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【リオ五輪】サクラセブンズ初勝利「かあちゃん、カッコいい!」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
スタンドで懸命に応援する兼松の母と長女

リオデジャネイロ五輪の7人制ラグビー(セブンズ)の女子日本代表『サクラセブンズ』が記念すべき初勝利をあげた。チーム最年長の34歳、”ママさんラガー”の兼松由香もトライをマーク。スタンドの9歳の愛娘の明日香ちゃんは顔をくしゃくしゃにして、こう声を弾ませた。

「かあちゃん、カッコいい!」

9~12位決定予備戦の初戦である。決勝トーナメント進出は逃したけれど、ようやくサクラセブンズがグラウンドで躍動した。残り2分半あたりで兼松が今大会初めて交代で出場し、持ち前の豊富な運動量とひたむきさを発揮した。走って、つないで、走って、フォローした。

終了直前、兼松は山口真理恵からパスをもらい、相手を振り切って、右中間に飛び込んだ。トライしたあと、転んだまま、右こぶしを小さく突き上げるガッツポーズ。試合は、日本が24-0でケニアに完勝した。

スタンド前列に陣取った日本応援団は大喜びで、とくに兼松の66歳の母親と愛娘はおおはしゃぎだった。ふたりとも日本代表の赤色のレプリカジャージを着て、「かあちゃん」と描かれたうちわを打ち鳴らしていた。母親は「もう何も言えません」と涙を流した。

「短い時間だけど、目に焼き付けるプレーをやってくれました。ほんと、うれしいです」

他の日本応援団の人からも祝福攻めにあい、母と明日香ちゃんは抱き合った。小学校3年生の愛娘にとっては、きっと宝物のような夏休みの思い出になるだろう。母親によると、当初はリオまでいく予定ではなかったという。

「由香(兼松)が、ブラジルは危ないから、あの子(明日香ちゃん)には日本で応援してほしいと何度も言っていたんですけど、でも泣きながら、“かあちゃんのオリンピック姿を見たいから行きたい”“いい子にしておくから明日香も連れて行って”と言い張ったんです。だから一緒にブラジルにきました」

5歳からラグビーを始めた兼松は、苛烈なラグビー人生を歩んできた。160センチ、62キロ。小柄なからだを張るから、けがが絶えない。もう、からだはぼろぼろである。ひざの十字じん帯を切断したり、半月板を負傷したりしたこともある。

でも、ラグビーへの情熱は消えなかった。結婚、出産しても、けがしても、からだが元に戻れば、シャニムニ走り続けてきた。時には今は亡き父に支えられ、時には夫や娘から力をもらってきた。なんといっても、家族との「オリンピックにいくから」との約束が兼松の背を押してきた。

けがから治り、ことし6月の豪州遠征から日本代表候補にやっとで復帰した。ついに今回の日本選手団のメンバーに入った。日本選手団の発表の日。兼松はこう、決意を口にしていた。「“お母さんは強いんだ”というところを、プレーで見せたいなと思います」と。

たしかに母は強かった。ひたむきだった。「家族の夢」と表現してきたリオ五輪の晴れ舞台での活躍である。兼松の母親は漏らした。

「オリンピックに連れてきてくれて、ほんと、感謝しています」

サクラセブンズの選手たちがグラウンドから引き揚げる際、兼松も、スタンドの母親も愛娘も互いに手を振り合っていた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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