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堀江主将、勝利の涙とシェービング・セレモニーのワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
チーム練習再開日の2日、ラグビーを謳歌している堀江主将(撮影:齋藤龍太郎)

大相撲の断髪式ならぬ、ラグビーの“断ひげ式”だった。いや、カッコよくいえば、「勝利のシェービング・セレモニー」か。なんのことかといえば、ラグビーのサンウルブズの主将、堀江翔太(パナソニック)が、スーパラグビー初勝利の直後、ロッカールームでひげを剃られて、つるつるピカピカになっていたのである。

GWの2日、東京・辰巳の森海浜公園ラグビー練習場。サンウルブズのチーム練習再開日。いつも泰然自若の堀江主将はやおら、ひげが伸び始めたあごをさわった。「あれ、ひげ剃ったんですか?」と記者から声が飛ぶと、「そうですね」と笑顔を返した。

「早めにやっておかないとね。(伸ばし始めたのは)2月ぐらいからですか。自分の願掛けで(伸ばして)、勝ったら剃ると決めていたんです。みんなにも、“勝ったら全部そるよ”と話をしていたんで。じゃ、せっかくやし、みんなの前でやろうとなって」

かの4月23日のジャガーズ戦(秩父宮)で逆転勝ちすると、ロッカールームで山田章仁選手らチームメイトによって、歓喜に包まれながら、はさみとひげ剃りで、もじゃもじゃに伸びたあごひげ、口ひげがきれいにカット&シェービングされたのである。

「断髪式みたい?」と声がかかれば、堀江主将は「ははは」と笑いながら、「引退ちゃいますよ」とこぼした。そりゃ、そうだ。引退力士とはちがう。まだ30歳。現役バリバリのキャプテンである。剃った時の気分は、と聞かれると、「気分すか」とちょっと考えた。

「ああ、すっきりしたなですよ。久しぶりに、ぜんぶ、つるつるにしたんで。まあ、初勝利というのに意味があるんで。つるつるになって、また、イチから頑張らなあかんなという思いになりました」

ロッカールームでのユニークな勝利のシェービング・セレモニーのあと、堀江主将はじつは、記者が待つミックスゾーンをスキップして、病院に直行していた。右耳がちょっと聞こえなくなっていたからである。試合中、タックルにいった際、相手のひざで右耳を強く打ったそうで、「鼓膜に小さな穴が開いてしまった」と説明した。

「どうすることもできないので。ちょっと聞こえにくいんです。次の試合前に専門的な人に会って、いろいろと聞きたいと思います。コミュニケーションがとりずらいぐらいで、これによって、(プレーが)どうかなるということはないでしょう。手術するかどうかは、これから考えていきます」

堀江主将には聞きたいことがひとつ、あった。記念すべき勝利の際、ノーサイド前からなぜ、泣いていたのか。正直、あの涙には胸を打たれた。なぜ。

「時計を見たら、もうすぐ終わりだったんで…。勝てない時期がずっとあって、大量得点をとられたこともあって…。苦しんだ分、うれしかった。シンプルに勝ってうれしかったんです」

確かにサンウルブズは開幕戦から黒星街道を進んでいた。7連敗だった。勝てないと、チームのムードはどうしても暗くなるものだ。でも、マーク・ハメットヘッドコーチも堀江主将もポジティブさは失わなかった。

「(苦しい時期は)自分がやっていることがあっているのかどうかわかない状態なんです。やりかたを変えたほうがいいのかな、アプローチを変えたほうがいいのか、やっているラグビーが間違っていないのか。いろんな葛藤をしながらも、自分がやっていることを信じ、最後までやりきろうと考えていました。いい勝ちだったじゃないですか。選手ひとりひとりの自信につながるような勝ちだったじゃないですか」

GWの晴れ間がひろがる。ラグビーを謳歌している堀江主将と話をすると、なぜか爽やかな気分になるのである。

記念すべき初勝利からもう、10日ほどが経っている。あごひげがうっすら伸び始めた顔をさすり、30歳は言葉に実感をこめた。

「次は勝っても、(ひげを)伸ばしたいと思うんですけど。毎試合、勝ちたいというモチベーションと、こうテンション上げてやっています。(次も)絶対勝ちたいという気持ちを前面に出してやっていきたい」

次の戦いは、7日のフォース戦(秩父宮)。もう1勝、もう1勝。厳しい戦いはまだまだ、つづくのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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