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神の左、山中慎介の相手探し

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
サンティリャン(左)を圧倒しV8を果たした山中

無敗挑戦者を完ぺきノックアウト

先週土曜日18日にも米国ではボクシングの注目ファイトが集中開催された。集中というのは日付のことで、場所はさまざま。東部ニューヨーク州ベローナのカジノではスーパーライト級のスラッガー同士、ルーカス・マティセー(アルゼンチン)vsルスラン・プロボドニコフ(ロシア)が期待どおりの激戦を展開(マティセーが2-0のマジョリティー判定勝ち)。テキサス州アーリントンの大学内アリーナのWBO世界スーパーライト級王座決定戦は次代のスターの誉れ高いテレンス・クロフォード(米)が秀逸のパフォーマンスを披露して強打者トーマス・ドゥローメ(プエルトリコ)を6回KO。そして西河岸ロサンゼルス近郊カーソンの屋外会場スタブハブ・センターではライトヘビー級で復帰戦に臨んだ2世ボクサー、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ)が“ポーランドの王子”ことアンドレ・フォンファラに強烈に倒され棄権TKO負けに追い込まれる番狂わせがあった。

時差を考慮するとその3日前、大阪で8度目の防衛戦に臨んだWBC世界バンタム級チャンピオン山中慎介(帝拳)が7回36秒KO勝利を飾った。挑戦者ディエゴ・サンティリャン(アルゼンチン)を相手に優勢に進め、6回にダウンを奪い、次のラウンドで仕留めたもの。倒したパンチは、いずれも彼の代名詞“ゴッド・レフト”。痛烈な左ストレートを命中させた見事なものだった。

正直、私はサンティリャンがもう少し健闘すると思っていた。スピードはないが、懐が深そうで独特のリズムで攻め込んでくる。パンチもアッパーが要注意ではないかと想像していた。ボクシング・ビート編集部から依頼されて彼のマネジャーにコンタクトし写真を入手。かなり大柄な印象を持った。ところが実際は身長161センチと山中より10センチ以上低い。実際より大きく見えたのはリーチが長い(176センチ)せいかもしれない。ともかく、日本から送られた両者の計量時の写真を見て「これは敵わないな」と痛感。山中絶対有利に傾いた。

それにしても無敗の挑戦者に何もさせなかった山中の磐石さは圧巻だった。サンティリャンは予想よりもスピードと機動力が感じられたが、逆にちょこまかしている印象。映像でチェックした時とは反対に威圧感がまったくない。きっと、そう見えたのは山中の実力と貫禄の前に萎縮したからだろう。アンデス山脈の麓から遠路やってきた挑戦者は案の定、中盤で捕まる。最後サンティリャンは「参りました」とばかりにリング中央に座り込んで10カウントを聞いた。

米国リングは軽量級にシビア

私にとり、山中の強さは内山高志(ワタナベ=WBA世界スーパーフェザー級王者)に通じるものがある。2人は山中がサウスポー、内山がオーソドックスの違いがあるが、いわゆる本格派、ストイックのイメージが沸く。同時にこれだけの“高機能”を海外へ“輸出”できないものかと切望してしまう。

本人たちも当然、海外進出の願望があり、所属ジムも実現に向かいアクションを起こす雰囲気がある。特に山中を擁する帝拳ジムは海外ネットワークが充実しており、以前タイトル防衛戦や統一戦を行った西岡利晃(元WBC世界スーパーバンタム級王者)、メキシコで防衛した三浦隆司(WBC世界スーパーフェザー級王者)、最近連続して米国で戦ったウェルター級の亀海喜寛らに続き、山中が海外デビューする日が近いかもしれない。

ただ現状はそう簡単には運ばない。まず問題に挙げられるのはウェイトクラスである。中南米やアジア諸国はともかく、本場米国ではバンタム級周辺の注目度が低い。ある有力ボクシングサイトが選手別のアクセス数を並べたが、トップを争うのは5月2日「世紀のファイト」で対決するマニー・パッキアオとフロイド・メイウェザー。これは当然としても以下も彼らウェルター級から上のボクサーたちがズラリ。軽量級では日本でも人気が高い元複数階級チャンピオン、ノニト・ドネア(フィリピン)が20位に食い込めるかどうかという有様。他のサイト、メディアを調べると一概に「軽量級軽視」とは言い切れないものの、米国ファンの趣向の一端を表しているといえよう。

そこへいきなり乗り込むのは覚悟が必要だ。日に日にバンタム級最強の呼び声が高まっている山中にしても、マッチメークやプロモーション活動がスムーズに運ぶとは思えない。もちろん日本での実績は評価されるが、リングで戦うまでは「海の物とも山の物とも」の状況に置かれる。そこを豪快に切り開いたのがパッキアオであり、今それに邁進中なのが山中のライバル王者、亀田和毅(WBO世界バンタム級王者)なのだ。

