢勝ちしたんです」

さらにはラスト5分頃の自陣でのスクラム。点差は1点リード。相手ボールのスクラムだったが、ここで当たり勝って、相手のコラプシングの反則を奪った。ピンチを脱した。これは大きかった。

三上は青森県出身の東海大学OBである。熊本地震では東海大学の学生も犠牲になった。この日は試合前に地震の犠牲者に黙とうをささげ、左腕に黒いゴムテープの喪章をつけてスクラムを組んだ。  

「僕らは(義援金の)募金に参加することぐらいしかできませんが…。このラグビーの試合を見て、勇気をもらっていただける方がいるかどうかわかりませんが、もし、そうだとしたら、勝ってよかったなと感じます」

地味ながらも、自身の置かれた境遇に最善を尽くすプロップ。ミックスゾーンでのインタビューが終わると、武骨な男は愛妻と生まれたばかりのわが子が待つ病院へ急ぐのだ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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