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Xデー近し。メイウェザーvsパッキアオ なぜ我々はここまで待たされたのか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
決定まで秒読みと言われながら発表はまだなし

オールスター戦でも発表されず

2月15日ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで開催されたNBAオールスターゲームはボクシング界も注目するイベントだった。対決が待望されてやまないフロイド・メイウェザー(米)とマニー・パッキアオ(フィリピン)のスーパーファイト決定のニュースが発せられる噂があったからだ。しかし試合を観戦したメイウェザーはあふれる笑顔を浮かべながら、それを否定した。「まだ決まっていない。私はまだサインしていないし、彼(パッキアオ)もまだだ。それは推測と噂の域を出ていない。どうか試合が成立することを願っているけど」

両者の体重がほぼ同一となった09年後半から2人の対決機運が高まった。しかし、まとまりかけると話は消えるパターンの繰り返しで年月が経過していった。その過程は後述するとして、まず今年1月半ばから再燃した対決ムードを振り返ってみよう。

メキシコの戦勝記念日シンコ・デ・マヨ(5月5日)に併せた5月の第一土曜日はボクシングのビッグマッチのスタンダードとなっている。今年は5月2日がそれに相当し、自他共に認める“ミスター・ボクシング”メイウェザーはリング登場を確約した。相手にはアミール・カーン(英)、ミゲール・コット(プエルトリコ)の名が挙がったが、今度こそパッキアオではないか、という雰囲気も漂った。ファンの願望と言っていいかもしれない。この噂は肯定的なものと否定的なものが交錯した。

悲観的な意見を述べた一人にフィジカル&コンディショニング・コーチ、アレックス・アリサがいた。私はこの人物がスーパーファイト締結のキーパーソンではないかと思っていた。以前パッキアオ・チームの一員としてフィリピン人の複数階級制覇に多大な貢献があったといわれるアリサ氏は昨年、メイウェザーの“マネー・チーム”に加入。パッキアオ戦を見据えた“補強”と映った。

だがアリサ氏はあっさりと5月2日の対決を否定した。メイウェザーはリングに立っても別の対戦者を迎えると強調。理由はパッキアオの後ろ盾にボブ・アラム・プロモーター(トップランク社)がいる限り、メイウェザーは絶対にサインしないというもの。契約に縛られることをきらい、アラム氏と袂を分かしたメイウェザーは事あるごとに、同氏との感情的なシコリを訴えていた。一言居士の性格で何かと問題を起こすアリサ氏は「うまくいけば、彼(アラム氏)は風で吹き飛ばされる。彼を追い払えば、すぐに我々はパッキアオ戦へ突っ走るだろう」と発言。可能性があることを仄めかした。

それでも“アラム抜き”でビジネスがスムーズに進行するとは思えない。パッキアオと固い絆で結ばれるベテラン・プロモーターは交渉テーブルには不可欠な人物。交渉が難航する背景にはテレビ放映権の問題(メイウェザーはショータイム、パッキアオはHBO)が最大の障害だと推測された。

そんな折、1月27日マイアミで行われたバスケットボールNBAのマイアミ・ヒートvsミルウォーキー・バックス戦を両者はコートをはさんで観戦。インターバルで言葉を交わした2人は同夜、パッキアオの宿泊先のホテルの部屋をメイウェザーが訪問。約1時間わたる“巨頭会談”が実現したことで、ネゴシエーションは大きく前進した。ちなみに両者のバスケット好きは有名。パッキアオにいたってはフィリピンのプロチームに選手登録し昨年、試合でプレーしたほど。メイウェザーもNBAのチーム買収に手を上げ話題となった。試合を観戦する姿も随所で目撃されている。

テレビ放映権がネックに

共通の趣味を通じてスーパーファイトが実現する可能性が高まった。アラム氏も両者の遭遇を歓迎。2人の急接近により、折衝は急速度で進行したように思われた。そして1月末日には「明日(2月1日)スーパーボウルの中継の際に正式アナウンスがあるかもしれない」と俄然メディアは色めき立った。

