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秩父宮が沸いた理由とは

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
パブリックビューイング前のトークショー(11月12日・秩父宮)

幸せな光景だった。秋の夜空に「ニッポン・コール」が飛び交う。大型の電光掲示板には、勝利を喜ぶ新生・日本代表の姿が映し出されていた。日本から約8千キロ離れたジョージアの首都トビリシのスタジアムと、東京・秩父宮ラグビー場のスタンドがひとつになっていた。

12日の日本代表×ジョージアのパブリックビューイングである。スタンドには約1千人のファンがきてくれた。試合は、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)率いる日本代表が28-22で逆転勝ちした。同HCにとっては就任2戦目での初白星。

日本ラグビーの至宝、98キャップ(日本代表戦の出場試合数)の大野均(東芝)は初めてのパブリックビューイング体験だった。「すごく盛り上がりましたね」と喜んだ。

「個人個人でいろんな見方があって、(スタンドでは)いろんな声が聞こえてきました。初めての(ラグビー観戦の)方には、周りがいろいろと説明したりして、雰囲気が、すごくあったかいなと感じました」

昨年のワールドカップ(W杯)のパブリックビューイングのとき、大野は英国の試合会場のグラウンドに立っていた。38歳の顔にはファンへの「感謝」が刻まれている。

「あのとき、日本でのパブリックビューイングの情報が入ってきていて、それが自分たちの背中を押してくれたのです。きょう、これだけ集まってくれたのも、ジョージアで戦うみんなにも必ず伝わるはずです」

どうしたって、日本代表の勝利がうれしいじゃないの。大野は「とくにディフェンスがよかった」と漏らした。

「システムもそうですけど、(選手の)気持ちが見えましたよね」

こんかいのパブリックビューイングは日本ラグビーフットボール選手会が提案し、これに日本ラグビーフットボール協会がこたえた。キックオフが日本時間午後8時とあって、日本協会はカイロやポンチョを配布するなど、万全の「防寒対策」をひいた。それほど寒くはなかったけれど、豚汁や熱燗の日本酒などを出す売店も開いた。

試合前には、ロック大野ほか、プロップ瀧澤直(NEC)、フランカー金正奎(NTTコミュニケーションズ)、フッカー立川直道(クボタ)、CTB牧田亘(リコー)らトップリーグを代表する5選手によるトークショーも開かれた。試合の見どころや注目選手を独自の視点で紹介し、やんやの喝采を集めていた。

ちなみに勝負のポイントは次の通りだった。

「ラインアウトの獲得率」(大野均)

「スクラム」(瀧澤直)

「ブレイクダウン」(立川直道)

「組織ディフェンス」(牧田亘)

「1対1の接点」(金正奎)

金正奎は、大学の後輩で、この試合初キャップとなる布巻峻介(パナソニック)を注目選手に挙げ、「持ち前の低いプレーと粘り強さを発揮して、接点でがんばってくれるでしょう」とエールを送っていた。

日本代表のスローガンが『ワン・チーム』である。牧田は「チームが一体となっているように見える。苦しい時間帯が必ず来ると思うんですけど、みんながチームのためにきついことができるか、正しい判断ができるかかでしょう。ぼくたちも一緒に“ワン・チーム”となって応援しましょう」と訴えた。

話題がユニークな髪型に振られると、瀧澤直は「何度も言っているんですけども、これは地毛です。ナチュラルです」と向きになって、ファンの笑いを誘った。

立川直道は先のアルゼンチン戦のあと、弟で、この試合のキャプテンのCTB立川理道(クボタ)の家族と一緒に食事をしたことを披露。

「遠征が長期であるので、最後に別れるとき、(弟の)娘が号泣していて…。はたからみて、ぼくももらい泣きしました」としみじみと話していた。

ラグビー選手は心根がやさしい。ラグビーファンもありがたい。一緒になって、寒いラグビー場のスタンドで遠くのジョージアの日本代表選手に対して声を枯らした。ほんとうの試合同様、スクラムを組む時には「ニッポン・コール」も沸き上がった。

2019年にはラグビーワールドカップが日本にやってくる。こういった一体となった地道な努力がラグビー人気を盛り上げる力となるのだろう。試合前のトークショーの最後、大野はこう締めくくっていた。

「日本ラグビーを取り巻く環境というのを、みなさんと一緒になって大きくしていきたいと思います。我々も頑張ります。きょうは熱い応援をジョージアに届けましょう」

試合後の『グリーティングタイム』。大野ら選手たちは、ファンと握手や記念撮影に応じた。心を込めて。トップリーグの選手やファンにとって、たぶん、忘れがたい秋の一夜になるのだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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