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コパ・アメリカ前哨戦。「メキシコvsチリ」チョー私的観戦記

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
サッカーのフィエスタが熱狂。写真:San Diego Union Tribune

100年記念大会は米国開催

ワールドカップ予選と並ぶ南米サッカーの重要イベント「コパ・アメリカ」。これまで2年から4年ごとに開催されていた大会が今年は「コパ・アメリカ・センテナリオ」という名称でアメリカ合衆国で行われる。100周年を記念する大会で、南米10カ国にCONCACAF(北中米カリブ)地区の6カ国を加えた16カ国が覇権を争う。

昨年のチリ大会から「1年も経たないうちにまたコパ・アメリカか?」というのが実感。だが今回、系列局3局で試合をアメリカに放送するスペイン語テレビのウニビシオンはチリ大会当時からCMでガンガンこのセンテナリオを宣伝していた。もちろん大会直前の今、スポットCMの頻度はその時の比ではない。同局の番組を見ていると、CMの半分はコパ・アメリカ関連でないかと思ってしまう。

なぜアメリカで開催されるのか?という疑問に答えるのは時間を要さない。商売になるからである。米ドルの力は健在。米国の男子代表は爆発的な人気を誇るわけではないが、アルゼンチンやブラジル代表が真剣勝負、タイトルマッチに出場するとなれば話は別だ。同時にチャンピオンズリーグ、リーガやプレミアなどが一般ケーブルテレビで観戦でき、ファンの目が肥え、ブランド志向に推移していることも米国のサッカー人気高揚につながっている。

Triの人気は抜群

人気、ブランド力で見逃せないのが米国と長い国境を接するメキシコだ。Triの愛称で呼ばれるメキシコ代表はワールドカップ予選を除き、他のトーナメントや親善試合のほとんどをアメリカ国内で行う。これも収益に直結するからである。今やメキシコ人は米国西部、南部はもちろんアメリカ全土、カナダに至るまで幅広く居住している。彼らにとり、Triは憧れの的。試合はどのスタジアムもソールド・アウトになる。そのブランド力は世界でも指折りだと私は信じている。

私事で恐縮だが、普段携わっている「ボクシング・ビート」の前身「ワールド・ボクシング」時代、同じ出版社が発行しているサッカー専門誌にメキシコサッカーの記事掲載を売り込んだことがあった。だが編集長に「日本ではメキシコは人気がなくてねえ・・・」とあっさり断られてしまった。確かに当時は(もしかして今でも)メキシコのサッカーはポピュラーではなかった。それこそ南米の2巨頭を除いた他の国々よりも知名度は低かったかもしれない。

激しくチャージするビダル。写真:San Diego Union Tribune
激しくチャージするビダル。写真:San Diego Union Tribune

「タイトルは守る」とビダル

そのTriが私が住んでいるサンディエゴでチリ代表と対戦することになった。南米とCONCACAFの現役チャンピオン同士のカード。不覚にも私はセンテナリオの初戦だと思い込んでいたのだが、これは大会直前の最後のテストマッチ、親善試合だった。そんな試合を日本向けに取材してどうするの?というツッコミが入るのを承知しつつ、クレデンシャルがコンファームされたことを密かに喜んだ。

試合前日の5月31日、クレデンシャルの受け取りとチリ代表の練習を見にクアルコム・スタジアムへ行った。そこはアメフト、サンディエゴ・チャージャーズの本拠地。以前メジャーリーグのサンディエゴ・パドレスも併用して使用していた。

パドレスが本拠地にしていた時は随分、取材に通ったものだ。スポーツ紙用にボストン・レッドソックス時代のペドロ・マルティネスにインタビューしたのもここだった。でもパドレスはダウンタウンのペトコ・パークへ移転。すっかりご無沙汰していた。最後に取材したのもサッカーの試合だった。その時もTriがメインで、相手は南米の国だが、どこか忘れてしまった。ただ、その日と同じくパスをもらいに行き、あのホセ・ルイス・チラベルトに大胆にも直撃インタビューした記憶がある。だからパラグアイの可能性が高い。しかし調べると、チラベルトが代表を引退したのは2003年。いくらなんでもそんな昔ではないだろう。その後来ているはずだが、思い出せない。

ミックスゾーンで他のメディアと待っていると、チリ代表の選手が続々と通過して行く。いたいたアレックス・サンチェス(アーセナル)。ブラジルW杯、決勝トーナメントのブラジル戦で見せた右サイドからの先制ゴールは私に鮮烈な印象を残した。メッシと比肩される選手とも称賛される。だけど想像していたよりずっと小さい。大柄な選手の後ろについて影のように通り過ぎる。きっと何も話したくないのだろう。

