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復帰を急ぐ英雄パッキアオ。キャリア終章に期待したいものは?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
こんなタイトル獲得シーンは訪れるか?PHOTO:TOP RANK

引退から半年でカムバック

マニー・パッキアオが10月末ないし11月上旬、リングに戻ることが濃厚となった。彼のプロモーター、ボブ・アラム(トップランク社)は今月12日、「まだ相手は決まっていないが、マニーが10月29日か11月5日ラスベガスでPPV(ペイパービュー)イベントに登場する運びとなった」とメディア(ESPNドットコム)に伝えた。

元6階級制覇チャンピオンのパッキアオ(最後に君臨した世界王座はWBOウェルター級王者)は今年4月9日ラスベガスで挙行されたティモシー・ブラッドリー(米)との第3戦で判定勝ちし現役引退を表明。翌月母国フィリピンで行われた選挙で国会議員(上院)に当選し、本格的に政治家としての道を歩み始めた。同時にいずれ、ボクサーにカムバックする日が訪れると推測された。それにしても引退期間がこれほど短いとは予想外。これは通常の試合間隔と変わりない。

パッキアオは2007年、総選挙で下院議員に立候補したが落選。しかし10年、同じく下院議員に出馬し初当選。13年に再選を果たしている。それでもボクサーと兼業だったため、議会への出席日数が少なかった。今回、ブラッドリー戦でひとまず区切りをつけたパッキアオは議員の職務を優先すると宣言。即時カムバックを否定する態度を示した。

5月、総選挙で見事当選を果たしたパッキアオ
5月、総選挙で見事当選を果たしたパッキアオ

ところが6月になり、アラム氏が「パッキアオは復帰を熱望している」と発言。同氏から10月15日ラスベガスの会場をブッキングしたと通達があった。そして対戦相手にスーパーフェザー級、ライト級、ウェルター級、Uターンしてスーパーライト級を制した4階級王者“ザ・プロブレム”ことエイドリアン・ブローナー(米)が急浮上。同時に今週土曜日23日、ラスベガスでWBC世界スーパーライト級王者ビクトル・ポストル(ウクライナ)と王座統一戦を行う同級WBO王者テレンス・クロフォード(米)らの名前が挙がった。

結局ブローナーの話は消滅する。まず10月15日は国会の審議などの関係で試合準備に差し支えるとアラム氏は判断。またニックネームどおり素行に問題があり、意識的とも取れる体重オーバーなどで悪名高いブローナーが法外なファイトマネー(2000万ドルといわれる)を要求したことが影響した。

現状では同じトップランクにプロモートされるクロフォードを筆頭に、これもトップランク傘下のジェシー・バルガス(米=現WBO世界ウェルター級王者)そして同級WBC王者ダニー・ガルシア(米)の3人がパッキアオの対立コーナーに立つ可能性がある。

ブラッドリー戦は大失策?

単純に考えてパッキアオが復帰を急ぐ理由は37歳という年齢があるだろう。またトップランクとの契約は今年12月31日まで有効。状況は更新される見込みが強いが、その前に1試合消化させたい願望がアラム氏にあっても不思議ではない。そしてアラム氏にはもう一つプロモーターとしてタスクがある。

引退試合とうたわれたブラッドリー戦はアリーナ(MGMグランド)はほぼ埋まったものの、収益の中枢PPV購買数は約30万件と大きく期待を裏切った。フロイド・メイウェザー戦は別格としても100万件を超える数字を出していたパッキアオには屈辱的な結果となった。アラム氏はESPNの取材で「私は激しく批判されたかもしれない。でもこうなることは予期していた。私は愚か者ではない。ブラッドリー戦がマニーのラストファイトになるとは思っていなかったし、それを口実にチケットやPPVを売ったこともなかった」と事情を明かした。

この発言をどう解釈するかは判断が分かれるところだが、少なくともアラム氏もパッキアオも最終戦という認識はなかったようである。いや、確実になかったに違いない。そして「私はブラッドリーがパッキアオのファイナルの相手になることを望んでいなかった」ともアラム氏は語っている。第3戦を選択したのはパッキアオだから、どうやら2人は一枚岩ではなかったようだ。

ともかくアラム氏には興行的なダメージを回復したい、強い欲望がある。84歳のベテラン・プロモーターだが、バリバリの現役。まだまだパッキアオを起用してビッグイベントを打ちたい執念に満ちている。一方でパッキアオが復帰にモチベーションを掻き立てられる理由は何であろう?

