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「鼻を8ヵ所骨折した・・・」敗軍の将ルイス、長谷川戦を振り返る

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
顔面が腫れたルイスを追い込む長谷川 PHOTO/ボクシング・ビート

敗因はヘッドバットと主張

1986年9月21日生まれのウーゴ・ルイスは、昨日30歳の誕生日を迎えた。1週間前、大阪のエディオンアリーナで2階級制覇チャンピオン長谷川穂積(真正)の挑戦を受けたが、9ラウンド終了TKO負け。WBC世界スーパーバンタム級王座の初防衛に失敗。長谷川はバンタム級、フェザー級に続く3階級制覇に成功した(王座はいずれもWBC)。

ルイスは現地時間の日曜日18日午後10時、故郷のメキシコ・シナロア州ロスモチスに到着。長谷川に勝っていれば、盛大な歓迎セレモニーが予定されていたらしいが、空港の出迎えは家族と数人の友人だけと寂しいものだった。また誕生日の祝いも勝っていれば華々しい宴となっていたことだろう。スポーツに付き物の勝者と敗者のコントラストがそこにある。

メキシコでも敗者にあまり近づきたくない雰囲気があったというが、地元シナロアのネットメディア「リネア・ディレクタ」(ダイレクト・ライン)がルイスを自宅で直撃。マイクを向けた。試合前日の計量終了後、長谷川から「体格のいい好青年」と評されたルイスは勝負の分かれ目は初回に発生したヘッドバットだと言い切った。

「第1ラウンドに食らったヘッドバットで鼻が破壊された。骨折が5ヵ所、ヒビが入ったところが3つ、合計8ヵ所。あの場面を境に鼻で呼吸できなくなった。以後、作戦の変更を余儀なくされた。続くラウンズ続行できたけど、4ラウンドから(負傷は)悪化した。口を開けても呼吸が難しくなったんだ。だいぶ、自分の血を飲んで戦わざるを得なかった」(ルイス)

鼻を負傷したのは間違いないと見るが、この“8ヵ所”はどう説明するのか。試合後即時ドクターの診断を受けたようだが、複雑骨折したニュースは日本から伝わっていない。映像で見る限りルイスは鼻に治療を受けた形跡はなく、この“自己申告”をどう判断したらいいか考えてしまう。ユーチューブで初回の頭がクラッシュしたシーンを見てみた。あれはやはり偶然のバッティングだろう。だがルイスは「当てられた」と能動者はあくまで長谷川だとアピールする。

スコアカードは競っていた

サウスポー(長谷川)vsオーソドックス(ルイス)の対戦だけに頭が当たりやすい状況だったのは確かだ。だが、あのバッティングにそれほどインパクトがあったのだろうか。もしかしたら以後の長谷川のパンチの衝撃で破壊されたとも推測できる。ボクシングのタイトルマッチでは、たとえアゴを骨折してもあるいは肩を脱臼してもフルラウンド戦い続ける選手がいる。長谷川のベルト奪回にかける執念、モチベーションがメキシカンを追い込んだと見るのが普通だろうが、それに耐え切れなかったルイスのファイティングスピリットが問いただされても不思議ではない。

最後となった9ラウンドの攻防でルイスの左フックで長谷川が一瞬フリーズしピンチに陥るシーンがあった。その後ロープを背にしながらも挑戦者が左右で反撃しアリーナを沸かせたのが試合のハイライトだったように思う。それでもスコアカードをチェックすると、このラウンドは2ジャッジが10-9でルイス優勢、もう一者は同スコアで長谷川と採点している。10ラウンド前のインターバルでルイスが棄権したのだが、それまでのスコアは87-82、85-84(長谷川)、85-84(ルイス)と2-1で割れていた。私の採点は86-83で長谷川がリードしていたのだが、公式スコア上は拮抗した戦いだった。ルイスのリタイアに“いきなり感”を感じたのは私だけではないはずだ。

自宅で心境を語る前王者ウーゴ・ルイス 写真/Linea Directa
自宅で心境を語る前王者ウーゴ・ルイス 写真/Linea Directa

気持ちを入れ替えるルイス

とはいえ鼻が複雑骨折すれば、途中でリタイアするのも致し方ないだろう。同例で棄権した選手に“ゴールデンボーイ”オスカー・デラホーヤ(米)のライト級王座に挑戦したヘナロ“チカニート”エルナンデス(米=故人)がいる。スーパーフェザー級で名チャンピオンに君臨したエルナンデスだったが、トップスターに上り詰めようとしていたデラホーヤのジャブとコンビネーションに屈した。ルイスは今後のキャリアを思考すると、無理をしたくなかったとも憶測できる。バッティング禍について一通り述べた後、今後に関して言及している。

