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挑戦者・隆道の夢とは

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
開幕戦の日野自動車×栗田工業でもからだを張る佐々木隆道(10日・日野グランド)

さあラグビーの新たなシーズンが始まった。元日本代表のフランカー佐々木隆道は新天地、日野自動車のジャージィを着て、チームのためにからだを張った。とても32歳とは思えぬ動き。若返った?と声をかければ、佐々木は「いやいや」と顔をくしゃくしゃにした。

「エナジーがあふれているんですよ。僕にとっては、大きなチャレンジですから」

ますます、いい顔つきになった。優しいガキ大将のような風ぼうと、全身を貫く活力、献身的なプレー。この春、トップリーグのサントリーからトップイースト・リーグの「昇り龍」のごときチームに移籍してきた。「ここには夢しかない」という。

「今まで(のサントリー)は、すべて整っていて、みんなのレベルが高くて、ほんとうに世界を目指してプレーしてきました。ここでは、自分が周りの見本となって、チームみんなを引き上げていくというプロセスを学びにきました。チームがどんどん強くなってきていることを、肌で感じるために、ここにきているのです」

使命感が頭をもたげる。義理と人情を大事にする正義漢のコトバが熱を帯びる。

「これから強くなって、会社もどんどんバックアップしてくれれば…。ほんとうに日本一のクラブになれますし、このチームから世界に出ていける選手が出てくるはずなんです。自分がそんなチームを一緒につくれるという楽しみと、自分もそこで成長できるという喜びと。そんないいチャンスがあるのに、もう(勧誘を)断る理由はないでしょ」

日野自動車には、昨季まで早大の尊敬する先輩の山下大悟さん(現早大監督)が所属していた。どうしても比較されがちだけれども、「僕は僕だし、一緒ではないと思っていますから」と笑顔で漏らす。

「僕は、あんなにカリスマ性はないと思っていますから。僕はみんなと一緒に成長していきたい。自分が一番、ハードワークして、こんなにみんなやっているんだよ、とまず見せて、一緒に強くなっていきたいんです」

つまりは率先垂範。その精神は、10日のホームグランドでの開幕戦でも垣間見ることができた。声でチームを鼓舞する。地味なプレーながらも、鋭いタックルで栗田工業を倒す。ブレイクダウンでファイトする。要所で突破。最後のピンチの場面では、猛烈な戻りからの得意のジャッカル(密集で相手のボールを奪取する)でペナルティーをもぎとった。

試合は、27-20で勝った。でも、序盤で20点を先行しながら、一度は同点に追いつかれた。若さゆえのもろさが見えた。「(自分は)最低限の仕事はしましたけど」と言いながら、チームの課題も口にした。

「この気候。ボールが滑るというコンディションの中でももうちょっと正確なプレーをしないといけない。個々のポテンシャルは高いので、あとはチームとしてどう精度を高めていくのか。ディシプリン(規律)も大事。無駄なペナルティーはしない。そのあたりが勝ち負けを分けていくことになります」

相変わらずだ。ファンを大事にする。試合後は子ども目線にしゃがんで、サインを求めて走ってきた子どもたちのシャツの胸に気軽に笑顔でサインペンを走らせていた。

いつも本気。全力投球。どちらかといえば、生き方は不器用かもしれない。あれもこれもは無理なのだ。大阪の啓光学園高(現・常翔啓光学園高)から早大、サントリーといずれも日本一を経験した。

「1試合、1試合、ほんと人生がかかっているので…。ここで結果を出さないと終わりだと思っています。もう退路は断ってきています。ここで何が何でも結果を残すという強い思いを持っていないと、やっぱりみんなもついてきてくれないでしょ」

もちろん、ミッションはチームのトップリーグ昇格である。チーム目標はまず、トップ・チャレンジリーグへの進出である。個人としてのターゲットは、将来の指導者の道を含め、世のため、人のため、という思いがある。

「ラグビー部の社内(日野自動車)での価値とか、社会での価値とかを、どんどん高めていかないといけないでしょう。僕は、ラグビーを通して、もっと社会に貢献していけると思っているんです」

ラグビーに生きてきた佐々木は、ラグビーという競技の特性をよく知っている。ラグビーをラブしている。

「ラグビーって、人生のすべてが詰まったようなスポーツじゃないですか。ぼくはそう、信じています。僕は、ラグビーをやったことのない人とか、まだラグビーに触れたことのない人たちまで、ラグビーを知ってもらって、ラグビーを通じて、心を豊かにしてほしんです。ラグビーを、メンタリティが少しでもよくなるツールにしたいんです」

ラグビーを通した地域貢献、社会貢献。チームの強さはすなわち、人間力である。ラグビーに生きる。「タカミチ」の新たなチャレンジが始まった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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