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若者がラグビー王国の留学で得たものとは

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
写真はイメージ:両国の架け橋のごとき、NZ南島にかかる虹(写真:アフロ)

気のせいかな、あどけなさの残る顔がたくましく変わっていた。「ラグビー王国」のニュージーランド政府主催の教育事業、「ゲーム・オン・イングリッシュ」に参加した高校生ラガーの帰国報告会。男子の関東高校スーパーリーグ選抜チームの主将を務めた中野陽介くん(群馬・明和県央高2年)は「最高の夏でした」と言った。

「すごく楽しくて…。初めての経験が多くて、いろいろと学ぶことができました。ラグビーも英語も少し、成長することができたと思います」

英語学習とスポーツトレーニングを合体させた留学プログラムで、ことしは3年目となる。関東高校スーパーリーグから12人、全国の女子ラグビーの選抜チーム12人の高校生が、7月から8月にかけて約3週間、ニュージーランドの家庭にホームステイし、ラグビー、英語、そしてニュージーランドの文化を学んだ。ああ羨ましい…。なんともぜいたくなプログラムである。

報告会は14日、東京・渋谷のニュージーランド大使公邸で開かれた。男子が12人全員、女子は関東近辺の6人の高校生が出席した。ニュージーランド大使館のスティーブン・ペイトン大使ほか、日本ラグビー協会、スポーツ庁、スポンサー関係者も参加した。報告会の最後は男子高校生によるニュージーランドの民族舞踊「ハカ」も披露され、会場を沸かせた。

男子は、ハミルトンなどに滞在し、ニュージーランドの強豪ハミルトン・ボーイズクラブなどと一緒に練習をした。からだのサイズも、パワーもけた違いだった。でも、中野くんが日本とニュージーランドの違いを感じたのは、何よりラグビーに取り組む姿勢だった。

「日本と違ったのは、自分たちでラグビーをしているな、ということでした。だれかにやらされているといったところがまったくなくて、自らの意志でラグビーを楽しんでいる姿勢がすごく強いなと感じました」

ラグビースキルも同じ高校生とは思えなかった。一緒に練習したのは、そのクラブのトップチームだった。

「ファーストフィフティーン(トップ15)の選手たちは、自分から積極的にしゃべる人が多くて…。初めて会った自分に対しても、気さくに話しかけてきてくれました。なんというか、コミュニケーション能力の高い選手が多かったんです」

ニュージーランドの選手はプレーもアグレッシブだった。フランカーの中野くんは額に汗を浮かべ、言葉に力をこめた。

「ボールも積極的にどんどんもらいにいくんです。ニュージーランドの選手はとにかく、ボールをほしい、ほしいというアピールが強くて…。ぼくもその姿勢をマネして、ボールをもっともらいにいこうと思いました」

ところで、英語のほうはどうだったのか。だいたい午前中は英語の勉強、午後がラグビーの練習となっていた。ホームステイはひとりずつ、それぞれ違う家庭に世話になった。

「(英語力は)だいぶ、変わりました。最初は、英語を聞いても、何を言っているのかさっぱりの状態だったんですけど、やっぱり2週間ぐらいしてくると、言葉の意味も分かってきました。どういう風に話をしたらいいのかもわかってきて、ホストファミリーとの日常会話を楽しむことができるようにもなりました。そこは上達したのかなと思います」

なんといっても、英語に対する意識が変わった。英語検定試験を受けたくなった。帰国した後、家での母との会話で、つい「イエス」と英語で答えて驚かれたこともある。

「とにかく、向こうに行って、書くことより、英語を話すことが、すごく大事なんだなと感じました。これからは、国際社会で通用するぐらいの英語能力を身に付けたいなと思っています」

では、ニュージーランド短期留学の生活を英語の単語で表現すれば?

「グッド!」

“グレイト”、あるいは“ベター”、“ベスト”はこれからということか。中野くんにとって、17歳の夏は最高の思い出となるだろう。じつは、南半球のニュージーランドの季節は冬である。そういえば、と笑い出した。

「肌が白くて、友達にすごくびっくりされました。(帰国直後)日本の暑さに慣れなくて、最初はすごく苦しかったです」

報告会のあとの懇親会では、エビの天ぷら、ミートパイをほおばった。このあたりは、ふつうの高校生ラガー。ラグビー王国の最高の研修プログラムを体験した若者が、これからどう成長していくのか。

2019年にはラグビーのワールドカップが日本で開催される。2020年には7人制ラグビーも実施される東京オリンピック・パラリンピックが開かれる。

「少しは意識しています。でも、その前に、目標は、花園(全国高校大会)ベスト8です。ニュージーランドの経験を生かして、がんばりたいと思います」

こういった教育プログラムはありがたい。若者の飛躍のきっかけとなる。国際交流の道筋がみえてくる機会ともなる。兎にも角にも若者の夢は無限大なのだ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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