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勝者は逆。コバレフvsウォード戦に見るラスベガスで勝つ難しさ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
コバレフ(左)に右を打ち込むウォード 写真:HBO SPORTS

僅差判定で王者交代

ラスベガスのT-モービル・アリーナで現地時間19日夜挙行されたライトヘビー級の3タイトルをかけたビッグマッチは挑戦者でスーパーミドル級の統一王者だったアンドレ・ウォード(米)がWBO/IBF/WBA“スーパー”世界王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)に判定勝ち。2階級制覇を果たすとともに3本のベルトの支配者となった。

またしてもスコアカードが問題になった。3人のジャッジが下したオフィシャルスコアはいずれも114-113の僅差でウォード。しかし2ラウンドにクリーン・ノックダウンを奪ったコバレフが途中ウォードの反撃を許したものの、前半のリードをキープして押し切った試合に映った。大方のメディアの採点もロシア人を支持。著名ライターの一人、ESPNドットコムのダン・ラファエル記者は115-112でコバレフの勝ち。試合を全米にPPV放送したHBOの名物スコアラー、ハロルド・レダーマンも116-111でコバレフ。ちなみに私も115-112でコバレフが文句なく勝ったと思った。

3人のジャッジ、バート・クレメンツ(米ネバダ州)、グレン・トゥローブリッジ(米ネバダ州)、ジョン・マッカイー(米ニューヨーク州)とも経験豊富で、スコアリングの能力が問われることはない。ただし通常、試合数日前に発表されるオフィシャル陣のメンバーがこの試合では当日まで公表されなかった経緯がある。また3人ともアメリカ人で、これは試合後コバレフも触れたが結果的にホームタウン・デシジョンの様相を呈した。

2ラウンド、ノックダウンを奪ったコバレフ 写真:Boxing Scene
2ラウンド、ノックダウンを奪ったコバレフ 写真:Boxing Scene

過去にも問題判定

俗に“ラスベガス・デシジョン(判定)”という言葉がある。ラスベガスで行われるビッグマッチ、タイトルマッチでは今回のような勝者と敗者が逆ではないかと反論したくなる判定が発生することがある。別にラスベガスに限らずアメリカ全土、世界中のボクシング試合にも当てはまる現象だが、注目度が高いラスベガスのビッグファイトでその頻度が高い印象がする。「単なる偶然が重なった」とは信じがたいのだ。パッと思い出すだけでもマニー・パッキアオvsティモシー・ブラッドリー第1戦、パッキアオvsフアン・マヌエル・マルケス第3戦、さかのぼると2000年のエリク・モラレスvsマルコ・アントニオ・バレラ第1戦などが頭に浮かぶ。この3つのカードはいずれも3から4試合戦った。初戦の物議を醸し出すスコアが以後の試合成立の根底にあった。

ではプロモーターが好カードを“シリーズ化”したいために問題判定を意図的に仕組んだと勘ぐっていいのだろうか。もちろんそんな滅茶苦茶なことはない――と信じたい。仮にそれが発覚し真っ先に当局の捜査の手が伸びるのは彼らに対してである。自分で自分の首を絞めることはないに違いない。

ボクシング興行の難しいところはファン垂涎の強豪同士の対決が必ずしも期待どおりの好ファイトに直結しないことだ。このコバレフvsウォード戦の前、予想記事の中にもそれに言及するものがあった。現状の最高カードがワースト・ファイトに終わるかもしれないというものだ。それは両者のスタイルに起因する。

無敗対決の下馬評と現実

2人ともこれまで30勝を挙げており、無敗(コバレフは1ドローがあり)。だがKO数はコバレフが26、ウォードは半分の15とパワーに差がある。しかし米国最後のオリンピック金メダリストのウォードは卓越したスキルとスピード、そしてディフェンス技術を武器にスーパーミドル級の黄金時代に開催された「スーパーシックス」を制覇した実績を持つ。豪打が売り物のコバレフとテクニックに加え狡猾な戦法を駆使して負け知らずのウォード。対照的な両者の対決は素晴らしい好勝負が繰り広げられる可能性と噛み合わない超凡戦に終始するのではないかと両極端の展開が予想された。

そして、もし好ファイトが見られるなら、勝つのはコバレフ。ダルい試合になるならウォードの勝利。ザックリ言って、そんな展望が頭にあった。ESPNのスペイン語版、ESPNデポルテスの予想記事では「コバレフが序盤でダウンを奪い主導権を握る」と、まるで実際のリングを予言したような記述があった。続けて「変化を求められたウォードは挽回を図るため、ディフェンシブな戦法を捨てアグレッシブに対処して行く」

