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メイウェザーとTVにお咎めなし。ヤラセに寛容な米国

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
事実をすべて語ったメイウェザー

違法ファイトとマリファナ

フロイド・メイウェザーがマルコス・マイダナを下しウェルター級とスーパーウェルター級の王座を防衛して10日あまり。この間、彼がメディアに取り上げられたのは2回。一つは試合数日後、陣営“マネー・チーム”を刷新する決断を口にしたこと。もう一つは23日、試合を管理したネバダ州コミッションに召集され、5人の同コミッションメンバーから事情聴衆を受けたことだった。

問題となったのはマイダナ戦を全米へPPV放送したショータイムが試合前3回、試合後1回に分けて流したドキュメンタリー番組(米国ではリアリティーショーという呼び名が普通)「オール・アクセス」の第2回。ラスベガスのメイウェザージムで、自身のトレーニング中、「ドッグ・ハウス・ファイト」と称する時間無制限、どちらがギブアップするまで戦わせるスーパーリングをやらせたことだった。しかも体重差がかなりあるプロ選手とアマチュアの対戦。リングサイドではドル札が飛び交う賭け試合をメイウェザーは先導した。

この違法スパーリングはドノバン・キャメロンという英国のアマチュア選手に弟がボコボコにされたことに腹を立てた元世界ヘビー級王者ハシーム・ラクマンの息子ラクマン・ジュニアがリベンジを誓ってキャメロンを挑発。“マッチメーカー”とレフェリーを兼ねたメイウェザーが対戦を実現させ、結果は開始から31分後、ラクマン・ジュニアがプロの意地を見せて勝利を飾った。コミッショナーのメンバーたちは健康管理やライセンス、そしてモラルの問題としてメイウェザーに質問を浴びせた。

同じ第2回ではラスベガスの豪邸でガールフレンドとくつろぐメイウェザーのそばで、同居する女性グループがマリファナを喫煙するシーンが流れ、事情聴衆ではこれも重大な問題として取り上げられた。

これがライフスタイル

弁護士を同席させたメイウェザーの回答は実にシンプルだった。まずマリファナに関しては偽物が使用されたと弁明。そしてスパーリングは番組編集でうまく処理し、インターバルが何度か入ったと述べた。つまりヤラセだったとあっさり告白したのだ。ちなみにメイウェザーは、この「オール・アクセス」でエグゼクティブ・プロジューサーの肩書きを持っている。「試合のセール(PPV購買件数)を上げるためには、あれぐらいやらなくてはダメ。それがライフスタイルだ」(メイウェザー)。

アスリート長者番付ナンバーワンのメイウェザーは今回の試合で、日本円で約34から35億円が保証されている。そんなビッグマネーをゲットできるのも、視聴者が別料金を払って試合を申し込むPPVシステムがあってのこと。そのファンの購買意欲を扇動する前物シリーズが「オール・アクセス」。少しぐらい誇大表現があっても不思議ではないかもしれない。この2件に関してネバダ州コミッションは厳重注意に止め、メイウェザーに罰則は科さなかった。

しかしヤラセであることに間違いはない。もし日本で同じことが発生していれば、かなり問題になっていたのではないだろうか。そもそも当事者のメイウェザーが招集されたのは当然としても、番組を制作、放送したショータイムにも追及の手が及んでおかしくない。なのに米国メディアが問いただしてもショータイムの広報はノーコメントを貫いているという。これは「メイウェザーの主張が正しい」と認めていると捉えられ、ヤラセだったことを容認しているのと同じ。ソーシャルメディア上でもシビアな意見が聞かれるが、炎上するほどではない。むしろマイダナ戦でレフェリーを務めたケニー・ベイレスに対するブーイングの方が目立つくらいだ。

王様ぶりは健在

私は日本でこの手の密着取材の番組が人気を博すとは思えないし、普及してほしくないとも願っている。必ずシラける場面に遭遇するだろうし、今回のようにどうしても羽目を外すことになりかねない。以前ショータイムのライバルHBOがマニー・パッキアオ-ティモシー・ブラッドリー戦の前、同じリアリティーショー「24/7」を放送した時、「ファミリーといっしょに過ごしたり、社会活動など優等生過ぎて面白くない」という意見が多数派を占めた。その点“PPVキング”と呼ばれるメイウェザーにはチョイ悪の魅力があるといわれる。発表されたマイダナ戦のPPV契約数は92万5千件。100万件の大台には届かなかったが、まずは合格点と評価されている。

メイウェザーが注意だけで済んだのは、その絶対的な存在感も見逃せない。彼がリングに立つだけでラスベガスにもたらす経済効果は絶大。彼を支持しようが、ぜひとも負けるところを見たいと思おうが、とにかく話題の中心に位置するのが“マネー”。「文句あっか?」という態度にはひれ伏すほかない。

何事にも几帳面な日本人は、テレビのヤラセや偽造、賞味切れ食品などはバッシングの恰好のターゲットに映るだろう。確かに軌道を外した物事に対し真摯な目を向けることは重要だ。だが今回のニュースに接し、「テレビ番組なんてそんなもの」という米国社会の姿勢も一理あると感じた。食品だって日本ならかなりヤバいと思われる物も、こちらでは平気で売られている。判断するのは個人次第。「オール・アクセス」もそういう印象で見れば、すべてが解決する。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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