本人はカバジェロを指名

それでも山中自身と彼の陣営に米国進出の強い願望があるなら、今を逃す手はないだろう。

以前ビッグマッチとしてメディアが取り上げ、山中自身も希望していたのがレオ・サンタクルス戦だった。当時サンタクルスはIBFのバンタム級チャンピオン。もし実現すれば統一戦として大いにファンの心を躍らせたはずだ。スタイル的にもメキシコ系米国人のサンタクルスは手数旺盛な選手で、好ファイト間違いなしと推測された。しかしサンタクルスが1階級上のスーパーバンタム級へ転向、WBCチャンピオンに就いたことで、この魅力満点のカードは夢に終わった。ならばと山中はスーパーバンタム級で挑戦も考えたようだが、サンタクルスは現在、また上のフェザー級を視野に入れている様子。なかなかターゲットになってくれない。

”マタドール”ことカバジェロはニカラグア系米国人
”マタドール”ことカバジェロはニカラグア系米国人

今回、サンティリャンを一蹴したあと山中から聞かれた名前はランディ・カバジェロ(米)。サンタクルスの返上した王座を直接ではないが継承した男でオスカー・デラホーヤ率いるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)所属。日本リングでも昨年、大場浩平にTKO勝ちを飾った無敗の強豪だ。ニックネームは“マタドール”。カバジェロは2月末、地元カリフォルニアで初防衛戦が組まれていたが、右足を負傷。手術を要する大怪我で試合はキャンセル。まだ復帰のメドは立っていない。帝拳ジムとGBPの友好な関係から将来、実現に向かう可能性がある対決だが、交渉はカバジェロが無事カムバックを果たしてからになるだろう。

メキシコの旗頭、小ゴロフキン・・・

対抗チャンピオン以外で山中がモチベーションを掻き立てられ、かつ王座奪取の可能性がある挑戦者はいるのか?

WBCランキングを見ると、かつてWBAの“スーパー”王者に君臨したテクニシャン、アンセルモ・モレノ(パナマ)が上位にランクされている。山中と同じサウスポーだが、スタイルは対照的。パナマ特有の柔軟な動きで相手をかく乱する、やりにくさで勝負するタイプだ。条件(ファイトマネー)次第で日本行きを決断するかもしれないが、ゴッド・レフトの餌食になる可能性が高いとみる。

そのモレノを王座から降ろしたカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)はなぜか防衛戦などの情報が途絶えている。ドミニカでは久々の世界チャンピオン誕生で話題を提供。プロモーションなどの関係から即、重要なベルト(スーパー)を懸けた統一戦に臨むとは思えない。山中とはしばらく戦わざるライバルとなるだろう。

ランカー陣でもっとも脅威だと推測されるのがフリオ・セハ(メキシコ)だ。メキシコの関係者に聞いてみても評価は高い。唯一の黒星は、5月に和毅と統一戦を行う予定のWBA“レギュラー”王者ジェイミー・マクドネル(英)とサンタクルスが返上したベルト(IBF)を争い敵地で惜敗。メキシコは伝統的にバンタム級で名チャンピオンを輩出し、本部国であるWBCのベルトには特別な思い入れがあるという。その奪回の担い手がセハというわけだ。

もう一人、WBC1位に上がり、指名挑戦者的立場にいるのがザナト・ザキヤノフ(カザフスタン)。他の3団体のランキングでも上位に進出している。ミドル級チャンピオン、ゲンナジー・ゴロフキンの同胞で、豪快なパンチャーぶりから“小型ゴロフキン”とも呼ばれる。事実、ゴロフキンのキャンプに帯同し、トレーニングする機会もあると聞く。ただこのザキヤノフ、これまでの対戦者は格下ばかり。最近の試合ではダウンを喫するシーンもあり、果たして山中にどこまで通用するのかまだ判断しかねる。

ラスベガス・トレーニングは経験済みの山中。トップランクジムで
ラスベガス・トレーニングは経験済みの山中。トップランクジムで

ユーチューブで見たサンティリャン戦のテレビ進行役(アナウンサー)は「山中の強打はバンタム級最高」という表現を繰り返していた。これはどう考えても評価し過ぎ。はっきり言って歴代のチャンピオンたちに尊敬を欠いている。ただ、このまま日本で防衛回数を増やして行くよりも、ラスベガスをはじめ晴舞台で見てみたい選手には変わりない。もしサンタクルスがフェザー級進出を決意すれば、スーパーバンタム級の王座が空く。今、同級はバンタムに比べ、顔ぶれが華やかな印象。思い切って上を目指しても損はないかもしれない。

同時に“黄金のバンタム”にこだわるのも意味がある。少なくとも山中は今後、歴代名王者たちと比肩するポテンシャルを秘めた男だと認識される。神の拳が本場で炸裂する日はいつか?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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