米国メディアはこの疑問に関してほとんど触れていない。彼らの趣旨はパッキアオの戦力低下、PPV購買の低迷が中心。そしてクロフォード、バルガスを引き合いに出して復帰しても相手選手の人気、知名度不足によるPPV購買の苦戦は必至だと伝える。またガルシア戦は魅力だが、対抗プロモーター、アル・ヘイモン傘下のガルシアがスムーズにパッキアオと対決するには難題が多い。

世界タイトルがほしい

日本の感覚からすれば「議員様」として国政に携わり、トップランク社の取得するパーセンテージはあるものの、メイウェザー戦で100億円を優に超える報酬を得た男が現役選手の幕を引いても何ら不思議ではない印象がする。パッキアオの元フィジカル&コンディショニング・コーチでその後メイウェザー・チームに加入したアレックス・アリサは「パッキアオはアラムにいいように利用されている」と映像メディアにブチまける。続けて「これは彼(アラム)がエリク・モラレスやチャベス・ジュニアや他の選手に行ったことと変わりない。利用するだけ利用して、そこから利益を引き出し、あとは動物のように使い捨てる」

アウトスポークンで有名なアリサの発言はどこまでも過激に聞こえる。パッキアオはそこまで落ちぶれていないし、アラム氏もそこまでアコギではないだろう。だが以前の豪快な試合ぶりが影を潜めてしまったのも事実。また、これまで自国フィリピンと師匠フレディ・ローチ・トレーナーがいるロサンゼルスで十分な練習期間が取れたパッキアオだが、今後は議員活動に比重が置かれ、集中トレーニングへシフトすることになりそう。本人も「一に議員、二にボクシング」を強調する。果たして政治と武道(ボクシング)両道をどれだけ貫けるか、楽観はできない。

ウェルター級で体重が問題ないパッキアオは1階級下のスーパーライト級がナチュラルウエートと思われる。最近のニュースでは「世界タイトルがどうしてもほしい。チャンピオンに返り咲きたい」と発言している。アラム氏もそれを受け、次回の試合でタイトル挑戦を実現させたい意向を明かす。そうなると、ポストルに勝つ条件でスーパーライト級王者クロフォードが対戦相手のトップに置かれる。続いてウェルター級王者バルガスが二番手か。勝敗予想はクロフォード戦はパッキアオがやや不利、バルガス戦は若干パッキアオ有利となろうか。

対決の可能性があるクロフォード(左)。右は同じトップ傘下のロマチェンコ
対決の可能性があるクロフォード(左)。右は同じトップ傘下のロマチェンコ

戦う政治家として・・・

しかしクロフォードでもバルガスでもアラム率いるトップランク傘下で、背景や試合セッティングは4月のブラッドリー戦と大差がない。よって米国メディアが指摘するようにPPV放映は厳しい結果が待っているはずだ。またアラム氏は、ここ数試合パッキアオの最低保証額だった2000万ドル(20億円強)を今後は保証しないと通達したらしい。

それでもパッキアオのモチベーションを刺激するものは「一にマネー、二にタイトル」ではないだろうか。仮に20億円としても現役パウンド・フォー・パウンド最強“ロマゴン”ことローマン・ゴンサレス(ニカラグア)が100万ドル(1億円強)で話題になる軽量級に比べれば、相当な金額である。フィリピンで王侯貴族のような暮らしを送るパッキアオにしても、ジャンキー夫人、実弟で数年前までリングで活躍したボビー・パッキアオ、ボビーの夫人と自身を含む一族が政界入り。選挙費用だけでもファイトマネーの半分は費やしていると憶測される。今後も“ファイティング・ポリティシャン”(戦う政治家)として活動せざわるを得ない状況だ。

また6月初旬にはシンガポールの携帯ゲーム会社に株式投資したニュースが伝わった。今後の私的なビジネス展開でもリングで稼がないといけない様相となりつつある。

復帰にあたり、パッキアオとアラム・プロモーターに要望したいのはトップランクの枠を超越したマッチメーク。メイウェザーが復帰するしないは別としてアル・ヘイモン率いるPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)にはガルシアのほかWBA世界ウェルター級王者キース・サーマン(米)、サーマンと拮抗した好ファイトを演じた元IBF王者ショーン・ポーター(米)、明日のスター候補エロール・スペンスJr(米)と実力者が目白押し。ビッグマッチに限定すればゴールデンボーイ・プロモーションズのカネロ・アルバレス(メキシコ)、ミドル級3冠統一王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と魅惑のカードは枚挙にいとまがない。

正直、彼らの誰と対戦することになってもパッキアオ有利の予想が立てられる選手は一人もいない。だが同じプロモーション(トップランク)内のリーグ戦ではイベントの規模が限られてしまう。全盛期、階級の壁を次々と破りファンを夢中にさせたパッキアオに今後求められるのはスケールが大きい、エキサイティングなマッチメークに尽きる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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