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メイウェザーvsパッキアオから1年。ファンを無視した狂乱のマネーゲーム

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
メイウェザーの3-0判定勝ちに終わった世紀の対決。PHOTO/SHOWTIME

プロモーター、メイウェザー

4月30日、アメリカの首都ワシントンDCのアリーナ、DCアーモリーで行われたスーパーミドル級のダブルタイトルマッチ。リングサイドでは試合の攻防に一喜一憂するプロモーター、フロイド・メイウェザー・ジュニアの姿があった。同月1日にも同アリーナでエイドリアン・ブローナー(米=WBAスーパーライト級王者だったが体重オーバーではく奪)の防衛戦を開催。試合前後の会見を仕切るなど、いよいよ本格的にプロモーターとして活動し始めた雰囲気だ。

彼のメイウェザー・プロモーションズにはレナード・エラービーという強面のCEOがおり、試合のプレゼンや記者会見で進行役を務めている。だが今後は御大“マネー”自ら登場しイベントを盛り上げる様子がうかがえる。引退後、適職を得たという表現は相応しいどうかわからないが、少なくとも実益が伴っているのは事実。そのうえエンジョイできるのだから、人生を謳歌していると言えるだろう。

その時期マニー・パッキアオはなんと誘拐事件に巻き込まれた。正確には危害があったのではなく、計画未遂に終わったのだが、彼の地元フィリピン・ミンダナオ島南部に拠点を置くイスラムの過激派が彼と家族の誘拐を企てていることが発覚した。その後続報が聞かれないことが何よりの朗報だが、莫大な財産と不動の名声を得たパッキアオは羨望の的。それでも今回の件は“有名税”と片づけるには重大すぎる。パッキアオは事件を公にしたベニグノ・アキノ・フィリピン大統領を「適切な配慮を欠いた」と非難した。

ブラッドリーに勝ち、家族とフィリピンに帰国したパッキアオ
ブラッドリーに勝ち、家族とフィリピンに帰国したパッキアオ

前代未聞のPPVバブル

昨年5月2日ラスベガスで挙行された2人の「世紀の対決」から1年が経過した。あれだけのビッグイベントが正式決定から2ヵ月半弱で開始ゴングを聞いたのは驚きだった。2月20日のメイウェザーのツイッター発信から5月2日まで、そのプロセスは大きなマグマの流れのようにどっしり重く、それでいて疾風のようなスピード感を感じたものだ。そして対決が終了するとスポーツメディアはもちろん、ビジネス・ジャーナルといった経済関連のメディアまで想像を絶する収益を記録した「マネー対決」を連日報道。そのボリュームはボクシング界始まって以来と表現しても大げさではなかった。

何はともあれ、ペイ・パー・ビュー(PPV)契約件数が全米で440万件に達した事実は驚き以外の何物でもない。いったいこんなすごい数字がどうやって出たのか見当がつかない。それまでの最高は07年のメイウェザーvsオスカー・デラホーヤの248万件。2位は12年のメイウェザーvsカネロ・アルバレスの220万件。通常100万件を超えれば御の字のPPV放映で、この2つは超がつく優良カードだったが、メイウェザーvsパッキアオは跡形もなく木っ端微塵にしてしまった。ちなみに別料金を払ってイベントを自宅で視聴するPPVシステム、この試合の価格は89.95ドル(高画質は99.95ドル)と普段よりも割高だった。

この440万人(便宜上、万人と記します)が果たしてどんな人々が申し込んだのか興味深い。調べたところボクシングのPPVを購入する年齢は35歳から49歳、年収が5万ドルから6万ドル(約550万円から660万円)と中年で経済的に安定した階層が半数近くを占める。全体の男女比は86%対14%と圧倒的に男性が多い。今回もこのデータは生きていたと見るが、当時は不滅の記録といわれたメイウェザーvsデラホーヤを200万人近く上回ったメイウェザーvパッキアオは正しく「世紀の対決」だった。

ファン離れはあったのか?

おそらくPPV契約件数で100万人以下はコアなボクシングファンが購入。140から150万人まではボクシングファン+スポーツファンが申し込み、それ以上になると彼ら+一般の人間が加わるという状況だと推測される。その意味で「世紀の対決」はスポーツファン以外を惹きつけた、アメリカではスーパーボウルに匹敵する超ビッグイベントだった。一方で、逆算すると約300万人の潜在的なボクシングファンが存在することになる。

だが彼らがメイウェザーとパッキアオが対峙した12ラウンズを契機にボクシング・ジャンキー(狂)になったかというと残念ながらそんな現象は起きていない。原因は周知のとおりスリルを欠いた試合内容に起因する。

ボクシングという競技のルール上、いわゆる凡戦は回避できない。早い話、できるだけ相手のパンチを食わないで、たとえ不満をかっても自分のパンチをタッチしていればポイントに結びつくのである。そのアウトボクシングの権化がメイウェザーなのだ。あの一戦で自身の持ち味を発揮したことは間違いない。しかし5年半もファンが待ちぼうけを食って実現した一戦。パッキアオの右肩負傷のハンディにも助けられ、いつもどおり無難な判定勝ちを収めたメイウェザーに賛美の言葉は贈られなかった。

