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海外で優秀人材を定着化させる人材マネジメント 〜ベトナム企業の取材からわかったこと〜 連載(3)

三城雄児治療家 ビジネスブレークスルー大学准教授 JIN-G創業者
世界のどこにいっても優秀人材と一緒に仕事ができるリーダーになろう(写真:アフロ)

第1回と第2回の記事はいかがでしたでしょうか?

今回、連載3回目は、非金銭報酬の活用の話をしたいと思います。

優秀人材の定着化がうまくいっている企業を取材していると、どうも金銭報酬よりも非金銭報酬の使い方がうまいなと感じます。非金銭報酬とは、お金以外で従業員に報いるということです。例えば、賞賛とか、職場環境とか、様々な非金銭要素が、従業員の定着化に影響しているのです。今回は、非金銭報酬を含めた報酬設計であるトータルリワードという概念と、日本ではまだ馴染みの少ない「エンプロイー・エンゲージメント」という概念を、結びつけて解説して参ります。

金銭報酬だけではなく非金銭報酬でエンゲージメントを高める

エンプロイー・エンゲージメントとは?

従業員の定着率を高めるためには、従業員がその組織に所属することに納得と愛着を持ってもらうことが必要です。従業員の納得と愛着に影響を与える領域は多岐にわたります。これらを包括的に見直して従業員が組織にエンゲージ(“婚約”するほどに相手に没頭)する状態を作りだすことを“エンプロイー・エンゲージメントと呼びます。

エンゲージメントが高い従業員は、定着率が高いだけでなく、自社の商品やサービスに誇りを持ち、会社の業績向上に献身的に取り組みます。また、このような従業員は社内外への影響力も強く、企業のブランド向上に大きく貢献します。エンプロイー・エンゲージメントの向上は、企業の重要な経営課題と言えるでしょう。

報酬だけではエンゲージメントは実現しない

では、どうやってエンプロイー・エンゲージメントを実現すればいいのでしょうか。まずエンプロイー・エンゲージメントにかんする調査の実施が有効です。

エンプロイー・エンゲージメントの調査項目は、評価、仕事、報酬、環境、人間関係、成長、社会的認知度、組織への共感の8つの領域に分かれます。この8つの領域がまさにエンゲージメントを生みだす要素です。

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報酬水準が高いだけではエンゲージメントは高まりません。特に、組織への共感や企業自体の社会的認知度といった項目が、実はエンゲージメントに強く影響することが分かっています。実際に調査をすると、報酬以外の要素が強化すべき課題として露呈してきます。

「報われ感」を生み出す要素、トータルリワードを考える

企業が、人材を定着化させるための要素として、初めに思いつくのは報酬水準の向上です。しかし、高報酬水準を維持することは、コスト増による競争力低下につながる場合がほとんどです。また、報酬水準で引きつけた人材は、報酬水準で再び転職していきます。先の8つのの項目でいう「報酬」以外の要素でのエンゲージメントが高まっていない限り、金で魅了した人材は、金で再び動くという結果に陥りやすいのです。

そこで、わたしは、「トータルリワード(Total Reward)」を考えるようにアドバイスしています。トータルリワードとは、金銭だけでなく、非金銭的な報酬も含めた従業員に「報われ感」を与えるすべての要素を指します。従業員は給料や賞与など金銭によってのみ報われたという感覚を得るのではなく、周囲からの評価や、地位、役職、スキルアップの機会やオフィス環境など、さまざまな要素によって自分は報われていると感じます。一部の大企業を除けば、多くの企業は金銭報酬で差別化はできません。そのような企業では、非金銭報酬も含めたトータルリワードで、大企業と差別化しなければなりません。

トータルリワード向上の具体例1:社内ブランディングの強化を議論

有能な従業員を獲得・定着させるためには、社内ブランディング強化が必要不可欠です。先のエンゲージメントの8項目をみながら、職場に集う社員に会社が何を提供しているのかを経営者と人事部門が一緒になって、もう一度見直す議論を開始します。議論した上で、従業員が納得し、愛着を感じる状況を組織の中につくり出すための取り組みを1つずつ実施していきます。

トータルリワード向上の具体例2:コア・バリュー(一番大切にしたい価値観)の明示

コア・バリューの明示では、サウスウェスト航空の「人を楽しませる」が有名です。従業員はこのコア・バリューに基づき顧客に接します。コア・バリューは「考え方」を表現したものであり、「ルール」ではありません(第2回「ルールよりもマナーでマネジメント」ご参照ください)。コア・バリューは多様な価値観を持った従業員が自律的に行動するために不可欠なものです。コア・バリューは従業員向けに与えられたメッセージであり、社内外に向けて発信されている企業理念に合致するように設定されます。コア・バリューでは、従業員の行動を細かく規定するのではなく、あくまで考え方を示したものであるという点で、就業規則のようなルールを規程したものとは異なります。

コア・バリューは明文化するだけでは意味がありません。その考え方をトップが語り続け、具体的な事例があれば皆で共有していきます。明文化されたコア・バリューは具体的なストーリーを伴ってはじめて、企業に価値をもたらします。eラーニング映像を活用することで映像付きのコアバリュー・ストーリーを全社員に配信する取り組みも有効です。コア・バリューに基づく目標設定を定期的に行う企業もあります。

トータルリワード向上の具体例3:人事評価制度の見直し(フィードバック機会の増加)

優秀な従業員ほど、会社や周囲に対する献身的な活動をしているものです。その活動を組織としてしっかりと認め、評価していく仕掛けも定着率向上のために有効です。人事評価制度を見直して、マネージャーによるポジティブフィードバックの機会を増加させます。人事評価制度の導入の際も、ルールを徹底するという姿勢ではなく、考え方を浸透させるという姿勢で取り組むことが重要です。大切にしたいのは、お互いを認め合い、成長を促すという人事評価の目的の部分です。金銭報酬の額を決めるという機能も人事評価にはありますが、それ以上に大切なのは、評価の本来の目的であるフィードバックと成長支援という機能に注目した制度導入が重要です。

その他にも、トータルリワードを向上させる方法はたくさんあります。エンゲージメントの8項目を眺めながら、自社は何ができるかを議論し始めるところからはじめてはいかがでしょうか。

(つづく)

治療家 ビジネスブレークスルー大学准教授 JIN-G創業者

早稲田大学政治経済学部卒業。銀行員、ベンチャー企業、コンサルファームを経て、JIN-G Groupを創業。グループ3社の経営をしながら、ビジネス・ブレークスルー大学准教授、タイ古式ヨガマッサージセラピストの活動に取組む。また、会社員としてコンサルファームのディレクターとしても活動し、新しい時代の働き方を自ら実践し、お客さまや学生に向け、組織変容や自己変容の支援をしている。組織/個人に対して、治療家として、東洋伝統医療の技能を活用。著書に「21世紀を勝ち抜く決め手 グローバル人材マネジメント」(日経BP社)「リーダーに強さはいらないーフォロワーを育て最高のチームをつくる」(あさ出版)がある。

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