確かにそのような流れはあった。しかしウォードが俄然積極的に対応したとは感じられなかった。反対にウォードの勝因の一つは執拗なクリンチワークだろう。これはコバレフの接近戦を阻む効果があったが、同時にロシア人王者はクロスレンジの戦いが苦手のように思えた。それはウォードのチーフトレーナーで当代の著名コーチの一人、バージル・ハンターからも指摘されている。

コバレフの左がウォードを直撃 写真:Boxing Scene
コバレフの左がウォードを直撃 写真:Boxing Scene

ロシア人優位は動かず

その誤算はあったとしても、コバレフはロングレンジから左ジャブ、右ストレートを断続的にコネクト。ウォードに反撃を許すラウンドがあったものの、ポイント上のリードはキープしていた。コンピュータ集計でもコバレフは474発中126発、ウォードは337発中116発とヒット数ではロシア人が勝っていた。

この一戦が発表された時、私はモハメド・アリvsジョー・フレージャーの現代版ではないかと直感した。もちろんウォードがアリ役でコバレフがフレージャー役だ。だが試合を見ていて、アリvsジョージ・フォアマンでないかと思い始めた。一撃のパワーがありながらパンチをかわされるコバレフの姿がビッグジョージとダブってしまったのだ。とはいえウォードにアリの醸し出す威厳、カリスマ性は見出せない。「米国のオリンピック金メダリストでこれほど地味な男いない」と誰かが言っていた。

たとえ地味でもコバレフを確実にポイントアウトすれば何も文句はないのだが、2ラウンドのダウンでパワーを痛感したのか以後はバックステップ、サイドステップを踏みながらの対処が目立った。現行のアウトボクシングを重視するスコアリングでもリングゼネラルシップの点で劣ったといわざるを得ない。

もう一つ触れたいのは3ジャッジともスコアが一致していたこと。12ラウンドが終了した時、たとえウォードの手が上がるにしてもスコアは2-1で割れると予測した。しかしコバレフには非情のユナニマス・デシジョン。前記のラファエル記者は最終12回、ジャッジのトゥローブリッジとマッカイーが10-9でウォードを支持したことに言及。(もう一人のクレメンツは10-9でコバレフ)。左ボディーブローを何発か決めたロシア人に対し、ディフェンシブだったウォードが優勢だったとは理解に苦しむ。そのあたりに何か魔の手が潜むと感じるのは私だけだろうか。

3本のベルトを誇示する勝者ウォード 写真:Boxing Scene
3本のベルトを誇示する勝者ウォード 写真:Boxing Scene

ラスベガスでは何かが起こる?

両者ともプロで珠玉のキャリアを送りながら、晴舞台ラスベガスに登場するのは初めてだった。幸運を引き当てたのはウォード。ファイトマネーも200万ドル(約2億2千万円)のコバレフに対し、500万ドルをゲットした。(注:いずれも保障額)レフェリーのロバート・バード(米ネバダ州)は序盤、両者にクリンチ、レスリング行為の注意を与えていたが、途中から“放任”する時間が長くなった。これに対してコバレフのプロモーター、カティ・デュバ女史が反発。「ポイント上、こちらが明らかに勝っていたと思います。ウォードはUFC(総合格闘技)でグレートなキャリアを送っていたようですね」と皮肉った。

3本のベルトとキャリア最高額の報酬を得たウォード同様、得をしたのが彼の勝利に賭けたギャンブラーたち。全くイーブンだった賭け率が試合直前、若干ウォード優位に推移した。それでも4-3ぐらいで、大金を注ぎ込まないと大きな儲けにならない。あまりに短絡的かもしれないが、そんな背景が、どう見ても劣勢に思えたウォードを勝たせた要因だった気もして来る。極論すればコバレフはノックアウトするしか防衛するチャンスはなかったのかもしれない。先に挙げた過去に問題となった試合でも同様な憶測が飛んだ。ギャンブルの元締めのような町ラスベガスでは純粋なボクシング試合の結果が見えざる巨大な力に左右されることもあるのかもしれない。

試合内容はウォードの判定勝ち=凡戦という予想よりも見応えがあった。しかし公式判定はウォード支持者以外は大いに不満だったろう。思うに、たとえ凡戦に終わったとしても、人々を満足させる正当な判定が下ってしかるべきだろう。そうしないとますますUFCの台頭を許すことになる。ボクシング人気を維持するためにはバッド(bad)デシジョン、ロング(wrong)デシジョンは何としても回避してもらいたい。だが、それが横行することを容認するのもボクシングファンの宿命に思えてならない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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