メイウェザーのファイトマネーは太平洋の小国の国家予算をしのぐとかメジャーリーグのドジャースを除く他の29チームの年棒総額を超えるとか、いやはやすごいことになった。金満メイウェザーが自身のプロモーションに相当、資金をつぎ込んでいることは容易に想像できる。パッキアオの取り分は、メイウェザーが6なら4ぐらいといわれるが、それでも巨額を手にしたことには間違いない。パッキアオの場合、プロモーターのトップランクにパーセンテージを取得される。ボブ・アラム・プロモーター率いる同社はその収入を元手に所属選手のカードの充実を図った。その結果、一時ライバルのショータイムの攻勢を許していたプレミア・ケーブルの雄HBOはよみがえり、毎試合、好調な視聴件数をマークしている。

自身がプロモートするS・ミドル級王者バドゥ・ジャックを祝福するメイウェザー
自身がプロモートするS・ミドル級王者バドゥ・ジャックを祝福するメイウェザー

一方で「世紀の対決」締結の決定打を打ったといわれる強力代理人アル・ヘイモン率いるPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)が船出したのもほぼ同時期。その後訴訟問題に持ち込まれたアラム-ヘイモンの関係だけに、どんな交渉が成されたか興味深いが、両者の間で手打ちがあったのは否定できない。その後PBCはアメリカの4大ネットワークを手中に収め、ショータイムと複数の一般ケーブルで試合を流し業界に旋風を巻き起こしている。HBOがトップクラスの選手を出場させ“質”で勝るのに対して、PBCは圧倒的な数量で勝負する。

相手あってのボクシング、ビッグマッチ。やはり巨頭同士が相見る相乗効果は桁外れだったのだ。なんとメイウェザーvsパッキアオのPPV売り上げは4億ドル(440億円)強に達し、会場MGMグランドのゲート収入、海外への放映権などをトータルすると総収益は日本円で約600億円と伝えられる。

当事者たちはみんな潤った。だがファンは取り残された。他の関係者たちもきっと同じ気持ちだろう。あれだけの大規模なイベントだけに何かしらのリアクションがあっていいはずだが、誰も多くを語ろうとしない。ごく好意的に言えば、「正常に戻った」と表現できるだろうか。好カード、好試合はコンスタントに100万件を超える視聴件数を残す反面、メイウェザーの最終戦アンドレ・ベルト戦、パッキアオのラストファイト、ティモシー・ブラッドリー第3戦はいずれもPPV契約数が前者が55万から60万件、後者が40万から50万件と低迷した。メイウェザーもパッキアオも“単独”では数字を伸ばせない。

「世紀の対決」第2幕は失敗は許されない

少なくとも、にわかボクシングファンは姿を消した。これはメイウェザー、パッキアオ2人の責任だ。とりわけベルトとの試合がパッキアオ戦の延長のようだったメイウェザーは多くの支持者を失った。他方で2人のカムバック説は根強い。そして2人が再度グローブを交える可能性もささやかれる。もしメイウェザーが復帰して、今もっともファンが待望するミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と対戦する可能性よりもパッキアオを選択する確率の方が高いと思われる。危険なハードパンチャー、ゴロフキンを相手にするより「ロー・リスク、ハイ・リターン」の典型がパッキアオだからだ。

しかしメイウェザーvsパッキアオ2が実現し、前回同様スリルに欠ける内容に終始すると、今度こそボクシング界は壊滅的な打撃を被るであろう。少なくともPPV放送の最終回になりかねない。私は第2戦を戦う意味はないと思っていたが、「最初がダメなら次が見たくなる」というのも人間の心理だと考えるようになった。それゆえ再戦が実現に向かうことになれば、当事者たちは細心の注意を払わなければいけない。繰り返すが、失敗すればボクシングの命取りになってしまう。

あの狂乱の宴から1年。オールドファンはモハメド・アリ、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンが対決したヘビー級の興奮を懐かしがり、シュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラー、トーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランがリーク戦のように戦った80年代の中量級ウォーズに想いを馳せる。それは常軌を逸したマネーゲームが繰り広げられたことへの皮肉に感じられる。今でもアメリカでは社会でもっとも尊敬を集める人物は「たくさんお金をもうける人」である。その風潮への反動はあまり聞かれない。住んでみて、それこそがアメリカらしいと思う。しかしメイウェザーを筆頭に、彼の後見人といえるアル・ヘイモン代理人、テレビ局、プロモーターが「世紀の対決」を終えて畏敬の念で語られる事実はない。

当代のトップ同士が戦った単純な設定なのに「あの一戦は何だったのか?」という感情に今でも捕らわれてしょうがない。夢が現実のものとなったと認識するのが一番妥当だろうか。だがその夢は悪夢だったような印象も無きにしもあらず。試合直後は怒っていた真のボクシングファンだが、ゴロフキンやカネロ、ヘビー級のデオンタイ・ワイルダーといった次の世代を追い始めた。それがスポーツ全般のファンへ浸透し、やがて一般の人々に彼らの魅力が伝われば、それに越したことはない。通常のサークルで動き出したリングシーン。やっぱり、あの狂乱は何だったのか?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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