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早明戦でいぶし銀の輝き放ったワセダ第一列

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
スクラムでメイジを押し込むワセダ(12月4日・撮影:齋藤龍太郎)

ふだんの努力の象徴、スクラムの勝利である。伝統の早明戦。耳がつぶれたワセダのフロントロー陣ががんばった。24-22。結束と忍耐力が2点差となった。

「1年間、やってきたことを出しただけです」。胸に金メダルのようなメダルをぶらさげた117キロの右プロップ、背番号3の千葉太一がぎこちない笑顔でぼそっと漏らす。この試合の「マン・オブ・ザ・マッチ」をもらった教育学部4年の苦労人。「自分たちのやることを徹底してやりました」と謙虚なコトバをつづける。

「8人でまとまって低く組むという、ヤマハさんのスタイルをずっと繰り返してやってきました。すぐ、自分たちのカタチをつくれるよう、意識しました」

トップリーグで全勝街道をはしる「ヤマハ・スタイル」とは、8人の結束、低さ、組む姿勢にある。帝京大に大敗したあと、ワセダはヤマハに出げいこにいっている。そこで日本代表の臨時コーチともなった長谷川慎コーチの丁寧な指導をうけた。

変化は、組む前の構えのときの姿勢だろう。この日の早明戦。メイジは相対的に高く構えて低く組んだ。ワセダは低く構えて低く組み込んだ。この違いはおおきい。ヒットの瞬間、うしろ5人のウエイトがより前にのる。

フロントローの場合、ふだんの練習の過酷さは耳をみればだいたいわかる。千葉の右耳は赤く大きくはれあがっている。いわゆる「ぎょうざ耳」。

「帝京戦あたりから、どんどん大きくなって、自分で制御できないくらいになってしまいました。どんな相手にも長い時間、組むことを練習してきた1年です。我慢する忍耐力というか、態勢がもう、ついちゃいました」

早明戦も様変わりした。いまや「展開のメイジ、FWのワセダ」みたいな印象がある。この日、メイジは開始直後、展開、展開で攻めてきた。ワセダが必死のディフェンスでしのぐ。ミスのあとのリアクションで後手を踏む。前半20分、PGを蹴り込まれ、10点を先行された。

流れを変えたのは、そのあとの1本のスクラムだった。中央ライン付近の右のスクラム。メイジボールのそれをワンプッシュし、コラプシング(意図的に崩す行為)の反則をもらい、タッチキックで前進。ラインアウトからのサインプレーでワセダのWTB本田宗詩が右中間にとびこんだ。

前半30分ぐらいにも中盤でのメイジボールのスクラムでコラプシングを奪い、同じようにタッチキックで前進。ラインアウトから攻め込んでPKをもらって、SH齋藤直人が同点PGを蹴り込んだ。

ハイライトの「ST(スクラムトライ)ショー」は後半序盤だった。メイジゴール前でPKをもらうと、スクラムを選択した。スクラムを押すとみせて、ナンバー8佐藤真吾が右サイドをつく。届かない。その直後のスクラムでじりじり押して、コラプシングの反則をゲット。もう一回、スクラム。これを8人結束で押し込んでまたもコラプシング、ついに認定トライをもぎとった。

ゴールも決まって、17-10。ワセダフッカーの貝塚隼一郎は、額から吹き出す汗を白いタオルでぬぐいながら、「非常に感極まるものがありました」と漏らした。

「いままで積み上げてきたものが、しっかりとスコアという形になって実ったからです。ヒットが互角でも、相手より低い姿勢をとるということを、試合を通じてできたのがよかったと思います」

貝塚はじつは政治経済学部の“5年生”。頭がいいのだ。大学とラグビーが好きなのだ。春はもうラグビーをするつもりはなかったけれど、7月にラグビー部に請われて、部に戻った。「練習の虫」との評価がたかい。ことしのスクラムの躍進とフッカー貝塚の復帰は無縁ではあるまい。

貝塚は卒業後、トヨタ自動車に進む予定。スクラムの変化を聞けば、「バインドのときの姿勢がよくなりました」と説明してくれた。

詳しくは企業ヒミツだが、要は8人がヒットした瞬間、押せる姿勢になっているかどうかである。レフリーのコールの「クラウチ」「バインド」「セット」に合わせて、ヒットした瞬間に8人でぐいと前に数センチ出る。

もちろん、スクラム躍進の因は伊藤雄大スクラムコーチの指導力に負うところ大である。フルタイムコーチとして情熱を注ぎこむ。「勝敗を左右するスクラム」づくりに精進する。この日の目標が、なんと、「スクラムから2つ、トライをとること」だった。豪気である。

勝因を問えば、伊藤コーチは笑いをかみ殺しながら、こう言った。

「メイジがワセダのスクラムから逃げないで、がっつり組んでくれたからです」

試合後、メイジの丹羽政彦監督が指摘した通り、スクラムに関し、たしかに微妙な判定はいくつかあった。だが、組んだ瞬間、ワセダが有利な態勢になっていた。メイジには申し訳ないが、それで崩れると、どうしても不利な態勢のメイジにレフリーが反則の笛を吹きがちになる。