しかし残念ながら何も起こらなかった。

「あとはペーパーワークが少し残っているだけ」(アラム氏)という話だっただけに「またしても裏切られた」というのがファンの偽らざる気持ちだった。日本円で240億円から300億円が動くといわれる超メガファイト。確かに両者の報酬はメイウェザーが140億円以上、パッキアオも100億円近くが見込まれる。だが問題は、この巨額をどう捻出するかということよりも別のところにあるような気がする。この2人が戦うだけでイベントの最大の収入源PPV放映はボクシング界最高の契約件数と契約金額に達することは間違いないだろう。試合のチケットだって発売と同時に完売となり、ゲート収入の記録を樹立するに違いない。

この巨頭対決が締結しない理由として昨年、「2人が去った後、ボクシング界の屋台骨を支えるスター選手が育っていない」という意見を私は述べた。だが今年、2度にわたる肩透かしを経て、やはりネックはテレビ放映に起因すると考えが変わった。

HBOとショータイム。どちらの局が放映権をゲットするか。冷静に見て、日本流に表現すれば“赤コーナー”のメイウェザーと契約するショータイムが有利ではないかと推測される。メイウェザーはショータイムとの6試合大型契約を13年と14年で4試合消化。今年2度リングに上がり、グランド・フィナーレ(引退)というシナリオがないわけでなない。同時に同局と契約を更新して来年以降も現役を続行する選択肢もある。もしショータイムと再契約しなければ、以前看板選手に君臨したHBOにUターンすることだってあるかもしれない。

メイウェザーの故郷、ミシガン州のニュースサイトMlive.com(ミシガン・ローカル・ニュース)のデビッド・マヨ記者はリング誌にも寄稿する米国を代表するボクシング記者の一人。私はメイウェザー番記者の筆頭と認識している。同記者は交渉が行き詰まっているのはHBOが阻害しているからだという。具体的にはHBOはメイウェザーがショータイムとの契約が切れる来年2016年に単独で、このスーパーファイトを挙行したい腹積もりがあるという。

だが今でも「時期を逸した」印象がある頂上対決が1年も延びることにファンは納得するだろうか。来年2月にメイウェザーは39歳になる。さらに2人とも今年2度リングに上がるはずだから、それまで無敗をキープできる保証はない。どちらかが負けてしまえば、試合成立の致命傷となるだろう。ショータイムへ移った宝(メイウェザー)を奪回したい気持ちはわかるが、HBOの意向が通るには難題が多い。

マヨ記者は細部の事情も明かす。それは試合の1週間後に予定される再放送権をどちらが獲得するか。別料金を払うPPVではなく、通常のHBOかショータイムの放送で観戦できるリプレーは視聴件数が稼げる。再放送といっても軽視することはできない。これを巡って両局が丁々発止の折衝を展開しているというのだ。両局がジョイント放送したケースに02年のレノックス・ルイスvsマイク・タイソンのヘビー級タイトルマッチがある。この時は試合の勝者(ルイス)を擁するHBOが翌週の再放送権をゲットした。今回、この前例を適用すると、予想賭け率で3-1で劣勢なパッキアオを擁するHBOは不利な立場に置かれる。交渉が手間取る原因となると同記者は解説する。

「発表するのは俺だ」

一方で試合がアナウンスされないのはファンもメディアもメイウェザーに振り回されているという意見がある。そしてすべては彼のプランどおりなのだと・・・。

一部で、すでにメイウェザーは5月2日へ向けてトレーニングを開始したという噂がある。発表を引き延ばしているのは単なる彼のエゴではないかと勘ぐる関係者もいる。サプライズ効果を狙ったものなのか、あるいは何かしらのベネフィットを考慮したものなのか定かではないが、「自分が試合を発表する唯一の存在だ」という性向が強いのは確かだ。“ショータイム・デビュー”となった13年のロバート・ゲレロ戦、昨年のマルコス・マイダナ戦も彼はギリギリの時点で自身のツイッターで決定を発信。今回も「メインキャストはこっち」という意識が強く、リミットまで周囲をジラしているという憶測も生まれる。マイダナとの第1戦をツイートしたのも2月24日。彼の誕生にだった。