最後に広報の女性を帯同してアルトゥロ・ビダル(バイエルン・ミュンヘン)が登場。彼だけメディアに応対する。モヒカンと首筋のタットーが「いかにも」という感じ。チリ大会優勝の立役者の一人だが、大会中、飲酒運転で追突事故を起こし問題児の一面を露呈した。「(コパ・アメリカの)タイトルは守る。1週間バカンスを過ごし体調は万全。(初戦の)アルゼンチンは非常に手ごわいが、100%の状態で臨む」(ビダル)

ミックスゾーンに現れたビダルは機嫌がよかった。筆者撮影
ミックスゾーンに現れたビダルは機嫌がよかった。筆者撮影

サンチェスとビダル。私はこの2人が見られるだけでも感激していた。一方メキシコでは“テカティート”こと10番のヘスス・マヌエル・コロナ(ポルト)がお目当て。日本では名前が浸透していないだろうが、テクニックがすごい。ちなみに苗字のコロナと出身地のテカテ(テカティートは縮小辞)はボクシングの2大ビール・スポンサー。面白いと思うが、自分だけウケているネタなので念のため。コロナが所属するポルトガルのポルトにはMFのエクトル・エレラ、DFのミゲール・ラユンと3人のメキシコ代表選手がプレーしている。

なぜサンディエゴに来ないのか?

さて翌6月1日の試合。前日は車で行ったが、この日はサンディエゴの市内電車、通称トロリーを利用した。1回乗り換えて到着。早めに行き記者席の好ポジションを確保しようと思ったが、ちゃんと席は指定されていた。以前ならメキシコの知り合いの記者を見つけて雑談するところだが、周りを見渡しても知っている顔がいない。むしろチリ関係のメディアが目立つ。

孤立無援の私。ふと頭をよぎったのは、他のアメリカの都市と比べてサンディエゴはTriの試合が開催される頻度が少ないのか?という疑問だった。今回コパ・アメリカ・センテナリオが行われる10の都市にサンディエゴは入っていない。後で発表されたこの日の入場者は68,254人。08年のTriとレオネル・メッシのアルゼンチン代表とのゲームより244人少なかっただけである。

そういえば以前、親しい記者がこんなことを言っていた。「サンディエゴでメキシコ代表が戦う場合、多くのファンが国境を越えたメキシコのティファナからやってくる。メキシコの賃金からすると、チケットの代金は、けっして安くないよ」

今回、本大会が開催されるヒューストン、フェニックス(グレンデール)、ロサンゼルス(パサデナ)、シカゴにも多くのメキシコ系住民が居住している。だがサンディエゴとの違いは合法、不法を問わず、それらの都市に定住しているファンがチケットを買う。彼らは少なくともアメリカで暮らしていける所得を得ている。ティファナの人々のように越境して観戦に来る必要がない。その辺の経済事情をプロモーター(主催者)は考慮しているに違いない。

ドル箱のメキシコ代表。写真:San Diego Union Trinune
ドル箱のメキシコ代表。写真:San Diego Union Trinune

大女優ルセロも観戦

フィールドに目をやると、一人の選手が片方のゴールをバックに“自主トレ”を始めた。チリの正ゴールキーパー、クラウディオ・ブラボ(バルセロナ)だ。ワールドカップではキャプテンを務めた守護神。負傷明けとも聞いていたが、それにしても熱心だ。結局この日はプレーすることはなかったが、たっぷり1時間もくもくと汗をかいた。チリ人は他のラテンアメリカの国々の国民性と比べて質実剛健という記事を読んだことがある。ブラボはその典型の人間に思えてならない。

一方、両チームの選手がアップのためピッチに姿を現すと、メキシコのGKギエルモ・オチョア(マラガ)に愛称の“メモ”コールが起こる。W杯のブラジル戦でスーパーセーブを連発したオチョアはすっかり人気が定着。メキシコではチームのシンボルでマンチェスター・ユナイティド時代、香川真司の同僚だった“チチャリート”ハビエル・エルナンデス(バイヤー・レバークーゼン)、新キャプテンのアンドレス・グアルダード(PSVアイントホーヘン)、ロンドン五輪金メダルの立役者オリベ・ペラルタ(アメリカ)そして4度W杯に出場したカイザー、ラファエル・マルケス(アトラス)が人気の的。従来にない豪華なラインアップだと私は思う。

