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中田久美新監督「日の丸のプライド」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
代表監督就任会見で「覚悟」を語った中田久美新監督(写真:伊藤真吾/アフロ)

日の丸を背負う責任感だろう。バレーボールの全日本女子の新監督に内定した中田久美さんは少し緊張気味だった。全日本のセッターとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた51歳の勝負師は「わたしのバレーボール人生の最後…を、東京(オリンピック)にかけたいと思います」と言い切った。

「正直、不思議感はあります。(監督就任は)何か意味があるのかもしれない。ただ、みなさんの期待に応えられるように頑張るだけです。やっぱり(五輪では)金メダルから始まった競技なので、それも東京五輪から始まっているので…。そういう伝統と歴史のある競技だけに、責任を感じています」

満を持しての登板という印象を受ける。史上最年少の15歳で全日本入り。銅メダルだった1984年ロサンゼルス五輪から3大会連続で五輪に出場し、強気のプレーでチームをリードした。取材していて、いつも、勝負魂には鬼気迫るものがあった。

「わたしが監督になったら、スパルタじゃないかとか、鬼だとか、いろいろなことを言われますけど…」と漏らし、少し笑いながらつづけた。

「それ(厳しさ)も使いますし、逆に選手に丁寧に寄り添って、いろんな話をすることもあるでしょう。オリンピックの大変さ、プレッシャー、マスコミの対応など経験してきていますので…。やっぱり一緒に戦っていけるのが女性(監督)の強みだと思います」

どうしても中田さんには厳しいイメージがつきまとう。「鬼ですか?」と聞けば、「どうなんでしょう。何が鬼なのか」とまた笑った。あえていえば、愛情に満ちた鬼か。

「結局、やるのは選手なので。アスリートって何回も心が折れるもんだと思うんです。でも、そういう経験をしながら、前に進んでいかないといけない。選手が立ち止まりそうになったり、あきらめそうになったりとか、そういう時、わたしが彼女たちに何をしてあげられるのかというのが大事だと思います。まあ、強引に引き上げることもあるだろうし、後ろで支えることもあるだろうし…。選手たちのSOSなどを見逃さないようにやっていくべきなのかなとは思います」

2012年から久光製薬の指揮をとり、プレミアリーグを3度、全日本選手権は4度制した。指導者としても、カリスマである。だからだろう、女子は監督候補者選考委員会が5人を推薦したが、中田さん以外の候補は辞退した。囲み取材で、その点に触れると、中田さんは「へえ~と思いました」と、苦笑いを浮かべた。

女性の代表監督は1982年の生沼スミエさん以来、2人目となる。東京五輪で指揮をとれば初の五輪女性監督となる。身長176センチ。黒っぽい細身のパンツスーツに黒色のハイヒール。すらりと立ち姿が実にいい。「女性指導者の強みを最大限に生かして、少しでもいい色のメダルを獲得すべくがんばりたい」と言葉に力をこめた。

では、女性指導者の強みと弱みとは。

「強みも弱みも(選手との)距離感だと思います。やはり、入り込もうと思えばいくらでも入れるし、逃げ道をふさごうと思えば、いくらでもふさげる。なので、選手がどういう長所を持っていて、どういう考えを持って戦おうとしているのか、個別にコミュニケーションをとりながら、その選手のいいところ、あるいは日の丸を背負う責任だとか、自覚だとか、そういうものをちゃんと伝えていかないといけないと思っています」

当然、もうチーム作りの構想はできあがっているはずだ。全日本女子は2012年ロンドン五輪で銅メダルを獲得したが、ことしのリオ五輪ではベスト8にとどまった。「具体的な強化方法は?」と聞かれると、「具体的にはお答えすることはできませんが」と言った。

「なぜリオのオリンピックで結果が出せなかったのか、まず検証と分析が必要でしょう。前監督(眞鍋政義氏)がやってこられたことは方向性としては間違っていないと思うんです。そこに何を付け加えるのがメダルへの近道なのかを、これから詰めていきたいと思っています」

選手選考も、スタッフ編成も、これからである。主将を務めた木村沙織(東レ)は今季限りで引退を表明した。世代交代が急務で、「客観的にみても、非常に厳しい状態だとわかっているからこそ、わたしがやらないといけないんじゃないかと思いました」という。

コーチングスタッフに関しては、なるべく最小限の人数で収めようかなと思っているそうだ。なぜ。

「責任が分散する可能性があるので。選手の混乱を招かないためです」

中田さんは、世界的名将として知られた故・山田重雄さんの薫陶をうけた。

山田さんから学んだもので、選手に伝えたいものは? と聞いた。「う~ん。何だろう」としばし考え込んだ。

「やっぱり日の丸へのプライドですね。あとは自分の人生は自分で切りひらくという自立する気持ちです。それは選手たちに伝えていきたいと思います」

選手に求めるものは、何より「責任」「覚悟」「自覚」「やる気」である。

中田色とは。

「(全日本を)戦う集団にするだけです。わたし、あまりちゃらちゃらしているのは好きじゃないので。やっぱり、挑戦するという彼女たちの生き様とかを表現できればいいのかな、と思います。イメージ的には、最後、勝ち切れるチーム作りをしたいです」

あえて色に例えれば、情熱の「赤色」という。全日本女子の『火の鳥NIPPON』の炎をも連想させる。本格始動は来年5月。日の丸のプライドのかたまり、中田新監督の東京五輪のメダルに向けた戦いがはじまる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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