では6年にもわたりメイウェザーが我々を待たせた理由は何だろうか。

正直、明白な答は見つからない。厳格な薬物検査をパッキアオに要求したのは今となってみれば、ハッタリをかませたとも取れる。事実2,3年前の状況ではパッキアオ側は「検査を全面的に受ける」と承諾したが、メイウェザーは無視するかたちで話は消滅した。報酬の取り分が原因だという見方は当然ある。だが先に触れたように、パイは膨れ上がるが、それだけの収入は見込まれる計算が成り立つ。

パッキアオの実力をリスペクト

最近聞いた話だが、今から15年ほど前、カリフォルニアの高地キャンプ地ビッグベアでメイウェザーはメキシコの複数階級チャンピオン、エリク・モラレスと合同トレーニングを行っていた。メイウェザーは最初に獲得したWBC世界スーパーフェザー級王者時代だった。2人はスパーリングをすることになり、メイウェザーは手合わせする前、自慢のディフェンス・テクニックをレクチャーするなど余裕しゃくしゃく。しかし3ラウンズのスパーはなんとモラレスの独壇場に終わる。怒ったメイウェザーは以後、練習時間を変えモラレスとの接触を避けたという。

後年、階級を上げ、押しも押されぬスーパースターに君臨したメイウェザーはリベンジを果たそうとメキシカンにオファーを出す。しかし、さすがにウェルター級はモラレスにきつく、前座で1階級下のスーパーライト級戦に出場。メイウェザーはメインでビクトル・オルティスを倒し、WBC世界ウェルター級王座を守った。11年9月17日のことである。

新米王者時代のこととはいえ、メイウェザーがモラレスに翻弄されたとは信じがたい。だが関係者の証言はそうなっている。ユーチューブでも確認できるという。モラレスが1度パッキアオに勝っていることでも(通算はパッキアオの2勝2KO1敗)この話は想定可能に思える。

モラレスとパッキアオは左右の違いもあり、同タイプの選手だとは断言できない。しかし15年前に宿ったトラウマを引きずり、モラレスを2度ノックアウトしたパッキアオに「恐るべし」の感情が芽生えたことだってありえる。石橋を叩いて渡るタイプのメイウェザーが「勝利を確信するまで断固としてグローブを交えない」と極度にデリケートになっていたのではないだろうか。綿密にパッキアオの戦力を分析していたメイウェザーがようやく「今なら絶対勝てる」と判断したとみたい。

あるテレビキャスターが「30年後、フロイド・メイウェザーを評価する時、マニー・パッキアオと対戦したという事実よりも50戦無敗で引退したという記録の方が重みがあるに違いない」とコメントしていた。一理あると思った。少なくともスピードとパワーを兼備したアジアのヒーローに一目置いていることは事実だろう。

ここ数年のメイウェザーの対戦者をタイプ別に分けてみると、ある種の傾向があることが判明する。一言でいえば、メイウェザーはスラッガータイプを“お得意さん”としている。逆に長身大柄な相手やカーンなどスピードが売り物の相手を避ける向きがうかがえる。パッキアオがパワーで粉砕するスタイルからスピード重視のボクシングへシフトしていることもメイウェザーを踏みとどませた一因ではないだろうか。倒される恐怖は減少したが、勝率も減ったと。

とはいえ、注意深いメイウェザーがスーパーファイト実現に決意を固めたことは間違いない。もしここまで来て交渉が決裂したり、持越しになることがあっても、彼の責任ではない。ビッグニュースが世界を駆け巡るのは、もう間近。Xデーはいつか?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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