また話はそれるが、選手のアップ中、記者席のテレビに映った映像を私は見逃さなかった。濃い目のメーク、でもメキシコの超有名女優ルセロではありませんか。日本では知らない人が多いだろうが、デビュー当時はアイドル歌手として国民的人気を博した人物。日系会社に勤めていた時、同僚の日本人が彼女のファンで、コンサートに行ったことを覚えている。その後、女優や司会者に転身。テレビ、映画に出演し人気は衰えない。同時にこれまた大歌手でボクシングの世界戦でメキシコ国歌を斉唱したこともあるミハレスと結婚。確か2人ぐらい子供をもうけたが数年前に離婚。女性たちに言わせると「だんだんスカートの丈が短くなってきた」との評判で新しい伴りょを探しているらしい。それはともかく驚いたのは画面に映った“メキシコの恋人”がビールをラッパ飲みしていたこと。スタジアムの大スクリーンに映らなかったのは彼女にラッキーだった。そしてルセロのお宝映像を拝めた私も幸運だった。

前半はチリが優勢

そんなノリで見ていたから詳しく試合をレポートしてもしょうがないだろう。第一、決戦前の調整試合だ。それでもざっとレビューしてみると、キックオフ1分足らず、チリのセンターフォワード、ニコラス・カスティーリョ(ウニベルシダー・カトリカ)が中央を抜け出し、右サイドのエドソン・プシ(LDUキト)へ横パス。しかしプシのシュートは左ポストをかすめてしまった。

フレンドリーマッチだが、当たりは激しかった。進境著しいメキシコのエレラがビダルと衝突し後頭部を打撲。数分ピッチを離れたが、ヘッドキャップをかぶり戦闘に復帰。ドリブルや中盤のスピーディーな球回しでチャンスを構築する。とはいえ前半はチリがペースを握った。26分、左DFの職人エウヘニオ・メナ(サンパウロ)が絶妙なセンタリング。これを走り込んだプシが合わせたが、惜しくもノーゴール。最初、記者席からはこの日メキシコのゴールマウスを守ったアルフレド・タラベラ(トルーカ)が左手を伸ばして防いだように見えたが、再生映像ではボールはポストに当たっていた。前半終了間際、右サイド後方からのボールをサンチェスがヘディングシュートしたが外れる。

サンチェスにもイエローカード。写真:San Diego Union Trinune
サンチェスにもイエローカード。写真:San Diego Union Trinune

主力選手たちがさすがのプレー

前半いいところがなかったメキシコは後半からグアルダードを投入。中盤でプレーしたラユンを右DFにコンバートする。特にボランチの位置に入ったグアルダードの組み立てで攻撃が活性化する。このフアン・カルロス・オソリオ監督の采配が結果的に功を奏する。ちなみに前任者ミゲール・エレラ監督を引き継いだオソリオ氏はコロンビア人。アメリカの大学で学んだことがあり、英語も流暢に話す。

この日、私が期待していた“テカティート”は前半、左サイドから鋭い攻め込みを見せたが、その後見せ場をつくれず、後半早々、ハビエル・アキノ(ティグレス)と交代。アキノはスペインのビジャレアルなどでプレーしたドリブルやパスセンスが売り物のMFで果敢にタテへ切れ込んで行く。

だがチリも負けていない。前半、守備的な役目が多かったビダルがアタックの指揮を執る。63分、ビダルの柔らかい右足からのスルーパスがサンチェスへ通る。一瞬、静まりかえるスタジアム。だが“チリのメッシ”のシュートは、僅かに左ポストの外を通過してしまう。ビダル-サンチェスのホットラインを見たことだけでもうれしかったが、あのシュートが決まっていたなら・・・と次回の観戦意欲を刺激される。

司令塔がビダルなら、チリのディフェンスの重鎮はガリー・メデル(インテル・ミラン)に尽きる。センターバックでプレーしメキシコのアタックをことごとく跳ね返すと同時に前線へ好パスをフィード。この日はキャプテンを任された。コパ・アメリカ連覇、ワールドカップ予選突破はメデルの双肩にかかっていると言っても過言ではない。

そのメデルがゴンサロ・ハラ(ウニベルシダー・カトリカ)と交代。ハラはチリ大会のウルグアイ戦でエディソン・カバーニ退場の際に挑発行為を行ったとしてサスペンドされたDF。プレミアやブンデスリーガでプレーしながら自国へUターンしたのもそのスキャンダルが要因だと推測される。チリは70分過ぎ、ビダルとサンチェスが連続してイエローカードを提示される。まもなくビダルはベンチへ下がる。