さらにいえば、レフリーとのコミュニケーションにおいて、ワセダがまさっていたように映った。

やはり1923年に始まった早明戦っていいものだ。スタンドは満杯(公式発表は2万1916人)になり、学生たちの「気」がぶつかりあう。両チームの選手が全身全霊を傾ける。気負ってのハンドリングミスや興奮ゆえの判断ミスもあるけれど、若者特有の情熱が満ちあふれている。

こいつは別ものなのだ。試合は、後半33分、ワセダが波状攻撃をしかけた。ラックサイドを3番の千葉が相手2人をひきずり、前に出る。ラック。左へ。最後はタテに切り込んできた1年生CTBの中野将伍が中央に飛び込んだ。サイズが186センチ、100キロ。すぐにでもジャパンにいれてくれまいか。

24-22でロスタイムは1分だった。残り3分あたりで、ワセダは自陣にいながら、FWがラックサイドを攻め続け、ボールをキープして時間を消しにかかった。彼我のFW力をみれば、これはアブナイ。

案の定、反則をとられて、メイジのPKとなった。位置からして、逆転PGを狙うのが定石だった。だが、メイジは強硬策に出た。トライにこだわった。これもメイジの意地、若さゆえのチャレンジだったのだろう。

メイジのフランカー桶谷宗汰主将が阿修羅のごとき形相で突っ込んだ。ワセダFWがこれにむしゃぶりついた。これでもか、これでもか、とメイジFWはサイドを突いてくる。ワセダも下、上に突き刺さり、突進を阻んだ。

このシーン、ワセダの主将のロック桑野詠真はこう、振り返った。

「やっぱりトライラインが近かったし、メイジは絶対、FWでこだわってくると思っていました。絶対、FWで止めなければならないと頭にありました。もう必死でした。そう必死でした」

時間は「42分」だった。ここで、うまかったのは、ロックの桑野主将、ナンバー8佐藤である。突っ込んできたメイジのボールを抱えるようにして相手のからだを倒させなかった。ラックにさせない。「モール!」。平林泰三レフリーのコールがとんだ。

そのまま両チームFWのかたまりが止まった。「パイルアップ」。つまり両チームの選手が重なり合って、もうボールが出ない状態となった。ボールを持ち込んだチームの相手ボールとなる。ワセダボール。

平林レフリーがノーサイドの笛を吹いた。激闘が終わった。ワセダだけでなく、敗れたメイジもまた、称賛に価すると思う。ワセダの山下大悟監督が会見で開口一番、こう息を吐きだしながら漏らした。

「伝統の一戦らしい、早明戦らしい、いい試合ができました」

この日、山下監督が選手たちに提示したチームテーマは『克』だった。己に克つの克である。ひと呼吸をおいて、こうつづけた。

「メイジの選手ががむしゃらにくるのはわかっていたので、ひかずにタックルだと言って送り出しました。ディフェンス、ブレイクダウンのところでもアグレッシブにいこうと。それを選手が80分間、やってくれた結果が2点差だったんじゃないでしょうか。非常に満足しています」

ことし、ワセダはラグビーの王道をあゆむ。王道とは、山下監督の言葉を借りると、「スクラム」「ブレイクダウン」「チームディフェンス」の3つである。とくにスクラム。山下監督はこう、説明した。

「スクラムはチームの精神的支柱です」

この日の左プロップ、1番は鶴川達彦である。文化構想学部の3年生。高校時代はSOやFBでプレーし、ワセダに入っては2年夏にCTBからナンバー8に転向、3年になってプロップに変わった。背番号の変遷をみると、「15」から「12」「10」「8」「1」。過酷なラグビー人生がわかる。

鶴川の耳もまた、ことしのシーズンにはいってつぶれた。おそるおそる聞いてみた。「プロップってオモロイですか?」と。

「はい。おもしろいです。スクラムを押せたとき、楽しいです」

体重がことし3月から14キロも増えて110キロになった。頭には『打倒!帝京』。だから体重も113キロが目標である。

「帝京の体格だと、身長181センチは113キロなんです」

この数字の根拠の是非はわからない。でも執念を感じる。三者三様。ことしのワセダのフロント―陣はいいオトコがそろっている。

スポットライトは先発メンバーに5人もならんだ大物ルーキーが浴びる。でも、地味なスクラムを引っ張るのはこの苦労人トリオなのだ。これぞ、いぶし銀のかがやき。

正直にいえば、王者帝京大とのチーム力の差は依然、おおきい。でも学生ラグビーの伸びしろもまた、おおきい。自分たちを信じることができれば、一気に化ける。伝統の早慶戦、早明戦をしのいだ意味はおおきい。

主将の桑野は言った。彼の耳もまた、つぶれている。

「スクラム、チームディフェンス、ブレイクダウン。大学選手権に向け、自分たちの強みにフォーカスして、しっかり準備していきたいと思います」

実力において帝京大の後塵を拝している早明両校の定期戦の価値をヤユするライターもたまにいる。でも早明戦は早明戦である。その時その時、一瞬一瞬、学生たちは必死にプレーする。からだを張る。

だから、早明戦は学生たちの成長を促し、若者の可能性を示してくれるのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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