「敗北は時には学習する機会になる。それを再確認した。特に今回は学ぶことが多かった。私はまだやれる。前進あるのみだ」と気持ちを入れ替えるルイス。この発言は事実上、負けを認めたとも取れる。そして「長谷川とのリマッチを希望する。少し実現は難しいかもしれないけど、可能性を探る。タイトル奪回のチャンスが訪れることを信じている」と前向きな姿勢を強調する。ただ彼が言うように再戦が即実現するとは想像できない。ベルトを獲得したフリオ・セハ(メキシコ)とのダイレクトリマッチが締結したのはルイスにかなりラッキーだった。同時にパワーや圧力はあってもスピードと追い脚がないのがルイスの弱点。30歳でこれらを強化するのは困難ではないかと思われる。

いずれにせよルイスは代理人のポーランド系ウルグアイ人サクソン・リューコウィッシュ氏を通じて日本側と交渉したいという。その時、彼が主張する試合を決定づけたバッティングの傷を立証する資料をWBCに提示したいと明かす。もしそうなれば、果たしてルイスがどれだけダメージを被ったか公になるだろう。

王座奪取のツケが回った?

このWBC世界スーパーバンタム級タイトルはレオ・サンタクルス(メキシコ=米)が返上した後、セハ、ルイスとも初防衛に失敗している。そこで思い出すのが、今年2月のセハ-ルイスの再戦。昨年8月、決定戦でダウン応酬を制して戴冠したセハは同国人ルイスとのダイレクトリマッチに応じた。しかし、なんと初回51秒TKO負けで無冠に。右強打で倒したルイスの鮮やかな勝利だった。だがセハがストップされたのは倒れた際に右足首を負傷したことが大きかった。試合後セハは自力でリングを降りられず、担架に乗せられ退場する羽目になった。

日本のスポーツ紙の報道で今回ルイスは車椅子で病院へ向かったという。これはセハの敗戦の時と重なる。WBC3位につけるセハは今回王者が入れ替わったことで長谷川へ挑戦したい意志を表明している。そして「こちらは契約を重視してルイスとのリマッチに応じた。私が負けた時、第3戦の約束があったのに彼と陣営は我々を無視して日本へ行った」(セハ)。鼻を折られたルイスは、もしかしてセハの怨念が乗り移ったのかもしれない。

長谷川に新たな強敵が立ちはだかる

さて、バンタム、フェザーそしてスーパーバンタムに戻り3階級目のベルトを獲得した長谷川にWBC本部国メキシコから新たな刺客が送り込まれる。上記のセハ(30勝27KO2敗)もそうだが、1位で指名挑戦者のレイ・バルガス(28勝22KO無敗)が名乗りを上げる。「タイトルホルダーが次々と変わり、今、長谷川の手に移った。だけど私は誰と対戦しても問題ない。早く世界王座に挑戦し、自分の夢を叶えたい」とスタンバイの構えを強調する。

バルガスのトレーナーは名将の誉れ高いイグナシオ“ナチョ”ベリスタイン。マニー・パッキアオを第4戦で倒したフアン・マヌエル・マルケス以降、チャンピオンが途絶えている“ナチョ”が手塩にかけて育てる逸材だ。「レイ・バルガスは規格外の選手」と絶賛する名伯楽は満を持して愛弟子を長谷川に挑ませる腹積もりだ。WBCも師弟コンビをバックアップ。マウリシオ・スライマン会長は長谷川vsバルガスを来年初旬までに締結するよう通達している。

同じくベリスタイン門下の元2階級制覇王者ジョニー・ゴンサレス(メキシコ)は長谷川からWBCフェザー級王座を奪取した男。今週末メキシコ・カンクンで日本の山元浩嗣(ワタナベ)と対戦するボクサーパンチャーは以前のライバル、長谷川の勝利を称えた。「ホズミはリングで模範となった。年齢は関係ない。いい準備と勝利への意欲そして厳しいジムワークが結果をもたらす。私も今、同じ状況。ベテランになったけど、世界チャンピオンに返り咲く望みは捨てていない」

35歳同士。長谷川の戴冠は“ジョニゴン”のモチベーションに火をつけた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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