アイドル、エルナンデスの決勝ゴール

攻守のキープレーヤーが抜けたチリに対しメキシコのオソリオ監督が動く。78分、エルナンデスを投入。チリはサンチェスもピッチを去る。彼が抜けた直後、プレス席に「マン・オブ・ザ・マッチはアレックス・サンチェス」との知らせが聞こえる。しかし数分後、新しいアナウンスが流れる。

スタジアムを埋めたファンの95%はメキシコファン。彼らが日頃、好んで見るのがテレビ視聴率の王様「テレノベラ」(連続テレビドラマ。男女の愛憎と骨肉の争いのてんこ盛り=ワールドカルチャー・ガイド・メキシコより)。そうハッピーエンド、サクセスストーリーが現実のものとなったのだ。

チチャリートの決勝ヘッド。写真:San Diego Union Trinube
チチャリートの決勝ヘッド。写真:San Diego Union Trinube

右サイドで途中から入ったイルビン・ロサノ(パチューカ)がラユンへバックパス。この日キャプテンマークをつけたラユンの右足から放たれたクロスがエルナンデスにドンピシャリ。ちょうど前半の終わりにチリのサンチェスがいたポジションに走り込んだ“チチャリート”のヘッドはゴール左隅に突き刺さった。

狂喜乱舞するスタンド。今季バイヤー・レバークーゼンではカップ戦を含めて21ゴールをマークし、ドイツの水があっている印象を与えたチチャリート。この日28歳の誕生日だった男は今乗っている。メキシコA代表最多ゴール数もトップのハレド・ボルヘッティに迫る勢いだ。87分1-0メキシコ。1分後マン・オブ・ザ・マッチが訂正された。

試合はそのままメキシコの勝利。チリは前任者で同国の代表監督史上最大の功績を残したとも称賛されるホルへ・サンパオリ氏と再契約が締結できず、アルゼンチン人のフアン・アントニオ・ピッツィ氏へシフト。会見でマイクを前に同氏は「プレーでいい結果を残してもスコアに反映されるとは限らない。前半何度かのチャンスを生かさなかった」とコメント。メキシコと対戦する前、ホームでジャマイカに2-1で敗れたチリ。本番で“ラ・ロハ”(チリ代表の愛称)がタイトルを“防衛”するのは困難かもしれない。シュート19本は無駄撃ちに終わった。

一方メキシコのオソリオ監督はポジションチェンジや交代が成功したことに満足そう。「ミゲールはよくやった」と普段は左サイドが定位置なものの、この日は右サイド、そして中盤もこなし、チチャリートのゴールをアシストしたラユンの働きを称えた。特筆されるのはTriを指揮して以来、オソリオ氏は7試合無敗をキープしていること。そして得点14、失点0を誇る。果たしてどの国がメキシコの無失点を破るのかも本番の話題。ただこのゲームの前半の出来のようにパーフェクトだとは言えない。

監督がほめたラユン。写真:San Diego Union Trinune
監督がほめたラユン。写真:San Diego Union Trinune

Tri効果は受け継がれる

ミックスゾーンへ向かうと、ビダルがメディアに取り囲まれていた。その数が半端ではない。何とか入り込もうするが、とても声が聞けそうにない。試合中、相手と衝突し一度手当てのためフィールドを離れたが、すがすがしい顔をしていたから大丈夫の様子だ。

あとで聞いたら、100人以上のメディアが取材したという。その中でおそらく東洋人は私一人だったろう。サッカーは私が唯一プレーしたスポーツで(といってもヘタだったが)ボクシングと同じくらい愛着がある。しばらく現場から離れていたせいで戸惑うこともあったが、スタジアムを出ると心地よい気持ちに浸った。できれば今後も試合が身近にあれば足を運びたいと思う。

帰りの電車の中ではTriのグリーンのユニホームを着た女性グループが盛り上がっていた。話している言葉はスペイン語ではなく英語。おそらくアメリカ生まれのメキシコ系なのだろう。少し酔っているのか、汚い言葉だけスペイン語でしゃべる。

人気絶頂期に23歳の若さでマネジャーの銃弾に倒れたテックスメックスの女王セレーナ・キンタニージャという歌手がいる。90年代、私もよく車の中で彼女の歌を聞いたものだ。米国テキサス生まれのメキシコ系。いわゆるチカーナ(男性はチカーノ)だ。前出のカルチャーガイド・メキシコには、セレーナの存在はチカーナ、チカーノたちに自分たちのアイデンティティーを目覚めさせたというような記述がある。Triの試合にもそういう効果がある。コパ・アメリカの下馬評は開催国アメリカの後塵を拝するメキシコだが、彼らに後押しされてアップセットを巻き起こす可能性はあると信じる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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