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海外で優秀人材を定着化させる人材マネジメント 〜ベトナム企業の取材からわかったこと〜 連載(2)

三城雄児治療家 ビジネスブレークスルー大学准教授 JIN-G創業者
世界のどこにいっても優秀人材と一緒に仕事ができるリーダーになろう(写真:アフロ)

海外で優秀人材を定着化させる人材マネジメント 〜ベトナム企業の取材からわかったこと〜 と題して、連載第2回である今回は「ルールよりもマナーでマネジメントしている」というテーマについて、深堀りしていきたいと思います。

<ルールマネジメントとマナーマネジメントの違いは何か?>

「マネジメント」というと、日本語訳が「管理」なので、上から目線で、人を従わせるという印象が強くなりがちです。私は、ビジネス社会における「マネジメント」という言葉は、「管理」ではなく「経営」や「運営」と訳した方が良いと考えています。

世の中には、ルールマネジメントとマナーマネジメトという2つのマネジメントスタイルがあります。では、「ルールによる経営」と「マナーによる経営」では何が違うのでしょうか?

'''■ルールマネジメント

・規則で人を動かす

・アメとムチ

・権限(小)=責任(小)

・外発的動機づけ

・マニュアルが大事

■マナーマネジメント

・考え方で人が動く

・目的と自律性

・権限(大)=責任(大)

・内発的動機づけ

・日常のコミュニケーションが大事'''

上記をみてください。ルールマネジメントでは、規則で人を動かします。私は鉄道業の人事制度構築をしたことがありましたが、鉄道の運転手の評価基準はまさにこのルールマネジメントに基づいて設計されています。規則をしっかりと守って活動することで、安全性の高い運行が確保されるからです。この場合、ルールを守らないと一定の処罰が与えられます。

一方で、マナーマネジメントでは、考え方によって人が動きます。同じ鉄道業でも、旅行企画をやっている企画担当者には、細かい規則はありません。そこには「お客さまにとっての一生の思い出をつくる」といった考え方だけが示されていて、一人ひとりの担当者がお客さまの目的にあったサービスを自主的に企画提案しています。

ここで大事なのは、2方向のマネジメントスタイルがあるということであり、それぞれが一人ひとりの社員の仕事に対する考え方に、違ったメッセージを与えるということです。

ルールマネジメントの場合には、一人ひとりの社員は、外からの刺激によって、モチベーション(動機づけ)が変わります。一方で、マナーマネジメントの場合には、それぞれの社員が持つ心の中の考え方によって、モチベーションが変わります。人間にとって、これらの2つを同時に両立させるのは難しいことです。つまり、ルールで縛りつけておいて、自分なりの提案を持ってこいというのは、マネジメントとしては厳しい要求だということです。

組織というのは、人の集まりであり、一人ひとりの心の持ち様によって、組織というのは大きく変化をしていきます。今回は、この一人ひとりの心の持ち様を、ルールとマナーを使いわけながら「マネジメント」、つまり、「経営」「運営」している事例をご紹介していきたいと思います。

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ベトナム企業インタビューより(聞き手:JIN-G佐々木)

CTY TNHH MUGEGAWA SEIKO (VIETNAM)

前川 元秀 社長

── 会社の紹介をお願いします。

前川 弊社は、「確かなクオリティを世界へ」を理念に掲げ、鉄やアルミ等の精密部品、プラスチック製品を製造しています。2010年にホーチミン市ビンタン区内のビンロック工業団地に進出し、2011年にライセンスを取得してから本格的に稼働しています。はじめは10名からのスタートでしたが、今は2014年に増設した第二工場の現場のスタッフも合わせて140名で2つの工場の運営をしています。

── 離職率は数%だと伺っています。大事にしていることを教えてください。

前川 まず、個人面談と現場主義がポイントだと思っています。採用面接はすべて私が自ら行っています。5名求人時で200名くらい応募があるので、かれこれ実習生も合わせると2000名は面接をしてきました。一人に30分時間をかけ、入社の志望理由や、転職の場合はその理由を聞きます。採用基準では技術や能力、学歴は一切求めず、「どれだけ必死か」という感覚の部分を大切にしています。ただ、面接後すぐ試用期間からの正社員契約は結ばず、まずは一ヶ月のアルバイト契約を結んでいます。その一ヶ月の間は、現場の人間に任せます。私は、その周囲の人間から評価を聞きます。全ては現場が中心だという考え方を信念として大切にしているため、私の考えではなく、現場がどう感じているかを大事にしています。アルバイトを経て、工場長と、その部署のリーダー、そして自分の3人で話して決定をし、7割くらいはそのまま雇用契約を結びます。毎月給与面談を行っていますが、これも私が自ら行っています。お互いが納得いくまで話し合い、なぜこの給与なのか、会社の売上状況と、各個人の頑張りをデータを用いて見える化して説明しています。その際、まわりの人間で頑張っている人は誰かを合わせて聞くことで、現場の声も拾っています。

── ルールブックもあるそうですが、それだけでなく、考え方を伝えることを大切にしているとか。

前川 教育にも力を入れています。アルバイトの一ヶ月も含め、徹底的に面倒をみます。挨拶の仕方や遅刻に対する考え方、勝手なことをしないかどうかなどの考え方の基本から、現場で技術を身につけるなどの実践面まで全てです。そもそも、採用面接の時点から教育しています。面接中に肘を机の上に出して顎を支える人が6割がたいますが、すぐに注意します。また、会社の理念や目標としていることを、いつも声に出して伝えています。週に一度の全体朝礼や、各部署での朝礼夕礼ではもちろん、現場をまわって気になることがあればすぐ伝えます。その際は、なぜダメなのかを都度説明し、加えて、よかった点も伝えます。言葉で伝わらない場合は紙に書いたりもします。根気がいりますが、伝え続けることが大事だと思っています。工場長やリーダーは、すでにその考え方をよく理解できているので、彼らからも他の社員へ伝えられています。

前川 考え方だけでなく、技術も身につくよう仕組みをつくっています。初心者も受け入れていますが、問題なく全員力をつけていきます。現場では、一つの部署だけでなく、プラスチック・機械・検査室のすべてを経験できるようローテーションを組んでいるので、飽きることもないようにしています。また、リーダーになれば最初の三ヶ月は日本で研修を受けることができるようにしています。その際、必ず、新しい仕事を3つくらい覚えて、それを現場に持ち帰って教えるということをしているので、現場で教えあう文化もできています。

── 最後に、前川社長の考えるマネジメントにおける信念は何ですか?

前川 社員の成長を後押しし、各自の可能性を引き出すのが会社のすべきことだという考え方が私の持つ信念の一つです。伝え続けることと、いかに社長の背中を見せられるかということが大切です。教育は時間がかかりますがその時間を惜しまず、コミュニケーションをとり続けていく姿勢は変えたくないです。会社として掲げている「確かなクオリティを世界へ」の実現のため、今はまだ日本本社の存在が大きいですが、将来的にはベトナムを拠点として何かできないかと考えています。そのためには社員一人一人の成長が不可欠です。そして、私自身が成長し続けることが、社員一人一人の意識を変えていくことにつながると信じています。

以上

前川社長のインタビューはいかがでしたでしょうか?

解説の必要がないくらい「考え方」を日常的に社員に伝えていることがわかりました。

ルールでマネジメントを行うだけだと、次のような問題がおこります。

1 やらされ感を感じながら、ルールに沿ったことしかしなくなる

2 自分で考えることをしなくなり、受け身の姿勢になる

3 納得感がないので不満が募る

一方で、

マナーでマネジメントをすると、次のような効果があります。

1 考え方が浸透していくと、現場が現場を教える雰囲気がつくられる

2 目指す方向性がわかるので、一人ひとりが自律的に行動する

3 全員が1つの方向に向かって納得感を持って仕事をしているので、

「不満」という形ではなく、「提案」という形で意見がでてくる

武芸川精工の例をみても、設立初期からのメンバーである工場長やリーダーたちは、当時から前川社長の考え方を理解して、今では自律して現場をとりまとめているようでした。(佐々木)

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上記の佐々木によるインタビューでもわかるように、マナーマネジメントによって、社員の自律度は確実に高まっているようです。

次回は、別の視点で、海外で優秀社員を定着化させるマネジメントを紹介して参ります。

(つづく)

治療家 ビジネスブレークスルー大学准教授 JIN-G創業者

早稲田大学政治経済学部卒業。銀行員、ベンチャー企業、コンサルファームを経て、JIN-G Groupを創業。グループ3社の経営をしながら、ビジネス・ブレークスルー大学准教授、タイ古式ヨガマッサージセラピストの活動に取組む。また、会社員としてコンサルファームのディレクターとしても活動し、新しい時代の働き方を自ら実践し、お客さまや学生に向け、組織変容や自己変容の支援をしている。組織/個人に対して、治療家として、東洋伝統医療の技能を活用。著書に「21世紀を勝ち抜く決め手 グローバル人材マネジメント」(日経BP社)「リーダーに強さはいらないーフォロワーを育て最高のチームをつくる」(あさ出版)がある。

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